第二十六話:儀式の始まりと、魂の共鳴
夜の帳が、呪われた荒れ地を深い藍色に染め上げていた。
しかし、その夜の闇は、無数の光によって切り裂かれていた。オアシスの北側に築かれた巨大な儀式場が、それ自体が一つの星座であるかのように、荘厳な光を放っているのだ。
祭壇を取り囲むようにして掘られた魔力回路の溝を、精錬された鉱石が放つ青白い光が、まるで血液のように脈打ちながら流れていく。その光景は、大地そのものが一つの巨大な生命体となって、呼吸をしているかのようだった。
グレイグをはじめとする騎士たちは、儀式場の外周を固め、万が一にも魔獣が侵入しないよう、厳重な警備体制を敷いている。
技術者や学者たちは、それぞれの持ち場で、魔力回路のエネル
ギー流量を監視し、フィオナの合図があれば、いつでも調整できるように、固唾をのんで待機していた。誰もが、これから始まる奇跡の目撃者となるべく、緊張と興奮に身を震わせている。
その中心、巨大な円形の祭壇の上に、フィオナとノクトは立っていた。
フィオナは、完成した巨大な魔力結晶を、祭壇の中央に設えられた台座に、慎重に安置した。結晶は、周囲の魔力回路と共鳴し、内なる銀河の輝きを、さらに力強く明滅させる。
「ノクト。準備はいい?」
フィオナは、隣に立つノクトに、静かに問いかけた。
ノクトは、言葉の代わりに、こくりと頷いた。そして、自ら、祭壇の中央――結晶のすぐ前まで進み出ると、そこにゆっくりと身を伏せた。その額にある、呪いの元凶である二本の角と、その根元に埋まる「魂縛の黒晶」が、まるで最後の抵抗であるかのように、不気味な黒い光を放っている。
フィオナは、深く息を吸い込んだ。
そして、祭壇の端に立ち、両手を広げた。
「これより、解呪の儀式を始める!」
彼女の凛とした声が、夜の静寂に響き渡る。
それを合図に、技術者たちが、一斉に魔力回路の出力を上げた。大地を流れる青白い光が、その勢いを増し、唸りのような音を立てて、中央の祭壇へと殺到していく。
全てのエネルギーは、触媒である魔力結晶へと注ぎ込まれた。
結晶は、凄まじいエネルギーを受け、内なる光を爆発させるように、眩いばかりの銀色の光を放った。その光は、天を衝く柱となって、夜空を貫く。
「第一段階、成功! これより、第二段階へ移行!」
フィオナは、その光の柱に向かって、両手を突き出した。
彼女は、自分の意識を、魔力結晶と、そしてノクトの魂へと同調させていく。それは、他者の魂の領域へと踏み込む、極めて危険な行為だった。一歩間違えば、彼女自身の精神も、呪いに飲み込まれかねない。
「ノクト、私の声が聞こえる!? 今、あなたの心の中へ入るわ!」
フィオナの意識が、光の奔流に乗って、ノクトの精神世界へと飛び込んでいく。
その瞬間、彼女の目の前に広がったのは、嵐が吹き荒れる、暗黒の海だった。憎悪と絶望が、巨大な渦となって、全てを飲み込もうとしている。これが、ノクトが長年耐え忍んできた、呪いの内実。
『……誰だ……?』
闇の底から、怨念のような声が響く。それは、呪いそのものの声か、あるいは、呪いに囚われた、ノクトの魂の悲鳴か。
「私よ、フィオナよ! ノクト、しっかりして! その闇に、飲み込まれないで!」
フィオナは、必死に呼びかける。
彼女は、暗黒の海の中で、かろうじて光を放っている、小さな点を見つけた。それが、ノクトの本来の魂。呪いの鎖に縛られ、今にも消え入りそうになっている。
『フィ……オナ……?』
か細い声が、フィオナの意識に届いた。
「そうよ! 私が来たわ! 一人じゃない、私たちがいる!」
フィオナは、自分の魂の光を、力の限り輝かせた。それは、暗黒の海を照らす、灯台の光となった。
現実世界では、祭壇の上の魔力結晶が、フィオナの意志と共鳴し、銀色の光から、温かい金色の光へと、その色を変えていた。
その金色の光が、ノクトの体を優しく包み込む。
ノクトの魂が、フィオナの光に導かれるように、少しずつ、本来の輝きを取り戻し始めた。
「さあ、ノクト! 今よ! あなたの力を、解き放つの! あの忌まわしい呪いの楔を、内側から、破壊するのよ!」
フィオナの叫びと、ノクトの魂の咆哮が、一つになった。
現実世界と精神世界、二つの場所で、呪いとの最終決戦の火蓋が、今、切って落とされた。




