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無能と追放された錬金術師は、呪われた王子と建国します  作者: 希羽


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第二十四話:王国の屈服と、夜明けの誓い

 宰相たちが持ち帰ったフィオナの「取引条件」は、王城を揺るがす巨大な衝撃となった。


「独立自治領だと!?」「国を売る気か、陛下!」

「ふざけるな! なぜ我らが、追放された小娘一人に、ここまでへりくだらねばならんのだ!」


 玉座の間では、多くの貴族たちが、怒りと屈辱に顔を歪めて反対の声を上げた。彼らのちっぽけなプライドが、国の存亡よりも、自分たちの面子が潰されることを許さなかったのだ。


 しかし、国王は、彼らの怒号を、ただ冷たい目で見つめていた。


 そして、全ての反対意見が出尽くしたのを見計らうと、静かに、しかし、部屋の隅々まで響き渡る声で言った。


「黙れ、愚か者どもが」


 その一言で、玉座の間は水を打ったように静まり返った。


「お前たちに、この国を救うための、これ以外の策があるというのか。食料を天から降らせるか? 隣国の軍隊を、その舌先三寸で追い払えるか? できぬのであれば、口を閉ざせ」


 国王は、玉座から立ち上がった。


「余は、決めた。フィオナ殿の条件を、全て飲む」


 それは、一国のあるじが下した、屈辱に満ちた、しかし、あまりにも現実的な決断だった。


「ただちに、オアシスを永久不可侵の自治領と認める勅令を出す。フィオナ殿が要求した全ての資源と人材を、国の総力を挙げて集め、送り届けよ。……そして、アールグレイ家とヴァレリウス公爵を、彼女の『人質』として、厳重に管理せよ」


 王の決断は、絶対だった。


 数日後、国王の署名が入った勅令が、王国全土に公布された。

 民衆は、驚きながらも、国を救ってくれる新たな希望の出現を、概ね歓迎した。貴族たちは、唇を噛み締めながらも、王の決定に逆らうことはできなかった。


 そして、王都から東の果て、オアシスへと向かう、壮大なキャラバンが編成された。


 希少な鉱石を満載した何十台もの荷馬車。王国中から選りすぐられた、何百人もの技術者や学者たち。それは、旧い王国から、新しい大地へと、知識と富が、ごっそりと移転していく、歴史的な光景だった。


 そのニュースは、もちろん、囚われの身となっている者たちの耳にも届いていた。


 地下牢の冷たい石の上で、アールグレイ伯爵夫妻とセラは、その知らせを聞いて、ついに全ての希望を失った。自分たちが、もはや交渉の道具ですらない、ただの人質――フィオナの気まぐれ一つで、命運が決まる存在――に成り下がったことを、骨の髄まで理解したのだ。


「あぁ……ああ……」


 意味のない呻き声だけが、暗い牢獄に虚しく響いていた。


 自邸に軟禁されていたヴァレリウスもまた、窓の外を通り過ぎていくキャラバンの列を、血の気の失せた顔で見ていた。


 あの荷馬車の一つひとつが、自分の愚かさの証明のように思えた。自分が捨てた石ころが、国そのものを買い取っていく。これ以上の屈辱が、この世にあるだろうか。彼は、力なくその場に崩れ落ちた。


 数週間後。


 キャラバンの第一陣が、ついにオアシスの門にたどり着いた。


 先頭に立つ宰相は、フィオナの前に進み出ると、もはや何の体裁も繕わず、深く、深く、地に頭をこすりつけた。


「フィオナ……様。お約束の品々を、お持ちいたしました」


 フィオナは、馬から降りて、運ばれてきた資源を一つひとつ、冷静に検分していく。彼女の瞳には、勝利の驕りも、復讐を成し遂げた満足感もない。ただ、目的を達成するための、静かで、そして熱い情熱だけが燃えていた。


(……これで、全て揃った)


 彼女は、傍らに立つノクトを見上げた。ノクトもまた、彼女の決意を感じ取ったのか、その銀色の瞳で、じっと彼女を見つめ返している。


「グレイグ、彼らを案内してあげて。住居と食事を用意しなさい。今日から、彼らも、このオアシスの民です」

「はっ!」


 フィオナは、集まった元王国の技術者たちに向かって、静かに言った。


「あなた方には、これから、一つの大きな奇跡を手伝ってもらいます」


 夜。フィオナは、ノクトと共に、集落を見下ろす小高い丘の上に立っていた。


 眼下には、多くの焚き火の光が灯り、新しい住民たちのざわめきが聞こえる。それは、もはやただの集落ではない。新しい「国」の、産声そのものだった。


 フィオナは、ノクトの額に、そっと手を触れた。


「待たせたわね、ノクト。いよいよよ」


 彼女の灰色の瞳が、夜空に輝く星々よりも強く、決意の光を放っていた。


 復讐の章は、終わった。


 ここからは、愛する相棒の呪いを解き、そして、この地に、真の楽園を築き上げるための、希望の物語が始まる。


 夜明けは、もう、すぐそこまで来ていた。

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