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無能の少女は鬼神に愛され娶られる  作者: 遠野まさみ


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双子の桜(1)


***





おにかみの里で過ごす日々が続いた。ここは移ろわない春のようで、千牙の屋敷の庭にある桜の木は、散ることなく咲き続けている。そのさまを不思議に思いながら部屋から見ていると、庭に出てみるか、と、くつろぎに来ていた千牙が言った。




「いいんですか?」




ぱっと顔を明るくした咲に、千牙が頷く。手を差し伸べられて、少し照れながらも応じた。




「屋敷では退屈させたか」




芝の上をゆっくり歩きながら問われたが、退屈、というより、身の置き所に困っていた、というのが本心だ。なにせここは、あやかしの里。人がどの範囲まで出歩いて良いのか分からず、咲は夜に朧の名づけに行く以外はずっと、部屋でハチやスズと語らって過ごしていた。




「ハチやスズがいてくれますから、退屈ではないです。でも、人の邑とは違いますから」


「そうか」




咲の言葉に、千牙はふと何かを考えたようだった。




「そういえば、望みは考えたか」


「ええと、それがその……」




言葉を濁す。もともと何かを要求する立場ではなかった。そんな思考回路が備わっていないのだ。




「今のままで私は、十分満足です。もうだいぶ、逗留させて頂いてますし……」


「しかし、それでは私の気が済まない。なにより、あやかしの頂点である私が、恩人のおぬしに何も出来なかったと、他のあやかしたちに指をさされてしまう」


「えっ!? そんなことに!?」




千牙の言葉に驚くと、千牙は咲の声に声を上げて笑った。




「ははは。まだそのような者はおらぬがな。しかし、他のあやかしたちに示しが付かぬ故、もうそろそろ考え付いて欲しい」




ややぐっと手を握られ、咲はどきりと慌てた。千牙の手は、人を食い殺すあやかしの頂点とは思えない程、あたたかい。肉親からのやさしさから縁遠かった咲には、このあたたかさが染みた。




居場所をくれた。役割を与え、それを成せば褒めてくれた。体温までもらってしまって、カラカラに乾いていた咲の心の中には、もうだいぶ、彼の熱がしみこんでいる。出来れば本当は、彼のような存在と別れたくない。でも人とあやかしは同じ場所に住めない生き物だ。いつ新たな居場所を告げられても良いように、咲は自分の気持ちが大きくなるのを一生懸命堪えていた。




桜の許までたどり着く。節のある幹をした古木は見上げるほど大きくて、輝かしいほどに花びらを大きく開いている。




「素敵……。桜の王様みたい……」


「そうか?」




咲は邑の山すそに咲く桜の花しか知らない。境界に気を配る千牙なら、他の人里に咲く桜も見たことがあって、それでこの桜の大きさを気に留めないのかもしれない。




「この大きさは、特別大きなわけではないのですか?」


「どうかな。私と同じ時を経ているから、少なくとも人里にはこの大きさはないだろうな」




同じ時を生きる、千牙と桜の古木。じゃあ、千牙にとって、双子のようなものだろうか。そう聞いたら、千牙は楽しそうに笑った。笑いながら目を細めて大木を見上げる千牙は、彼の里がここだというのに、どこか郷愁を感じさせるものだった。




「そうだな、そう言ってもいい。……咲。この桜に、名をつけてくれぬか」


「この桜に……、ですか? で、でも、千牙さんの双子のような樹ですよね?」


「そうだ。大事な樹ゆえ、咲に頼みたい」




ひたと見つめられれば、嫌とは言えず、咲は大きく枝を伸ばした桜を見上げた。堂々たるこの桜に名をつけるなら、この名しか思いつかない。




「……では、『桜玉』と。千牙さんの末なる友として、千牙さんを支えてくれるように」


「ほう、良い名だ。桜玉も喜んでいる」




千牙は穏やかに桜を見上げ、誇らしげに咲いている花を一輪手折ると、咲の髪に刺した。




「咲。今後、なにか困ったことがあれば、桜玉の名で助けを呼べ。桜といえど、桜玉もおにかみの里の命。名の礼として、きっとおぬしを助けてくれる」


「え……っ、でも……」




咲が遠慮を見せると、こつん、と指で額を弾かれた。




「そもそも、おぬしがなにも望みを考えぬから仕掛けたことだ。否とは言わせぬ」




千牙はそう言って、結構な迫力で咲に是と言わせた。咲が頷いたことで、どこかしら機嫌の良さそうな千牙をちらりと仰ぎ見る。




(困ることって……。あやかしの里の桜なら、なにか不思議な力でも働くのかしら……。でもこれから私は何処かの人の邑に行くのだし、そうなれば桜玉の助けを借りずに、自分の力で生きて行かなきゃいけないもの……)




そうは思いつつも、千牙の配慮を嬉しく思う。嬉しく思うが、その心が自分を弱くしないと良いが……、と、咲は気を引き締めた。




部屋に戻ると、小夜が待っていた。どうやら千牙を呼びに来たらしい。咲が最初に千牙と契約について話をしていた時も部屋に控えていたし、小夜はきっと千牙に近しい地位のあやかしなのだろう、と思う。




「おや、その桜は」




小夜が咲を見て、そう気が付いた。髪に刺してもらったままになっていた桜を指摘されて、なんとなく照れる。




「長に贈られましたか」


「は、はあ……」




小夜は、ハチやスズのように感情を面に載せない。始終穏やかに微笑んでいて、それが里の長たる千牙の傍に控える立場の余裕なのだろうと思う。その余裕を、すごく、いいな、と思う。




(? 『いいな』?)




ふと、湧いた感情を疑問に思っていると、千牙がぽんぽんと咲の頭を撫でて、また来る、と言い残し、小夜と部屋を出て行った。部屋の襖が閉じる間際に聞こえた、『境界の際で……』と言う言葉が耳に入る。また、朧が生まれるのだろうか。思案していると、小夜が部屋から出ていくのを見計らって、部屋の隅から近づいてきたスズが、満面の笑みで咲に話し掛けてきた。




「咲さま、よかったですね! 庭の桜は、長そのものだと聞いております。その花を贈られただなんて、素敵です~!」




ああ、千牙が双子同然と表現したことか。その件については、咲の心中でも、御しがたい感情が走っている。千牙が去った今、改めて桜に触れてみて、その意味を推しはかろうとしている。




「あの……、花を贈ることは、なにか特別な意味が……、あったりする……? その、憐みを与えるというような意味合いの……」




故郷の邑では、咲になにかを与えようなどと考える者はいなかった。咲が無能の役立たずだったからだ。この里では、かろうじて千牙の役には立っているらしいから、食べ物ではないにしろ、これは餌付け……?




咲の言葉に、スズは吹き出した。

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