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無能の少女は鬼神に愛され娶られる  作者: 遠野まさみ


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無能の少女(2)

「無能! 何してんだい!」




大きな声が、背後から飛んだ。振り返ると母たちと、邑長はじめ、幾人かの邑の偉い人がこちらに向かってきていた。咲はさっと朧たちを背後に隠し、自分が母たちと話している間に、結界の外に出るよう、促した。




「奥さま。この通り、野菜の収穫をしていました」




咲は頭を下げて先程抜いた野菜を見せるが、市子のギラギラした目は野菜を素通りして、咲を見た。




「嘘を言うんじゃないよ。お前の周囲からあやかしのにおいがプンプンするね! どうせまた、朧かなんかを匿ったんだろう。退いてごらん!」




市子が乱暴な手つきで咲を払うと、今まさに結界の外に出ようとしていた朧が市子の目の前にいた。




「ふんっ! やっぱりね! この現場を捕らえるために、際だけ守りを緩くしたんだ。お前はとんでもないあやかし憑きだね! そんなにあやかしが好きなら、その身をあやかしに捧げれば良い。十年に一度の約束の時には早いが、贄を出せば十年間、人は守られる。邑で必要ないお前の命で十年が稼げるなら、あたしらにも邑長にも邑のみんなにとっても良い話だろう。それに、邑長からはまた邑を大きくしたいとの願い出があったところだ。あいつらがお前を屠って大人しくしているうちに、結界をひろげれば、あたしらは報酬がもらえる、目障りなお前は居なくなる、邑は大きくなる、で、万々歳だ。お前だって、あたしらに怒鳴られてるより、大好きなあやかしの為に命を使いたいだろう?」




口の端を吊り上げて笑う市子に、芙蓉も賛成した。




「そうね。無能が居なくても、家は私が継ぐから安心して。もともと破妖の力のない無能が、婿取りなんて出来る筈もなかったわよね」




市子と芙蓉の言葉を合図に、邑の人が咲を捕らえる。咲は地面にうつぶせに倒され、後ろ手に縄を掛けられると、あっという間に市子たちによって結界の外に連れ出された。結界の外に出たのは初めてだったが、邑の中と空気が違う。うすら寒くて、視界も悪い。体感的なことでぶるりと震えると、芙蓉が笑った。




「あら、無能。破妖の力はなくても、あやかしの気配は感じるの? 周りにうようよ居るわね。あやかしはお前の骨の髄まで食べてくれるから、お前は跡形も残らないわね。ふふっ、目障りだったお前とも、ここでお別れ。せいぜい、お前の大好きなあやかしたちに、美味しく食べられてしまいなさい」




芙蓉の言うような、あやかしの気配は感じない。ただ、今後、邑には帰れないのだという絶望と、結界の外、つまりあやかしの支配する場所で、自分の命がどれだけ持つのかという恐怖で、足がすくんだ。




「ふふふ。最期にお前のその顔を見られて、満足よ。役立たずは、最初からこうしていればよかったんだわ」




家族によってそこらの木の幹に縛り付けられ、置き去りにされる。ひやりと冷たい空気が流れ、辺りを覆う靄で何も見えない中、傍に寄って来たハチとスズが咲に話し掛けてきた。




『大丈夫だ。大きなあやかしも、小さなあやかしも、手あたり次第には人を襲ったりしない』


『咲はここいらの小さなあやかしたちの恩人だもの。今、咲が結界の外に出たことを、伝令が長に伝えたから、きっと悪いようにはならないはず』




そう言われても、咲に刺さる不穏な気配に舌なめずりの音の中、咲は平常心を保てなかった。




「そ……、そんなことを言ったって、あの岩場の影とか、森の奥から、なにか殺意を感じるのよ……。私はここでお母さまたちが言っていた、あやかしに、食われるんだわ……」




ぶるぶると震えあがる咲に、ハチやスズの慰めは焼け石に水だった。




震えたまま辺りを窺っていると、どこからかこだまのような声が聞こえてきた。その声は徐々に近づいてきて、やがて咲の目の前に現れた。




大きな鬼だ。薄く透けた体をしているが、大きな角、鋭い牙、長く伸びた爪は、咲を恐怖たらしめるのに十分すぎる鋭利さを持っていた。あの牙で喰い裂かれたら、咲のやわい体などズタズタにするなど造作もないだろう。鋭い爪をした手を握ったり開いたりしながら、一歩ずつ距離を詰めてくる鬼に、咲は命の終わりを知った。




(でも、私の命で、邑が少しの間、平穏で居られるなら……)




無駄ではない。だって、邑の人たちは常にあやかしを恐れていたもの。そう思いこもうとした時。




「朧よ、控えろ。これよりこの娘は、我が一族がもらい受ける」




びゅうと桜吹雪があたりに舞い踊った。途端に、背筋を凍らせるように冷たかった空気が一変、春のような温かさに包まれる。風の流れによってふわりと桜の花びらが舞って、咲の視界を埋め尽くし、柔らかな風に乗った花びらが通り過ぎると、鬼の視線の先に、この世ならざる美しい青年が佇んでいた。




闇のような漆黒の長い髪、切れ長の目は燃えるように赤く、上背は木にくくられている咲が天を見上げる形で仰がないと顔が見えない程もある。白の着物はその場で耀かんばかりの滑らかさで、彼の挙動を待っている。邑のどの人とも比べられないほど美しい青年を前に、咲は呆けた。




『そのものは、我の獲物……。結界を超えた、人間……』




一方、こだまのような声を発するのは、鬼だ。声にそちらを向けば、相変わらず彼の視線は咲にあり、青年の隙をついて、咲を喰らおうとしているのが分かる。じりじりと間合いを詰めてくる鬼を前に、空気のぬくもりで気を取られていた咲は、相変わらず自分の命が危ういのだと思い知り、ふるりと震えた。




咲を捕食しようと、鬼が腕を振り上げる。ひゅっと爪先が空気を切り裂く音がして、自分の命の終わりを見た咲の前に、ひらりと青年が躍り出た。青年は腰に携えていた大太刀を振るい、咲に襲い掛かろうとした鬼を一刀両断にした。ぎゅっと大太刀の柄を握る手が咲の目の前に現れ、太刀に切り裂かれた鬼が、あまたの光の粒となってその場から立ち上り、消えていく。その、異形であった鬼の成りと光の粒の儚さの相反する光景を見つめていると、太刀を腰に佩きなおした青年は、造作もなく咲がくくられていた縄を解き、やすやすとその腕に咲を抱きあげた。人に見えるとはいえ、結界の外に生きるものはあやかし。咲はその存在の手中に収まってしまったことに、一瞬体をこわばらせた。




「ひゃっ」


「恐れることはない。おぬしは我が一族の恩人。丁重にもてなそう」




穏やかな笑みを湛える青年に見つめられる。家族に縄で縛られてから緊張の連続だった咲の心は限界を超え、青年に抱きかかえられたまま意識を手放した。

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