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無能の少女は鬼神に愛され娶られる  作者: 遠野まさみ


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少女は愛され娶られる(1)





千牙の計らいで、小夜に付き添われて咲はおにかみの里を離れた。手には別離を前にスズが泣きはらして握ってくれた握り飯と、ハチがこしらえてくれたわらじがあった。この先、おにかみの里で暮らしていたことを悟られずに、迷い人として行く先の邑に入る。咲が邑に住んでいた頃は知らなかったが、人の邑々は、全ての邑があやかしの住まう区域と境界を接しているわけでもなく、邑と邑が隣り合い、それらを包括する街というものが形成されている地域もあるのだという。咲の行く先は、そのようなところのようだった。




季節とは関係なく冷え冷えとしたうすら寒さの中、咲は小夜とあやかしの行き交う区域を歩いていた。森の向こうの方に、人が築いた結界が膨らんでいるのが見え、あそこが新しい生きる場所だと認識しているときに、咲は隣から窺うように問われた。




「咲さま。いま一度、お聞きします。咲さまは、あなたのご家族のなさりようを、どうお考えですか」




どう、とは。穏やかならぬ小夜の声に、咲は次の言葉を待ち、緊張した。




「あなたの邑は、強欲すぎる。古き協定を無視し、力任せにその領域を広げる工作を繰り返してきた。今から行く邑々は協定を護り、あやかしとの間に争いを生まないのに、あなたの邑のやり方は酷い。知っておられるでしょう、あの邑が年々大きくなっていったのを。あなたが耕す畑も、ここ五年でずいぶん増えた筈です」




はっとする。小夜に付きつけられた咲の邑のやりようは、咲の記憶と重なる。となると、咲が昼に朧たちに会っていた事実もまた、理由が付く。




「小夜さん……。もしかしてお母さまたちのなさりようは、千牙さんにものすごく苦痛を強いていたのでしょうか……」




邑に居た頃は知らなかった。邑が広がれば、邑長が喜び、邑人からの貢物が市子たちのもとへ届けられ、家族は満足そうだった。山と積まれた貢物の品たちがあれば、ひと晩は咲に酷い折檻が下らなかった。そのことに安堵していた。




(わたしは、なんてことを……)




さあ、と地の引く思いで虚空を見つめていると、小夜は問うた。




「あの邑のことは、あなたのなさりようひとつです。咲さま。あなたはどうされますか」




そんなの決まっている。咲は、小夜を毅然と見つめた。













「ええい! よくもこんなにうじゃうじゃと沸いてでてくるね! 無尽蔵とはまさにこのこと! だけど、あたしの剣の前に、切り倒されて行くんだね!」




ざあ、と市子が太刀を振るい、結界の外に出ている彼女たちを喰らおうとしていたあやかしたちをなぎ倒していく。




「醜いものは、私の前から消え失せて。私たちがお前たちの前に小さくなっていると思ったら、大間違いなのよ」




三日月型をした飛刀とびがたなを左右の手から華麗に繰り出し、その弧を描く軌跡の中で、襲ってくるあやかしを切りつけていく。操る刀は血のりにまみれた姿で芙蓉の手に再び収まる。




「ああ、汚い。私、おまえたちの、そういう獣くさい所が、本当に嫌い」




市子と芙蓉が前線に立ち、その後ろで父が結界をひろげている。ずりずりと邑の領域が広がっていき、中にいる邑長たちは、歓喜に大興奮だ。そんな惨状に連れてこられた咲は、飛刀を手にした芙蓉に力いっぱい抱き付いて、その動きを止めた。抱き付かれた芙蓉は咲もろともその場に倒れ込み、一瞬その場に虚を生んだ。




「む、無能!?」




唐突にその場に現れた咲に、芙蓉の動揺は大きく、またその声に市子も振り向いた。




「無能!? お前、生きて……!? ……ははあ、どうりであやかしたちが活発なわけだ。お前は何処までも役に立たないね! これだから無能は!」




怒号にも似た言葉に、咲は市子を見据えて立ち上がった。




「お母さまも、芙蓉も、お父さまも邑長も、もう止めて。あやかしたちが獰猛に思えるのは、元はと言えばあやかしとの間に築かれた協定を破ったこの邑の所為じゃない。つつましく暮らしていれば、あやかしは領域を超えて人を襲ったりなんてしないわ」




咲の言葉に市子の一喝が飛ぶ。




「馬鹿言ってんじゃない! こんな痩せた土地の邑でせせこましく暮らしてて、なんになるんだい! あたしたちはみんなの為にやってるんだ。邑から追い出したお前が意見すべきところじゃない!」




市子が叫ぶ後ろの結界の傍で、光の粒が立ち上り始める。朧が生まれてきているのだ。




(この強欲さが、朧を生んで、悪鬼に変えていたんだ……。だから私は夜だけじゃなくて、昼間にも朧に出会っていたんだ……)




家族の言葉が行きつくところを理解した咲は、市子に向かって叫んだ。




「だからって言って、約束を破って良いの!? お母さまたちが生み出した悪鬼を手に掛けて辛かった人だっているのに! 朧だって、悪鬼になって狩られるなんて嫌だったと思うのに!」




咲が叫ぶと、抱き付いていた芙蓉が力任せに咲を地面に叩きつけた。もともと健康に育っていた芙蓉にとって、いっとき食に満足していただけの咲を力任せにすることなど、造作もないことだった。




「うるさいわね! そんなにあやかしの力になりたいなら、今度こそあいつらに食われておしまい! あいつらは人間を食えば満足するわ! お前が食われることで、何ヶ月かは結界が脅かされずに済むから、お前も私たちも万々歳よ!」




芙蓉の言葉に、そうだ、それが良い、と市子が乗り出してきた。市子の強い力で地面にねじ伏せられ、あやかしがそそられるように芙蓉が咲の頬に飛刀で傷をつけた。




「ふふふ。血のにおいにそそられて、あやかしたちがお前を食いつくしてくれるでしょうね。私たちは今度こそ、鬱陶しいお前の断末魔を見届けてあげる。ほら、見なさい。もう匂いにつられて、大物が出てきたわよ」




芙蓉の視線の先を見ると、朧たちの透明な体が濁りはじめ、小さな光の粒がいくつも合わさって、どんどん大きな影に育っていた。朧が生まれて来ていたのに救えなかった現実が、咲の胸を突く。




「あはははは! あやかしに同情するお前があやかしに食われるさまは、これ以上ないくらい滑稽だわね!」


「そいつらが大人しくなっている間に、あたしたちはまた結界をひろげることが出来る! 今まで生かしてやった恩を、ちゃあんと返すんだよ、無能!」

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