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放置されたい私と何も知らない旦那様  作者: 鉤咲蓮
二章 放置系(?)旦那ユリウス・ヴィンケル
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7.ゼイルからは動けない




 騎士団本部、情報統括局。

 俺とディーデリックはそこに所属している。


 各拠点間の情報伝達、情報制限を行う事はもちろん、騎士団にかかわる記録を編纂する者もいれば、身分を偽り内偵を行う者もいる――…俺のように。


『ユリユリさぁ、しばらくゼイルに行ってくんね?』


 書類をぱらぱらとめくっていた上司が唐突にそう言って、俺はただ「わかりました」と返した。

 ゼイルは魔物の脅威から人々を守る重要拠点だ。そんな基地に内偵の必要があるのなら、その事実は重く受け止めねばならない。


『この前スタール達が密売組織潰したろ?魔物素材のさ。押収品の中に、ゼイル基地の内部情報が書かれた書類が出てきたんだわ。』

『それは、どのような?』

『魔物を狩った後、解体回収に携わる面子の個人情報だ。家族構成から行きつけの店名まで。ま、横流しの協力者探し用だな。』


 魔物の素材を得るためには、まず魔物を狩らねばならない。

 そこからできるだけ傷めずに素材を回収し、洗浄や加工を施して卸されていく。いずれも魔物の強さや素材の強度によっては非常に難しい、すなわち人件費や技術料がかかる作業だ。


『なるほど。ゼイルは強い魔物や希少な魔物が出やすいですからね。』

『ゼイル基地の人間が密売組織と繋がったら、流通制限のある素材も何も好きにやれちまうかもな~。』


 トン、トンと、これ見よがしに卓上の書類が叩かれる。組織が持っていた売上表のようだ。

 見せてもらうと、ここ一年間はゼイル基地でしか出現・討伐記録がないはずの魔物の素材が書かれていた。劇物を精製できるため、国が売買を禁じているものだ。

 じろりとこちらを見上げた瞳と、目を合わせる。


『ユリウス・ヴィンケル。当件が片付くまでゼイル基地での潜入捜査を命じる。』

『仰せのままに。』


 騎士団が事件の調査をするにあたって厄介なのは【魔法】の存在だ。

 発現する人間に条件があるのかないのか未だ解明されていない、不可思議な力。調べていく上で「誰に何ができるのか」は重要だが、一つの魔法の存在が前提をひっくり返してしまう事などざらにある。

 今回の情報漏洩についても、その可能性を疑っておくのは大事な事だ。


 そして、調査を助けてくれるのも【魔法】である。

 嘘を見抜く者、痕跡を辿れる者、場所を特定できる者……騎士団の記録には、かつて存在した団員の魔法が数多く残されている。全てが常に揃っていたらどんなに良いだろうと思うが、そう都合よくはいかないものだ。


『レオン・エーヴェと言います。よろしくお願いします』


 年齢も経歴も偽って、俺はゼイル基地へやってきた。

 自身が扱う幻惑の魔法により、外見もほとんど別人のものとなっている。似ても似つかない他人という程にまで変えないのは、魔力の消費量を考えての事だ。

 それぞれの色を戻してそばかすも消せば、元々の俺と異なるのは目の形くらいだろうか。


 王都ラグアルドから遠く離れた、この辺境の地において。

 ここまで変えた上で俺だと見抜ける人間などいるはずもない。


『領主様はこの基地に来るのか?他拠点では時折あるものだと聞いたんだが』

『以前はあったのですが……僕が聞いた話では、メルテンス伯はこのところ病か何かで臥せっているそうです。起き上がれはするので、事務仕事は補佐官と共に問題なく進めているとか。』

『なるほど。だからテイセン卿が直接屋敷を訪れ、定期報告に行っていると。』

『あ…テイセン部隊長は……ええ、そうですね。』


 取引先である密売組織が潰れたためか、はたまた、事件後に来た俺を警戒してか。

 ゼイル基地で狩った魔物の素材が妙に減るという事は起きなかった。組織に協力したのは俺が来るまでに退職した騎士の誰かだったのかもしれないし、露見を恐れて手を止めただけかもしれない。

 過去の記録も見たが不審な点はなく、恐らく回収した素材の数を記入する時点で、密売する分は既に抜かれていたのだろう。


『小隊長さん、あんたゼイルの火祭りは初めてだろ?広場でカーッとでけぇ火ぃ焚いてよ、皆で踊るんだ!酒が一番美味い日なんだぜ!』

『最近街が賑やかだと思っていたが、やはり伝統行事は皆が大事にしているんだな。』

『伝統だからっつーか、祭りだぜ、祭り!盛り上がって酒飲んで歌って踊って笑ってよ、魔物が寄り付かねぇように、炎以上に俺達自身が明るく過ごすんだ。……今年は、領主様は来られないかもしれねぇけどな。』


 年に一度、ゼイルの街は火祭りを行う。

 かつて青い炎によって魔物を滅したというこの街の伝説をなぞらえて、中央広場で火を焚くらしい。例年はメルテンス伯爵夫妻も顔を出していたようだが、街の者が予想していた通り、この年は現れなかった。


『誰かと思ったら、レオンさん?聖火から遠いこんな所で、どうしたのよ。』

『君はキーヴィットの…シーラさんか。』

『ええ、覚えて頂けて嬉しいわ。お酒を売り歩いてきたところなの。…火祭りはどう?』

『……伝説の聖火は青いと聞いたが、祭りの炎は普通なんだな。』

『そうねぇ…何をしたら青い炎ができるのか、その方法が伝わっていないそうなの。当時の領主様の魔法だったんじゃないかって言う人もいるわ。』


 ゼイル基地の騎士達。

 基地に出入りする業者、騎士が訪れる店、そこで交流する街の者達。誰がどう繋がっているのか、それを把握していく。

 密売組織の者が直接ゼイルを訪れた事はなく、すなわち必ず仲介人がいる。情報を、素材を、運んだのは誰なのか。


『大雪の日でも定期報告をかかさないとは、テイセン卿は几帳面な方なのだな。』

『あ~…や、まぁ……そうっすね。』

『……何かあるのか?』

『えっと…ここだけの話ですけど、領主様の奥方。メルテンス伯爵夫人って結構その、ふわーっとした美人なんですよね。』

『ふわっとした美人……?』

『あれですよ、優しそうで穏やかで、男が守ってあげたくなる貴婦人っていうか。テイセン部隊長って、行く度に手土産で花束だの菓子だの用意してるって噂だし…』


 誰にどう懸想しようとも個人の自由だが、俺の任務には繋がりを確認する事も必要だ。

 周囲が思うような関係ではないかもしれないし、屋敷内のまったく別の人物に接触している可能性もある。

 イェルン・テイセン男爵は、数多い調査対象の内の一人だった。

 ヘンドリカ・メルテンス伯爵夫人も同じであり、相手に気取られぬよう俺は慎重に調べを進めた。


『このところ、君は解体業務の後やたら姿を消すと聞いていたが……まさか隠れて寝ていたとは。』

『申し訳ありません!息子の夜泣きが多く、家であまり…しかし、産後の妻一人に押し付けるのも憚られまして、その…申し訳ありませんっ!!』

『……俺には子がいないから、その苦労を本当の意味では理解できないかもしれないが。仮眠が必要なほどならきちんと相談してくれ。休暇なり交替要員なり、上にも話を通すから。』

『はい……ありがとうございます。』


 屋敷の侍女が休日に酒場で話していた、夫人は大きい妙な石を取り寄せたと。

 茶飲み仲間の女性がパン屋で話したらしい、夫人は幾度も「今年の火祭りが楽しみだ」と言っていたと。夫が臥せったきりなのに。まさか、「妙な石」が伯爵を快癒させるための何かとも思えないが。


『テイセン卿』

『ん?エーヴェか。一昨日の(ひょう)(そう)(ゆう)の件は聞いているぞ。よくあの大物を討ち取ったな!』

『お褒めに与り光栄です。これから定期報告ですか?』

『ああ。火祭りまであと一ヶ月、メルテンス伯も魔物の動向が気になるところだろう。せっかく近隣の領から人が集まる時だ……お前の活躍も含め、万事問題なしと伝えてくるさ。』


 石はしばらく布に包まれ保管されていたが、使用人も知らぬ間に無くなっていたという。

 盗難と騒がないからには、夫人がどこかへやったのだろう。後に従僕の一人が「好奇心で布をめくった事がある」と友人に零し、その中身はただ黄色いだけの石だったそうだ。


『レオン様、火祭りの日は私と過ごしてくださいませんか?お屋敷の仕事も休みを貰えるんです』

『すまないが他をあたってほしい。前にも言ったが、俺は』

『想い人がいる、でしょう?まだ一方通行なんて、その人は本当に見る目がない……私聞いたんです、テイセン卿と奥様の会話を。今年は特別で、とっても素敵な火祭りになるんだって。皆が驚く仕掛けを用意してるって』

『仕掛け?』

『わかりませんけど、悲鳴が上がるくらい楽しんでくれるだろうって……とにかく、一緒に行きましょう?』


 火祭りの日に、何が起きるのだろうか。

 夫人が用意していた石は何だったのか、ディーデリックを通じて問い合わせたが「黄色い石」だけでは情報が無さ過ぎた。

 街の者にそれとなく探ってみたが、皆、毎年恒例の準備をしているだけで、特別だと言っている者はいない。


 本当に「楽しんでくれる」だけの仕掛けなら、何も問題はないのだが――…



「ともかく、俺には会ったこともない妻がいるんだな。」

「そういう事だ。できるなら一度帰って親父さん達と話をして、嫁さんに弁解してきた方が良いだろうよ。」

「ふむ……」

 なぜ、よりによって今、そんな話が湧いてしまうのか。

 嫁入りして泣き暮らしているというご令嬢には申し訳ないが、火祭りが近い今、俺がここを長く離れるわけにはいかなかった。


 偶然話を聞いてしまったシーラさんが「手紙を出してはどうか」と言うが、そう簡単には送れない。

 俺は正体を隠している身だから、偽名でもやり取りができるよう、信用できる誰かに仲介させる必要がある。


「無理矢理こっちに寄ったんだ、悪いけど俺はもう行くぜ。レオン、難しいだろうが上手くやれよ。」

「善処する。ありがとう」

「即答過ぎて心配になるわ……本当に大丈夫なのかこいつ…」

「なんとかする。」

 ディーデリックは何か言いたげな顔をしたが、時間がないのだろう、ローブの裾を翻し俺達に背を向けた。


「じゃあな!」

「ああ。」

「お気を付けて!」

 茂みを越えて森の中へ飛び込んだ背中は、夜の闇ですぐに見えなくなる。そちらに馬を繋いでいたのだろう、遠くから微かに(いなな)きが聞こえてきた。


「…レオンさん、大丈夫?」

「ああ、問題ない。戻ろう」

 ヴィンケル伯爵家の事情と、ゼイル基地の情報漏洩問題は別の話だ。

 レオン・エーヴェでしかない俺から、ただ居合わせただけのシーラさんに語れる事はない。

 それでも。


「あの…何かあれば、相談してね。」

 俺を見上げて気遣わしげに言う彼女の瞳も、表情も。

 好奇心ではなく心配してくれているのだとわかる、素直なもので。そんな些細な事が妙に温かく思えて、俺は自然と笑みを浮かべていた。


「ありがとう。頼もしいな」

「と言ってもね?私じゃ、大した事はできないかもしれないけど。」

「相談相手がいるだけでありがたいものだ。……シーラさんがいてくれて、よかった。」

「うえぇっ!?」

 大声が聞こえてそちらを見やると、大通りから俺達の方を覗く人影が二つ。店に置いてきたはずの部下達だ。二人とも目を丸くしてこちらを見ている。

 何をそんなに驚くかと口を開きかけたが、彼らはハッとした様子で建物の影に引っ込んだ。


「あっ、失礼しました!ごゆっくり!!」

「馬鹿、声がでかい!」

 足音があっという間に遠ざかっていく。……ごゆっくり?

 首を傾げると、シーラさんが眉尻を下げて額に手をあてた。


「誤解されたわね……レオンさん、後であの二人に説明をお願いできるかしら?」

「何のだろう。」

「こう言ってはなんだけど、夜に男女が、人気のないところにいたんだもの。ディーデリックさんがいつまで居たかなんて彼らは知らないし、逢瀬のように見えたんじゃない?」

「……そういう事か。」

 シーラさんにキーケースを届けるよう頼んだのは彼らなのだから、そんな誤解が生じるとは思いもしなかった。

 単に届けるだけにしては帰りが遅く、心配になり探していたら俺と二人で居るところを見つけた……というところか。早とちりをするなと言っておかなければ。


「ごめんなさい。ディーデリックさんが行った時点で、何かしら気を付けておくべきだったわね。」

「君が謝る事はない。誤解は後できちんと解いておく」

「ええ……でないと、いつかレオンさんの結婚について彼らが知った時、困った事になるもの。」

 愛人ではなどと勘繰られるのは不快だろう。

 彼女に迷惑をかけないよう、二人にはよくよく話をしておこう。


 あと一歩で大通りに出る。

 そんな折に、シーラさんは立ち止まった。つられて足を止めると、振り返った彼女は苦笑する。


「実はね……私も結婚したのよ、最近。」


 決して、嬉しそうでも幸せそうでもない顔だった。

 悲しんでもいなければ寂しそうでもない。まるで彼女自身、どう受け止めたらよいか悩んでいるかのように。


「ゼイルへ来ている事は、夫には内緒なの。だから今まで通り、基本的に夜しか来られないけど。」


 内緒でこの街へ来るなどと、そんな事ができるものだろうか。

 こう思うのは失礼かもしれないが、興味を持たれていないか、不在の時間が多いかのどちらかだろう。内緒にしなければならないなら、なぜそんな相手と。


「だから……悩みにかこつけて貴方に近付こうなんて考えていないから、そこは安心して。」


 そんな心配は最初からしていなかったが、俺はただ頷いた。

 生き生きと働いていた彼女の姿をなぜか思い返し、ディーデリックに反射で告げたように「おめでとう」とは言えなかった。


 それでいいのかと問うほど親しいわけじゃない。

 ただ、自由に生きていた彼女が縛られてしまうかもしれない――その事実を少し、不憫に思った。



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