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放置されたい私と何も知らない旦那様  作者: 鉤咲蓮
一章 病弱(?)令嬢マリアンネ・フランセン
3/9

3.深夜、ゼイル基地にて




 家が見える場所までシーラを送り届け、ゼイル基地所属の騎士レオンは宿舎へと戻ってきた。

 ロビーのベンチに腰掛けていた男が彼の帰還に気付き、軽く手を振って立ち上がる。


「散歩にしちゃ遅い時間だな。レオン」

「……来ていたのか。」

「おう。非番の日まで見回りか?」

 気さくに笑いかけた男は茶髪をすっきりと短く整え、前髪は邪魔にならぬよう上げている。左のこめかみには古い切り傷があり、レオンより背が高く体格もがっしりとしていた。

 二十六歳の彼はディーデリック、騎士団本部の情報統括局に所属するレオンの友人だ。


「偶然シーラさんに会えたから、共に食事をして話を聞いてきたんだ。」

「へぇ~、誘われたのか。乗るなんて珍しいな」

 口に出すまでもなく、二人は同じ方向へと歩き出す。

 各拠点を回るディーデリックがここへ寄ったなら、レオンの部屋で話していくのはいつもの事だ。


「いや、俺から言い出した。」

「は?…お前が誘ったのか?女を?……明日は大雨だな。」

 わざとらしく肩をすくめたディーデリックに気分を害した様子もなく、レオンはゆらりと瞬いて記憶を辿る。


 宣言通り酒は一杯だけ楽しんで、シーラ・クラインは酔っ払う事も、べたべたとレオンに絡んでくる事もなかった。

 店員として働いている時と同じように明るく笑い、気さくに話し、美味しそうに幸せそうに食べていく。


 それは実に気持ちのいい食いっぷりで、けれど下品な行儀の悪さはなく、一定の品があった。

 笑う時の唇の形、カトラリーの扱い、口元を拭く仕草。

 他の娘とどれほど違うかまではレオンには言い表せなかったが、時折見かけていたその姿に「根がきちんとした人なのだろう」と、多少なりと好感を持っていたのは確かだ。


「働いている時と変わらず、明るく素直な方だった。俺は人を笑わせるのが苦手だが、それでも楽しそうにしていたし。」

「おい、惚れたとか言うなよ?」

「食事をしただけで、なぜ色恋の話になるんだ。」

 半ば呆れを含んだ声で言い、レオンは自室の鍵を開けた。

 彼の後に続いて部屋へ入りながら、ディーデリックは「やれやれ」とばかりにため息をつく。


「お前って本当に……そのうち、逆恨みで殺されるぞ。」

「そんな事より、俺に何か用があるんだろう。」

 レオンが椅子を勧めながら本題を促すと、ディーデリックは二度頷きながらごそごそと腰の後ろにつけたポーチを探った。

 出てきたのは封筒――ではなく、折り畳んだ紙に封蝋をしたものだ。雑なやり方で既に差出人の想像はついたが、封蝋の印璽を()()()確かめる。見た目と実際の凹凸に差異はないようだ。


 封を破って中を確かめる友人を、ディーデリックはテーブルに頬杖をついて眺める。用事とは別で拾ってきた噂もあったが、それにしてはレオンがあまりにいつも通りだ。


「なぁ、婚約の話って聞いてるか?」

「いよいよ身を固めるのか。おめでとう」

「俺じゃねぇよ!お前だ、お前。」

 ディーデリックに指を差され、瞬いたレオンはようやく顔を上げた。

 黄色い瞳はきょとんとしており、赤髪の上には大きな疑問符を浮かべている。上司からの手紙を畳みなおし、小首を傾げた。


「お前の助言通り、想い人がいるという設定にはしているが。」

「違う違う、実家の方だよ。お前の婚約話を進めたがってるって聞いたぜ。」

「俺の?」

「つっても、一ヶ月くらい前の話だけどな。」

 他の拠点も寄ってから来たしと言って、ディーデリックは小さく欠伸をする。

 レオンは訝しげに眉を顰めた。自分の婚約がどうのという話どころか、家族とはしばらく連絡も取っていない。()()だ。


 ここにいるのは平民の騎士、レオン・エーヴェなのだから。


お前(本人)が聞いてないなら、なんだかんだナシになったのか。」

「恐らくそうだと思う。第一、そんな話があっても困るな。今ここを離れるわけにはいかない」

「だよな……その後、運び屋については何か糸口掴めたのか?」

「気になる人物を虱潰しにあたっている。シーラ・クラインもその一人だが」

 目を細め、レオンは顎に軽く手を添えた。

 彼女はこの街と他の仕事場を行き来していると言うが、改めて考えればどこで働いているか誰も知らないし、乗合馬車の常連でもなさそうで、自分で馬を持っているわけでもない。


 常連達も誰も気付いていないようだが、恐らくシーラは何か特殊な手段でゼイルの街に来ている。

 それが魔法である可能性、なぜそうまでして料理屋キーヴィットで働いているのか、ゼイル基地の人間がよく訪れる店だからなのか、店への行き帰りで接触する人間はいるのか。

 探ろうとした瞬間に「彼女しばらく休むのよ」と言われては余計に怪しんだものだが、今日のところは不審な点もなかった。


『美味しいっ!ああ、この味のために頑張ってるわ……!』


 幸せそうな笑顔は、ついこちらも笑ってしまいそうな温かさで。

 口角が上がりかけたレオンは小さく舌を噛む。この世には自覚のないまま悪事に手を染める者も、騙されてそうとは知らずに犯罪の片棒を担ぐ者もいるのだ。

 騎士は平和を享受する民につられる事なく、気を引き締めていなければならない。


「…ともかく、縁談の顔合わせだの何だのがあっても行けるわけがない。仕事の放棄だけでなく、相手に無礼を働く事にもなる」

「ははっ。そんなふざけた男、どこのご令嬢も願い下げだわな。プライドが許さんだろ」

「で、物はどこにある?」

「こーれ。」

 ディーデリックは上着のポケットから何かを取り出した。

 手のひらに収まる小さな箱、リングケースだ。ぱかりと開いてテーブルに置かれたそれには、血のように赤い宝石が嵌まった指輪が納まっている。装飾は蛇を模しているようだ。


「手紙にあった指示通りに頼むぜ。」

「了解」

 レオンは指の背で指輪に触れ、するりとなぞった。

 目に見えている通り、蛇が大きな宝石を守る形をしている。静かに自身の魔力を練り上げながら、手紙に書かれていた指示を思い返す。


「【全てはまやかしに過ぎない】」


 その一言で指輪からは蛇の装飾も宝石も消え去って、蔦模様が彫られたシルバーリングに変わっていた。それでもレオンの指には、先程と変わらぬ位置に金属の感触がある。


「流石、どう見てもただの指輪だな。」

「指定通りの時間で解けるようにしてある。あの人によろしく頼む」

「了解。」


 幻惑の魔法。

 これは見た目を誤魔化す事はできても、物質そのものを変化させる事はできない。

 レオンの右目に触れても、眼帯などつけていないように。本当は目の形が少し異なっているように。


「じゃあまたな。帰ったら、ついでにお前の家の事ちょっと気にしてみるわ。大事な親友の将来にかかわる事だし。」

「ふっ……ただの野次馬じゃないのか?」

「バレたか。ははは」

「気を付けて帰れよ。ディーデリック」


 ひらりと手を振った友人を見送り、レオンは部屋の扉を閉めた。

 赤く見えている髪を掻き上げ、黄色く見えている瞳を壁掛け時計へ向ける。そばかすがあり日焼けしたように見える肌もまた、本来とは異なるものだ。


「……思えば、もう五年は顔を見ていないな。」

 随分大きくなったのだろうかと、レオンはカーテンを開けて夜空を見上げた。

 薄い雲の向こうには月が輝いている。


 彼の魔法はあくまで見せかけであり、そのものを変える事はできない――()()()()()




 ◇




 沈黙が流れている。


 ヴィンケル伯爵夫妻と十七歳の娘は、使用人を下げた書斎に三人で集まっていた。

 応接用のローテーブルを挟んで伯爵と夫人が向かい合っており、母譲りの金髪が美しい娘ロッテは顔色が悪く、ハンカチを口元にあてている。夫人が心配そうにその背をさすり、夫へ目を向けた。


「ユリウスはどこにいるのかしら……まさか、もう一年以上宿舎に寄ってすらいないだなんて。」

「返信が来ない事にすっかり慣れていたが、挨拶もなしに長期任務についていたとはな。」

「っだから言ったじゃない!『都合が悪い場合は返信をくれ』なんて書き方じゃ、ダメだって……!」

 ロッテは半泣きの声で訴えるが、伯爵は「だがなぁ…」などと渋い顔をしている。

 マリアンネ・フランセン子爵令嬢との縁談も何もかも、伯爵はきちんと手紙に認めて息子へ送り、拒否されなかったのでそのまま進めていた。


 顔合わせの日も、婚約式の日も、結婚式当日も。

 真面目な息子が来ない事自体がおかしいので、本当に重大な仕事が入ってしまったのだろうと慌ててフォローしたのだ。


『申し訳ありません、ユリウスは急な仕事が入ったようで』


 きっとそうだろうと思って。


『その、『会議が長引いており行けません』と……花束も一緒に』


 花も用意して。


『すべてマリアンネ嬢の意向に沿いたいという事で…』


 元より文句は言わぬだろうと考えて。


「さすがに結婚式は来ると思ったんだが…」

「来なくて当たり前だわ!どうするのお父様、お兄様は自分が結婚したどころか、婚約者ができていた事すら知らないのよ!?」

「むうぅ……婚約式の時点で、私もいっそ破談になるのではと思ったが。マリアンネ嬢が許しているというのに、こちらから断る事もできないだろう。」

「挙句が()()()()結婚式じゃ、お義姉(ねえ)様が可哀想だわ!」

 父兄と同じ水色の瞳を涙で潤ませ、ロッテはくしゃりと顔を歪めた。

 初めて見る夫の姿に戸惑いを隠せない、困惑したマリアンネの表情をはっきりと覚えている。


『――…ユリウス様、ですか?』

『はあっ、はぁっ……遅れて、申し訳ありません。』


 変身の魔法。

 ロッテ・ヴィンケルは強く記憶している人物に限り、肉体を再現する事ができる。ただし、十分間だけ。


 あの時マリアンネの元に駆け付けたのはユリウス本人ではなく、最後に見た兄を、十九歳のユリウスを再現したロッテだったのだ。

 兄のために用意されたタキシードに着替えて、使い慣れない体でどうにかエスコートをして。


 マリアンネに、一人で歩かされた花嫁という屈辱を与えないために。

 ヴィンケル伯爵家に、後継ぎが結婚式に来ない非常識な家という汚名を着せないために。


「お義姉様とは仲良くしたいのに、わたくしもう一生、絶対に言えない罪を抱える事になってしまって。うう……っ」

「ごめんなさい、ロッテ。ああするしかなかったのよ…」

「わかるわ、わかるけれどっ……!せっかくの結婚式が、誓いが……あんまりだわ……」

 ぐっと声を詰まらせ、ロッテは母にしがみついて泣き出した。

 伯爵は眉間の皺を指で押さえて頭を横に振る。


「こうなれば何としても、ユリウスがマリアンネ嬢と会う前に話をしなければ。うっかり戻ってきて『君は誰だ』などと言った暁には、辻褄が合わなくなってしまう。」

「でも、ずっと帰ってこなかったらそれもどうするの?マリアンネさんが放っておかれる事に…」

「わたくしがお兄様のフリをするのはもうイヤよ!絶対絶対、もうしませんからっ!」

「……う~むむ…」




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