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放置されたい私と何も知らない旦那様  作者: 鉤咲蓮
三章 レオン・エーヴェとシーラ・クライン

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17/19

17.終わった後こそ問題で



 ディーデリックと別れた後、ユリウスは自室で一人困っていた。


 机の上には人を経由して届いたばかりの、ヴィンケル伯爵家からの分厚い手紙がある。

 封筒には特急代が支払われた証の押印まであったので、向こうとしても急いで伝えたかったのだろう。ユリウスも早く状況が知りたかったので、それはありがたかったのだが。


「……予想以上だったな。」


 腕組みをして難しい顔でそう呟き、背もたれに身を預ける。

 指先で腕を叩き、内容を振り返った。


 第一に、父はユリウスが不在と知らず騎士団の宿舎に手紙を出していた。今回の婚約から結婚に至るまでの全てをだ。


 ――行き先は言えないが不在にすると、一言連絡を入れておけばよかったか。心配させそうだと思っての事だったが、(あだ)になってしまった。


 父が言うには、ユリウスは働きぶりを認められて領地を戴く事となった。

 そこは要所ではあるが令嬢達が軒並み顔を引きつらせて嫌がる土地であるために、縁談を持ち掛けてきた家々が一斉に取り下げをし、けれど貴族であるユリウスが現地で結婚相手を探せるわけもない。


 声をかけても断られて伯爵が困り果てていたところ、フランセン子爵家だけは快諾した。 

 三女マリアンネが病弱で部屋にこもりきりだが、結婚という幸せを知ってほしいと常々思っていたそうだ。


 ――それは子爵夫妻の考えだ。本人は望んでいたのだろうか。


 顔合わせにも何にも来ないユリウスを多忙と信じ、伯爵達はフォローに回ったし、マリアンネは文句を言わなかった。

 そのまま結婚式当日になり、さすがに一人で歩かせるわけにはいかないと伯爵は焦り、そして。


「…確かに、あの子なら代わりができてしまうか。」


 妹のロッテ・ヴィンケル。

 彼女が固有魔法を使い、十七歳当時のユリウスの姿をとって式を終わらせたという――勿論、マリアンネはそれを知らない。ユリウス本人が駆け付けたと思っている。


 ロッテからの手紙も同封されていた。

 まず、両親を止めきれなかった事への謝罪。成り代わって式を終えた事への謝罪。


 マリアンネは穏やかで品のある人だということ。

 お義姉様の(たお)やかな長い髪は春の陽に照らされた若芽のような色であり、瞳はエメラルドが敗北を悟るだろう神秘的な――略――、プリスカという侍女一人だけを連れて嫁いできたこと。

 無理のない範囲で、母からヴィンケル伯爵夫人としての教育を受けていること。


 泣き暮らしているというのは根も葉もない噂だということ。

 確かにか弱そうで外出もしないけれど、庭に出られるくらいには平気で、ロッテともよくお茶をしてくれること。

 ユリウスが伝えた花は――次はどうせなら贈り物をしてくださいと、リストが添えられていた――マリアンネが見つけたこと。


 そして、マリアンネからの手紙。

 まだ見ぬ妻を知るという点においては、やはりこれが一番わかりやすかった。


ーーー


ユリウス様


ご多忙のことと思いますので、時候の挨拶は省略致します。

わたくしとしては、お仕事を優先して頂いて構いません。

ユリウス様がこちらの屋敷へお戻りになったとして、毎日、

毎週帰ってほしいなどと縛り付けるつもりもありませんので、

そこはどうかご安心くださいませ。


これまで通り離れて飾られていたとしても、わたくしは

お仕事の邪魔も、ご家族にあたるような真似も致しません。

夫婦の形はそれぞれのもの。いつか戻られましたらその時は、

わたくしとユリウス様、お互いの為にこそ、今後について

相談をさせてください。


カードに書いてくださった花は、ロッテさんと見つけました。

咲き頃をお教え頂き、ありがとうございます。


マリアンネ


ーーー


 予想よりしっかりとした筆致からして、ロッテが書いていた通り、「病弱で寝込んでいる」というわけではないようだ。

 何より、ユリウスは安心した。

 マリアンネはヴィンケル伯爵家に対して怯えているわけでも、畏縮しているわけでも、へりくだっているわけでもなかったからだ。


 ――俺に対して媚びへつらうでもなく、主張ははっきりしていて淀みない。強い人だな。


 文面から読み取れるユリウスへの執着の無さ。

 自分をお飾りだと表現しているが、自虐というより、ユリウスが謝罪を書いて寄越した事に対する返答だろう。「失礼な事をされているのはわかるが、自分はそれで構わないと言っている」という主張だ。


 そうして「相談がある」と書きながら、最後はユリウスの精一杯の気遣いを受け取った旨と、感謝を綴ってきた。

 彼女自身に考えないしは目的があるということ。

 そのためにも、ユリウスと喧嘩をする気はないということ。

 できるなら、互いのためになる道を。


 ――充分だ。俺はどうやら、聡い妻を貰ったらしい。


 まだ見ぬ妻マリアンネ。

 ユリウスは、これまでとは違う理由で「彼女に会ってみたい」と思う事ができた。マリアンネは何を思いながら顔合わせにも来ない男と結婚し、何を考えながらユリウスに「相談したい」と書いたのか。


 ――内容次第だが、無茶でなければ受け入れよう。別居婚でも、伯爵家が持つ何かの融通でも、子爵家に内密にしたい何かでも……仮に、離婚でも。


 離婚。これほど夫に執着がないのだから、ユリウスとしては「可能性としてはあり得る」と考えていた。「両親の望みは叶えたかったが、自身は望んでいなかった」など、まさにありそうな理由である。

 ユリウスとて寝耳に水の結婚だったのだから、マリアンネが望めば、そして伯爵である父を上手く説得できれば構わない。難しかろうと、また相手を探せばいいのだ。


「…しかし……ここは、何だ?」


 マリアンネの手紙に指を滑らせ、トンと指し示す。

 《こちらの屋敷へお戻りになったとして》。父の手紙の内容と合わせて考えると、この一文については妙だった。


 ――俺がマリアンネ嬢と暮らすなら、得た領地でだ。ラグアルドの屋敷ではない。


 父は領地が原因で縁談がことごとく消えたと綴っていたが、反対に、マリアンネの手紙には領地の事など一切書かれていない。

 フランセン子爵家は快諾したという事だから、気にしていないからこそなのか。

 あるいは、まさか。


「……知らないという事は、ないよな。しかし知っていたら、こんな風に書くか……?」


 仮にマリアンネは王都で、ユリウスは領地でという別居婚を望むなら、「毎日帰る」という仮定が出て来るはずもない。

 令嬢達がこの土地をなぜ嫌がるのかユリウスにはよくわからないが、マリアンネもどう思っているかわからない。

 万が一にも本人が知らなかった場合、この結婚は騙し討ちのようなものだろう。


 ――…しかし、俺としてもどうするべきか。


 領主にはその土地に住む者と、代官に任せて領地自体には住まない者がいる。

 伯爵の書き方からして、求められているのは前者だ。ユリウスがそこに住む事が前提の話。頭に思い浮かべるのは上司の顔だった。


 ――あのデルクス長官が、まさか知らないとも思えないが。情報統括局の仕事はどうするのか…。王都から来たディーデリックに中止と言われなかった時点で、少なくともこの任務の続行は間違いないとはいえ。


「……問題は、終わった後だな。」


 一言呟いて、ユリウスは時計を見やる。

 長く考え込む内にとっぷりと日が暮れて、気付けば随分と腹が減っていた。騎士団が有する食堂でも飯は食えるが、今は少しでも、僅かでも明かせる相手と話をしたい。


 ――いない日かもしれない。まだいないかもしれない。いなかったら、俺は残念に思うのだろうか。


 ディーデリックと話をした時から、状況は一変してしまった。

 ユリウスが考えるべきなのはゼイルの皆との「別れ方」ではない。


 立ち上がってまず始めにするのは、届いた手紙を全て燃やす事だった。


 書き損じなりもう不要な資料なりを処分するため、敷地内には焼却炉がある。

 家族からの手紙も、マリアンネからの手紙も、等しく炎の中に投下した。レオン・エーヴェが持っているはずのない手紙だから。


 リズムが狂った拍手のように、パチパチと音が鳴っていた。

 辺りに人の気配はなくても、万が一すらないように、手紙が燃え尽きるのを黙って見届ける。


 ――…誰が、どこまで知っているのだろう。


 幻に関する魔法は、術者の魔力が切れたり、術者自身が気絶あるいは死亡しない限り続くものだ。

 ユリウスがレオンになったのは一年以上前。それ以来、たとえ一人になった時であろうと、夜眠る時でさえも、魔法を解いた事はない。


 上官がどんな構想を描いているか、領主としてどう領民の前に出るべきか、出ないべきか。

 黒くなった切れ端すらも見えなくなった頃、()()()はようやく焼却炉の戸を閉めた。





「いらっしゃい、レオンさん!」


 以前にもまして常連になったキーヴィットを訪れると、料理を載せたトレイを持ったシーラが元気よく声を上げた。

 彼女はすぐにレオンから視線を外し、客のテーブルに笑顔で料理を置いていく。

 おかみに案内されたのはカウンター席の隅、端から二つ目の席だ。


「あの子もうすぐ休憩だけど、早めましょうか?」

「いや、俺の都合で変える必要はない。」

「そうかい?じゃ、ゆっくりしていくんだよ!」

 今日は何にするかとメニューを眺めながら、レオンはふと、この席にも随分慣れたものだと考える。

 知らない内に結婚していたという話をシーラが聞いてしまうまで、休憩中の彼女と話すようになるまで。レオンがここへ来るのは大抵が部下を連れている時で、テーブル席へ通されていた。

 それが今は…


 ジュワッと弾ける油の音がして、はっとする。

 顔を上げると、店主がリズミカルにフライパンを揺すりながらこちらを見ていた。


「小隊長さん、随分悩んでるじゃないか。今日の俺のオススメは飛兎(とびうさぎ)のシチュー!どうだい?」

「では、それを頂こう。」

「はいよ!疲れた時はうまいものを食うのが一番だ!」

「…そうだな。ありがとう」

 素直に礼を言ってメニュー表を置き、グラスの水に口をつける。

 ゼイルの人々は親切だ。ただのレオン・エーヴェでいられたら、それはそれで幸せな人生だったのかもしれない。

 足音が近付いてきて、隣の席にシーラが座る。


「私、偽鯖(にせさば)のソテーをデザート付きで。」

「おうよ!」

 店主が笑顔で片目を瞑り、シーラは自分で持ってきたグラスを置いてレオンに笑いかけた。


「お疲れ様、レオンさん。」

「ああ、お疲れ様。」

「…どうかしたの?」

「何がだろうか。」

「何かあったって顔をしてるけど。」

 自分は今どんな顔なのだろう。

 少し目を丸くして首を傾げるレオンに、シーラは微笑ましそうに目を細めてくすくす笑った。そんな彼女を数秒眺め、自然と言葉が出てくる。


「君の笑顔は、やはり素敵だな。」

「っこほん。…それで、何があったの?」

「家族から手紙が届いたんだ。」

「とうとう!?」

 注目を浴びないようにか、シーラの叫び声はかなり小さかった。

 レオンは頷き、妻からの手紙も入っていたと伝える。


「聡明そうな人だった。彼女にも考えがありそうだから、帰った時にはよく話をしたい。…離婚と言われようが、受け入れるつもりだ。」

「り、離婚という事はないんじゃない?泣き暮らしていたのだし」

「いや、それは――」

 言いかけたところで、注文していたシチューが届いた。

 にっこりと意味深に笑いかけてくるおかみに、レオンはとりあえず礼を言う。シーラが呆れたように苦笑した。


「どうぞ、気にせずに食べて。」

「ありがとう。先に頂く」

 カトラリーを取りながら、いっそ全て話してしまえたらどんなに楽かと考える。

 レオンの正体は、本当は平民の騎士ではないという事は、彼女にもいずれ知られてしまうのだ。


 ユリウス・ヴィンケルがこれから統治する土地は、ゼイルなのだから。





偽鯖(にせさば):とある水棲の魔物が獲物をおびき寄せるために触手の先端に作り出す疑似餌。触手から切り離して収穫する。いずれ再生するので、この魔物を囲って偽鯖を出荷する畜産業者もいる。中は白身で骨がないため食べやすく、煮ても焼いても揚げても美味い。

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