16.だから騎士は剣を取る
「火祭りまであと一週間だ!」
複数部隊の騎士が整列した訓練場にて。
前に立った部隊長の一人、イェルン・テイセン男爵が声を張り上げた。
「主に広場を警備してもらう諸君らは、うまそうな飯や楽しそうな人々を目にしながらも、しっかりと気を引き締めてもらう必要がある。誘惑に負けず任務を全うするように!」
話を聞く騎士達の中には当然、小隊長レオン・エーヴェの姿もある。
彼らには広場を中心とした地図が配られ、当日の担当区域の割り振りや交代時間が発表された。テイセンがゴホンと空咳をする。
「…実は一つ、市民には内緒で進んでいる企画がある。当日に混乱がないよう諸君らには伝えるが、誰にも言うんじゃないぞ。家族にも恋人にもペットにも、家で育てている花々にもだ!」
ここでちらりとレオンに視線を寄越したのはアレックスだ。
しかしレオンは彼女の方を見る事なく、表情も変えずにいた。
「なんと当日、火祭りの聖火は――…伝説の青い聖火へと姿を変える!!」
拳を固く握って宣言された内容に騎士達がどよめき、湧き立つ。
テイセンはそれを当然の動揺として頷いていたが、他の部隊長が一言「静粛に」と呟いて黙らせた。早く説明しろとばかり手振りで促され、テイセンが再び口を開く。
「驚きは大きかろうが、これは研究を続けたメルテンス伯爵夫人ヘンドリカ様の努力の賜物だ。このゼイルにとって魔物は貴重な素材の供給元であり、しかしながら人間にとっての脅威でもある。聖火を《魔物に負けない街》の象徴として蘇らせる事ができれば、民は安心し、より希望を持って生きられることだろう。私は夫人のお考えに感動したのだ!」
うおおおお、と吼えながら涙を流すテイセンの姿に、彼の部隊の騎士は「隊長ーっ!」と歓声なのか野次なのかわからない声を上げている。
ぐすんと大きく鼻をすすり、テイセンは大きく頷いた。
「失礼……そこで、更なる盛り上がりのために私は考えたのだ。どうだろう、諸君。ヘンドリカ様にも驚きと喜び、感動を味わっていただくために。炎が青くなった途端に我らで聖火を囲み、筋肉美を披露――」
「話は終わりだ、解散!」
他の部隊長が手を叩いて促し、「なぜだ!?」と驚くテイセンを置き去りに、騎士達は整列を崩し始めた。
アレックス達へ先に戻るよう手振りし、レオンは心なしかしゅんとしているテイセンのもとへ近付く。
「テイセン卿。少しよろしいでしょうか」
「む?どうした、エーヴェ。君もやはり、筋肉を見せた方が良いと思うか?」
「いえ、それは警備面でも推奨できないかと。それより、聖火の再現など本当に可能なのでしょうか。ご覧になった事が?」
「もちろんだ。灰皿に落とした火に素材を入れたところ、本当に青くなるのを見た。少々変わった匂いがしたが、臭いというほどでもない。あれは美しかったぞ。君も楽しみにしていてくれ」
「……そうですか。」
ぜひ街の皆にも見てもらいたいと語るテイセンの表情に、嘘はないように見えた。
この一件については考え過ぎだったかもしれない。そう思いながらも、青い炎を想像するとどうにも、言い知れぬ不安がよぎった。
「そんな事よりエーヴェ、君はいつになったら昇格に頷くんだ?小隊長におさまっているのは勿体ないぞ!」
「すみません、テイセン卿。もう行くので、その話はまた今度に。」
「ああ、期待しているからな!」
レオンの背をばんと叩き、テイセンは快活に笑って手を振った。
「よっ。」
夕焼けが空を満たす頃、宿舎のロビーで一人の男が合流した。
背が高く体格の良い彼は、短く整えた茶髪の前髪を上げており、左のこめかみに古い切り傷が見えている。ディーデリック・カイゼル。騎士団の情報統括局に勤めている、レオンの友人だ。
「来ていたのか。」
「おう。どこぞの王子様が婚約したせいで、こちとら仕事三昧だよ。」
「そうか。」
「いや、めでてぇ事だけどな?各拠点に報せて回る仕事ができたからここにも来れたし、いいんだけどよ……お前の方はどうだ?」
「メルテンス伯爵夫人とテイセン男爵については、ようやく密談の内容を掴めた。」
周囲に人影がないこと、気配もない事を確認して歩き出し、レオンはディーデリックにだけ聞こえる声量でそう伝えた。
自室に到着してから、伝説の聖火を研究していたこと、来週の火祭りでそれが公開されることを説明する。
「…本当なら凄い話だな。お偉いさんも興味がありそうだ」
「長官は忙しくされているのか?」
「ああ、楽しそうだよ。一人で何か調べてるみたいで、どこに入り込んだんだか、この前は王妃殿下直々の呼び出しを食らったとか…噂だけどな。ああおっかない。」
ディーデリックはわざとらしく腕を擦り、首を横に振った。
王妃は温かく微笑むところなど見た事もない、氷のような目をしたお人なのである。
「お前の方は?」
「運び屋探しは、解体業務に携わる騎士の調査は退職者を含めて終えている。今は記録を取る文官を調べているところだ。」
「なるほど?解体する側が渡す数を減らしたんじゃなくて、受け取った側が数を少なく記録したって事か。」
「まだわからないがな。ある程度調査対象は絞った」
「了解した。」
レオンが赴任してから一年以上。
密売組織の解体も相まって素材の横流しは止まっているようだが、今起きている犯罪より、過去に起きた犯罪の立証の方が難しい。
常に己の正体を偽り、内情を地道に調べ続けるレオンの根気強さは本物であり、誰でも真似できる事ではない。
「早く終わるといいな……嫁さんの方はどうなった?」
「ひとまず家に手紙は出した。」
「おお、手配大変だったろ。じゃ、返事待ちか。」
「一旦はな。」
王国の中でもゼイルは辺境であり、ヴィンケル伯爵邸がある王都ラグアルドまではかなりの距離がある。
遠隔でも直接話ができたら早いが、残念ながら手段がない。
「マリアンネ嬢の好みはまだわからないが、もし何か贈る時のため、ガレトの店もある程度調べたところだ。」
「ガレト?ここらで売ってる魔物モンじゃなくてか。」
「シーラさんが案内してくれたんだ。」
料理屋キーヴィットの看板娘だ。
紺色の長髪をまとめ上げた二十歳前後の女性で、よく働きよく笑う花盛りの美人である。
「まさか二人でじゃないだろ?お前な、女から気があると受け取られそうな事はやめろ。」
「結果的に二人で行ったが、彼女に限ってその心配は無いから大丈夫だ。」
「これに関しちゃ、お前の言う事はあてにならねーって!」
シーラもまた既婚者なのだが、彼女はまだ周囲に明かしていない。
ここで自分が勝手に喋るのも違うだろうと、レオンはそれ以外で釈明を考えた。
「一応他にも誘ったんだが、二人で行くのが礼儀だとか、ちょうど別の用事があるとか、陽向鳥を追うなと」
「陽向鳥ぃ?懐かしい言い回しだな。それ言ったの絶対に王都から来た奴だろ。」
「ドリーセンは……確かに、ラグアルドから来た令息だ。数年前の事だが。」
「そのぐらいの時期に、王都の貴族連中の間で流行った小説だよ。」
「そうなのか。」
自分が読む事はあるまいと、レオンは金額など気にしていなかった。
しかし「貴族で流行った」という情報に少し、違和感を覚える。
『ああ、数年前に流行った恋愛小説の喩えね。』
そう言ったのはシーラだ。
それだけでは大した事ではない。今のレオンのように、人から伝え聞きした可能性もある。彼女の友人は大商会にかかわる店のオーナーだ。
しかし僅かでも気になってみると、一瞬でもその可能性がちらつくと、今まで気にしなかった事が妙に気になるもので。
平民の中では綺麗な所作であること、どこか品があること。
それは彼女が持つ個性だとレオンは考えていたが、違うのか。何かしらの移動手段を持っているのも、彼女自身の能力というより、それを実現する財力があってのことかもしれない。
――断言はできないが、無い可能性でもないのか?
シーラ・クラインがもし本当に貴族ならば、レオンのように、何か目的があって潜入していると見るべきだろう。ただの令嬢が、好き好んでゼイルの地で働いているとは思えない。
本当に、貴族ならば。
『レオンさん』
屈託のない笑顔を見せるシーラを思い返して、「まさかな」と考える。
自分達も誰かの日常を守っていると、そう言った彼女の瞳に嘘は無かった。
「レオン?」
「…大丈夫だ。少し、シーラさんの事を」
「前にも言ったが、お前。惚れたとか言うなよ。」
大きな手がびしりとレオンを指差す。
ディーデリックは眉を顰め真剣な表情をしているが、対するレオンは平静だ。
「そんなわけがないだろう。俺は未だかつて、誰かに恋とやらをした事がない。」
「ならいいん――………さすがにさ、自覚できないとか言わないよな?」
「難しい問いだが、仮に俺が自覚できないとしたら、その質問に意味はないんじゃないか?」
「ああ?……ほんとだ。」
万が一、レオン――次期伯爵ユリウス・ヴィンケルが、潜入先で平民の女に惚れてしまったら?
どうなるかわからない。
長い付き合いのディーデリックも、ユリウスが誰か女性に骨抜きにされたとか、好きでつい見てしまうとか、好きだから擁護してしまうとか、そういうところを見た事がないのだ。想像もつかない。
おまけに潜入調査しているのはユリウス一人。
上官から実力を高く評価され、信頼と実績あってこそだが、その一人が女に誑かされず正しく判断できているかどうかなど、一体誰が証明できるというのか。
――シーラ・クラインは男を誑かして楽しむ女じゃない。それくらいは、直接会った俺が感覚として思っちゃいるが。徹底的に調査したわけじゃねぇ。疑い過ぎか?考え過ぎか。
「……レオン。これは、偽りないお前自身に聞くんだけどよ。」
「何だ。」
「シーラの事はどう思う?」
「とても好感が持てる人だと思う。笑顔でいる事が多く、懸命な働き者で人当たりが良い。言うべき時は言う芯の強さもあるし、俺のような話下手が相手でも楽しそうにしている。」
照れも動揺もなしに言ってのけた友人に、ディーデリックは二度、瞬いた。
ただ「良い人」の印象を語っただけにも見えるし、自覚のない恋心を語られたようにも見える。
「……お前って本当、わかりにくい男だよ。」
「そうだろうか。特段、お前に本音を隠した覚えはないんだが。」
騙す予定もないと続けるユリウスはまさに、思ったままを言っただけなのだろう。
ディーデリックはぐしゃりと髪を掻き上げた。
――お前がそれだけ言える人に会えたのは、いい事だが。問題はお前が、たとえ相手に会った事がなくても結婚しちまってるって事で。もし惚れてたとして、お前は結局レオンじゃないから、仮にシーラがお前を求めてくれても、一緒にはなれないし…
「ああくそっ!」
「どうした、急に。」
「……何でもねぇよ。早く嫁さんに会えるといいな。」
「そうだな。こちらはまだ全然、彼女の人柄すら掴めていないし。」
仮にシーラへの想いが奥底にあったとして、気付かない方が、誰にとっても幸せだろう。
ディーデリックはこれ以上追求しない事に決めた。
星がちらつく空を見上げ、ユリウスはまだ見ぬ妻との未来を考える。
シーラと話す時のように笑い合えるなら、それが一番いいだろう。互いに適切な距離を保って生きられるなら、それもいいだろう。
――俺はゼイルを離れてラグアルドに戻る。次の任地がまた此処である可能性はないだろう。テイセン卿やアレックス達とも、シーラさんとも、そこでお別れだ。
彼女と友人になれて良かったと、彼女に出会えて良かったと、ユリウスは思っている。
働いている時のいきいきした表情も、楽しそうに笑った顔も、むっとして咎めるような目も、困ったように下がる眉も見てきた。
シーラのような善良さを持つ人々が、平和に暮らせる世であってほしい。それはユリウスが心から願っている事だ。
――彼女にはどうか、平穏な暮らしの中で笑っていてほしい。二度と会えなくなったとしても。
騎士団はそのためにある。
彼女達の平和を、日常を守るためにあるのだ。




