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放置されたい私と何も知らない旦那様  作者: 鉤咲蓮
三章 レオン・エーヴェとシーラ・クライン

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14.騒ぎの種は芽吹かずに



 夜。


 ゼイル基地の小会議室にて、レオンは人知れずアレックス・ボルストと落ち合った。彼女に頼んだ任務の結果を聞くためだ。

 調査対象はイェルン・テイセン男爵。


「あの日予定通り、テイセン部隊長はメルテンス伯爵邸に向かわれました。」

「定期報告のためだな。」

「はい。…対応したのは伯爵夫人であるヘンドリカ様。部隊長は花束を渡し、三十分ほど応接室にて報告の読み上げと詳細確認。これは補佐官殿もいらっしゃいましたが、途中、夫人に言われた資料を探すために五分ほど席を外されました。」

 アレックスが提出した報告書には簡易的な図も添えてあり、部屋の間取りと座席配置が描かれている。

 夫人の横に補佐官が控え、テイセンは対面。至って普通の席取りだ。補佐官が部屋を出てからも、残る二人の位置は変わっていない。


「お二人においては、男女の関係や一方的な恋愛感情を想像して噂する者もおりましたが……そういった会話は一切ありませんでした。ただ、テイセン卿の夫人への敬愛が行き過ぎているか、と感じるところもございましたが。といっても、元から褒める時は大げさなお方でもありますので。」

「確かにな。二人は何の話を?」

「今年の火祭りは歴史に残る特別なものになる、と。」

 やはりそこにテイセンが絡むのは確かなのかと、レオンは軽く腕を組み顎に手をあてる。

 あちこちで聞いた噂の中、伯爵邸の侍女も同じような証言をしていた。


『私聞いたんです、テイセン卿と奥様の会話を。今年は特別で、とっても素敵な火祭りになるんだって。皆が驚く仕掛けを用意してるって』


 アレックスもその耳で聞き届けたなら、ここはもう揺らがないだろう。ヘンドリカ夫人とテイセン男爵は、火祭りで何かを企んでいる。


『悲鳴が上がるくらい楽しんでくれるだろうって……』


 問題は、何をするかだ。

 当日何が起きるのか。


「内容については触れていたか?」

「それが……(にわ)かには信じ難いのですが、伝説の聖火を復活させるそうです。」

「魔物を滅したという青い炎か。」

「はい。」

 会話からは二人がどうやってその方法を知り得たかまでは語られなかったが、火祭りで用意される聖火――通常の炎に、何か材料を足す事でそれを再現するらしい。

 本当なら確かに歴史に残り、人々は喜びの声を上げる出来事だろう。


 ――今のゼイルは、魔物から獲れる素材を前提に暮らす街だ。完全にいなくなってほしいと考える者はいないだろうが…


「それは色だけを再現したものか?それとも、本当に魔物を打ち倒すような効果が?」

「聞いていた範囲では、色だけという印象を受けました。テイセン部隊長も、それがあれば騎士団の負担が減るという話をなさらなかったので。」

「そうだな…もし討伐に使えるなら、祭りまで騎士団にすら秘匿したという事実は、後から不満を呼ぶ。」

「ゆえに、お二人は本当にただ余興として準備をしておられるだけでした。民を驚かせて火祭りを盛り上げよう、というお考えで。」

 最初に任務を言い渡された時、アレックスはもしテイセンが騎士団を裏切っていたり、騎士の矜持に泥を塗る様を見る事になったらどうしようかと頭を悩ませた。

 ヘンドリカ夫人と本当に男女の仲だったなら、とんでもない場面に出くわす可能性もゼロではない。

 何事もなくて本当によかったと、アレックスは安心して報告書を持ってきたのだ。


「しかし、困りますよね。普段と違う事をなさるなら、テイセン部隊長だけでなく、当日警備する騎士達にも共有されて然るべき情報です。突然青い炎が上がったら、現場が混乱してしまう!」

「君の言う通りだ。テイセン卿も、日が近付いたら言うつもりなのかもしれないが……そこは俺が聞いてみよう。ありがとう、アレックス。助かった」

「はっ、はい!お役に立てて光栄です!」

 ニコニコと嬉しそうなアレックスは、「それでは失礼します」と一礼して会議室を出ていった。

 廊下から聞こえる陽気なステップが遠ざかっていく。


「…伝説の聖火……。」


 青い炎。

 魔物を滅したというからには、それはきっと聖具のように特別な力を持つのだろう。聖獣の素材を添える必要があるとか、特別な魔法がいるとか。


 とん、とん。

 組んだ腕を指先で叩き、レオン――ユリウス・ヴィンケルは、これまでの調査で知れた、夫人が求めた用途不明の材料を頭の中で並べてみる。


 そこには聖獣にまつわるものなど一つもないが、いずれかは伝説の聖火を再現するための素材なのだろう。あるいは観賞用に部屋へ置いただけかもしれないし、実物を見てみたかっただけかもしれない。

 どれが該当するのかは、ユリウスでは知識不足だった。


 ぐうと腹が鳴って、そういえばまだ夕食をとっていないと思い出す。

 黄色い瞳で時計を見やり、立ち上がった。


 深い紺色の空には輝く月がある。

 散りばめられた星々の下、ユリウスは砦を出て街中へ入っていく。食事を終えたところだろうか、笑い合いながら帰路につく家族連れが目に留まった。小さな子供が楽しそうにはしゃいでいるのを見て、幼い頃の妹の姿を思い出す。


 ――今頃どうしているか。俺が出したカードは手紙と共に届いた頃だと思うが……。


 昔は感情が高ぶると走ったり踊ったり、転げたり突進してきたりと、妹のロッテはユリウスに様々な姿を見せてくれた。

 いつの間にか淑女らしくなりそんな行動も見なくなっていたので、成長した今はさらに落ち着いているかもしれない。


 ――マリアンネ嬢とは、上手くやっているだろうか。


 顔合わせにも何にも来ない非常識な男と思っただろうに、なぜか自分と結婚した女性。

 部屋にこもって泣き暮らしているという彼女に寄り添ってやる事は、これから先も難しい可能性が高かった。

 ユリウスは騎士だ。それも各地で別人に成りすまして行う潜入調査が主であり、任務の期間が長いため家族と共に過ごす時間はどうしても限られる。


 ――俺にできるのはせいぜい、彼女の生活を保証する事と、必ず戻ると誓って安心させる事くらいだろう。……安心してくれるかは不明だが。


 いつか任務に失敗する可能性を考慮すれば、「戻る」の意味も確約できない。

 元々病弱だというマリアンネが心身ともに穏やかに暮らせるよう、自分がいてもいなくても落ち着ける環境を作ってやるのがいいだろう。そう考えている内に、飲食店が立ち並ぶ通りに着いていた。


 もう肌寒い季節だというのに、どこも外に設置されたテーブルセットにまで客がいるようだ。

 料理屋キーヴィットも例に違わなかったが、店を覗くと幾らか空席がある。「レオン」に気付いた店主の妻が扉を開け、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「いらっしゃい!シーラちゃん、レオンさんが来たわよ!」

 店へ入りながら、レオンは心の中でこてりと首を傾げる。

 自分が来たらシーラに一言伝えるというのは、これまでされた覚えがなかった。見れば、カウンターの端に座るシーラもきょとりと瞬いて苦笑している。どうやら彼女が望んでそうしてもらったわけではないらしい。


「こんばんは。隣、いいだろうか?」

「どうぞ?こんばんは、レオンさん。私は今休憩に入ったところなの」

 シーラの前にはまだ水の入ったグラスしかなく、料理が届くのを待っているところのようだ。

 レオンはいつものように彼女の右隣に座り、自分も店主に注文を伝えた。レオンの水を届けに来たおかみは未だ、やたらにこにこしている。


「ふふ、ごゆっくりねぇ。シーラちゃん、休憩延長してもいいからね!」

「おかみさん?」

「ささ、仕事仕事っ。」

「もう……。」

 注意するのも疲れてきたという様子で、シーラは小さくため息を吐いた。

 レオンとはそういう仲ではないと幾度かはっきり伝えているのに、どうもお節介を焼きたくて仕方がないらしい。

 僅かに首を傾げた小隊長様の顔には、「疲れているという事だろうか」と書いてある。左目が心配そうにシーラを見ていた。


「体調が悪いわけじゃないから、大丈夫よ。」

「そうなのか?無理をしていないなら良いんだが」

「本当に平気。おかみさんはね、私達をからかっただけなんだから。」

「からかった……?」

「未だに、私達がくっつくかもと思ってるってこと。」

 そこまで言ってようやくレオンもピンときたようだが、成人した男性、それも顔立ちが良く人格も確かで、今後の出世も見込める騎士様がそんな鈍感でいては危険だ。

 シーラも親しくなる前は「人気者も大変ね」くらいに考えていたが、今となっては見ていてハラハラする。「想い人」設定を助言したディーデリックの気持ちもわかるというものだ。


「レオンさんて、今みたいなのを気付かずに流しているから、可能性があるって誤解されるのかもしれないわね。人は、否定されないだけで気持ちが盛り上がってしまうものだし。」

「はっきり聞いてもらえれば、ない、と答えるんだが…」

「恋の駆け引きがそこまで直球である事は、珍しい気がするわね。」

「俺は恐らく珍しい方の部類だから、気付くのは難しいかもしれないな。」

 水を口にするレオンの横顔を見ながら、シーラは「確かに」と頷いた。

 レオンは好意を伝える時、まわりくどい表現をしたり相手を探る真似はしない。シーラはそれを知っている。


「奥さんが直球で言ってくれるタイプだといいわね。」

「困った時は、場合によっては妹の力も借りようかと思う。俺が居ては言いにくい事もあるだろう」

「妹さん?」

 聞き返すと同時に料理が運ばれてきて、二人はそれぞれ礼を言って受け取った。

 特製のタレに含まれたスパイスの香りが食欲を掻き立てる。ぐぅと鳴った音をごまかすように「よしっ」と呟き、シーラはフォークを構えた。


「たぶんまだ家にいるはずだ。知らぬ間に嫁に出ていたらわからないが」

「そんな事……あるわけない、と言いたいけれど。」

 こればかりはハッキリ言えない。

 レオンは自分の結婚すら知らなかった状況なのだ。これまた知らない内に妹が嫁に出ている可能性も、無きにしも非ずだろう。

 シーラはここゼイルからは遠く離れたヴィンケル伯爵邸で、花探しに付き合ってくれたロッテの姿を思い浮かべる。素直でとても良い子だ。


「そうね。夫にも義理のご両親にも相談しにくい事ってあるでしょうし……」

 平民ならば、侍女を連れて嫁いだわけでもないだろう。

 生家を離れている以上、嫁入り先で話ができる同性の存在はありがたいはずだ。妹が結婚に反対していなければ。


「俺が出した手紙の返事がくれば、少しは状況がわかるだろう。」

「確か奥さんにも書いたのよね?良い返事がくるといいわね。」

「ああ。……すぐには難しくとも、いずれ気軽に話せる間柄になれたらいいんだが。君とこうしているように。」

 優しく目を細めたレオンに微笑まれ、タレつき肉で頬を丸く膨らませたシーラはぱちりと瞬いた。できれば口の中に何も無い時にこちらを見てほしかった、などという無茶な考えが頭を過ぎる。

 ひとまずこくりと頷いて、急いで咀嚼する。温かな微笑みを見て、僅かでも動揺している自分が嫌だった。


 ――もし意識しているのだとしたら、私は最低だわ。


 ざらりとした自己嫌悪を肉と共に飲み込んで、無かった事にする。

 目が泳いだら、たとえレオンが鈍くとも何か違和感を覚えて聞いてくるかもしれない。

 今は食事を楽しめばいいのだ。そうでなければ、せっかくの美味しい料理も味がわからなくなってしまう。冷たい水をくいと飲み、シーラは話を変える事にした。


「そういえば、前に教えてくれた聖具って……持っている場合は、屋敷の人なら皆が場所を知っているものなのかしら?」




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