星が見えたら告白するって決めていた
冬の夜空はいつも曇っていた。雪国の空は、星を隠すのが仕事みたいに、毎日分厚い雲に覆われていた。
高校三年生の冬。卒業まで、あとわずか。
俺――佐伯悠真は、あの言葉をずっと覚えていた。
「星が見えたら、告白されたいな」
それは、放課後の屋上で、篠田美弥がぽつりとつぶやいた言葉だった。
たまたま二人きりになった、冬のはじまりの午後。吐く息が白く、風が冷たかった。
俺は返事をしなかった。できなかった。
その時の美弥の横顔が、あまりに綺麗で、言葉がどこかに飛んでいった。
それから毎日、空を見上げた。
教室の窓から、帰り道の橋の上から、自転車を押して歩きながら、空ばかりを見ていた。
けれど、雪は降っても星は見えなかった。
星が見えたら、告白しようと決めていた。それだけが、自分に課したルールだった。
「佐伯って、空好きだよね」
ある日、帰り道で美弥が言った。
雪が積もった歩道を、二人でゆっくり歩いていた。家が近かったから、よく帰り道は一緒になった。
美弥の黒い髪に、雪がそっと降り積もる。彼女は気づいていない。俺はそれを見ていた。
「最近よく見てるよね、空。なんか、誰かを待ってるみたい」
図星だった。けど、笑ってごまかした。
「別に……待ってない。星が出ないかなって思ってるだけ」
「ふーん。ロマンチストだね」
美弥はそう言って、俺の前を少しだけ歩いた。
でも振り返って、少し照れたように笑った。
「私も待ってるから、、星が出たら教えて」
その夜も、空は曇っていた。
そして、卒業式の前日。
午後になって、雪が止んだ。珍しく、空に光が差し始めた。
夜。俺は外に出た。マフラーを巻いて、コートを着て、自転車を押して坂を登った。
町が見渡せる小さな公園。中学の頃、よく美弥と話した場所。
空は——晴れていた。
濃紺のキャンバスに、無数の星がちりばめられていた。
「……やっとだな」
俺は携帯を取り出して、美弥にメッセージを送った。
❚ 星、見えるよ。今、公園にいる。来れる?
返事はすぐに来た。
❚ うん、すぐ行く。
彼女が来るまでの間、俺はずっと空を見ていた。
緊張で指先が冷えていた。雪の上を踏む足音が聞こえたとき、胸が跳ねた。
「……来たよ」
息を切らせて、美弥が立っていた。黒いコート、ニット帽、手袋。
息が白く、吐くたびにふたりの距離が曇った。
「綺麗だね、星。……こんなにたくさん、見えるんだ」
彼女が空を見上げる。俺もその横顔を見る。
そして、言葉を探す。
「……あのさ」
心臓がうるさい。
「俺、美弥のこと、好きだった。ずっと、言えなかったけど……今日、言いたかったんだ」
彼女は何も言わなかった。しばらく黙って、じっと空を見ていた。
やがて、ゆっくりこっちを向いて、小さく笑った。
「……うん。知ってたよ。……言ってくれてありがとう」
それだけで、救われた気がした。
彼女の手袋ごしの手が、俺の袖をそっと掴んだ。
「……じゃあ、これからは、ちゃんと隣にいてね」
「うん」
夜空に、流れ星が一つだけ、すっと走った。
(完)