「真夜中のバニラちゃん」遭遇
係の人から軽い説明を受け、園から支給されたユニフォームに着替えた。
俺たちの仕事は、園の入り口での客の呼び込みと園内の案内、入場者数のカウントぐらい。
まあ、客寄せパンダみたいなものだ。
人が来るまでまだ時間がある。
4人でだべっていると、後ろから声をかけられた。
「あなたたちが、今日ボランティアできてくださった方々ですね。」
声のした方を振り返る他、二十代後半くらいの男性が立っていた。
「はじめまして、園長の白兎悠希です。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
園長さんだったのか。
にしては若い気がするが。
「ボランティアに参加していただき、本当にありがとうございます。今日はこの遊園地の記念すべき日です。一丸となって盛り上げていきましょう!では、私もやることがあるので、これで。」
そう言って一礼すると、駆け足で園内に戻って行った。
「…若い人だったな。」
健人の声に俺たちも頷く。
すると、駐車場の方から、車の音が聞こえた。
「僕たちも仕事みたいだね。」
子連れの家族が何組かやってきた。
まだオープン前だが、この街で唯一の遊園地ということもあって、それなりに人が集まってきていた。
これからもっと増えるだろう。
「よし、頑張ろーっ!」
言音の声に「おー!」と答え、俺たちは仕事に取り掛かった。
「みんなお疲れー!」
5時過ぎの管理室。
仕事が終わった俺たちは、ジュースを飲んでゆっくりしていた。
「にしても、あれだな!藍さんが笑顔だったのめっちゃウケるな!」
「…笑顔じゃいけねぇのかよ。」
「いやいや、だってお前、いつも仏頂面じゃん!」
「それは言い過ぎじゃないか?」
管理室に笑いが起きる。
その中で、真凪がじっとこちらを見ていた。
「…な、なんだよ。」
流石にそんなじっとみられていると、何かやらかしたのではないかと怖くなる。
「ねえ、僕たちって、昔どこかで会った?」
「…え?」
真凪が口にしたのは、そんな言葉だった。
「昔って…小学生とか、幼稚園の時とかか?生憎、昔のことは覚えていなくてね。」
「いや、なんていうか、それよりも昔…の、大きい時?」
「それってどういう意味?矛盾して…」
「あああああああああ!」
話を遮り、健人の叫び声が響いた。
「え?健人くん、どうしたの?」
「自転車の鍵、どっか落とした!」
「え?帰れないじゃん!」
「だから焦ってんだよ!」
俺は健人と真凪のやりとりに、苦笑いを浮かべる。
「どうしようもないし…ちょっくら探しに行くわ!」
「あ、まって!」
思わず叫んでしまった。
「な、何だよ…。」
「あ、いや、その…。」
バニラちゃんが出るから言っちゃダメです〜なんて言ったら、間違いなく頭がおかしくなったと思われる。
「もう暗いし、探してもみつからないんじゃないか?誰かに、家まで車で送ってもらえばいいじゃん。」
「いや、それだと申し訳ねぇし…。」
互いに一歩も譲らない。
「星月さーん、少しよろしいですかー?」
係の人に、隣の部屋へ呼び出されてしまった。
「絶対に行くなよ?」
釘をさしてから部屋を出た。
「今日の入場者数について何だけど…。」
「あぁ、それなら………。」
2、3分。ほんの2、3分だった。
話を終え、部屋に戻ると、そこにはもう、健人の姿はなかった。
嫌な予感が強まっていく。
冷や汗が出ているのがわかる。
自分の心臓の音がバクバクと聞こえる。
もっと、ちゃんと注意していれば…。
「―ちゃん、藍ちゃん!」
「…!!」
名前を呼ばれ顔をあげると、2人が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫?顔、真っ青だよ?」
「…あぁ、大丈夫。気にしないで。」
「さっきのの噂、信じてるのか?」
俺は体をピクリと震わせる。
その反応をみて、俺が噂を信じていることがわかったのだろう。
場に沈黙が流れる。
「…探しに行こう。」
そう声を発したのは、真凪だった。
「えっ、本気なの?」
言音が戸惑いながら尋ねる。
「だって、噂だよ?本当とは限らないでしょ?」
「確かに、たかが噂だし、僕も信じてないよ。でも…。」
一瞬、真凪と目があう。
「藍さんは噂を信じてる。藍さんは、確証もなく信じるような人じゃないと思う。こんな嘘も、つかないと思う。」
その顔は、目は、真剣だった。
正直、嬉しかった。
自分のことを信じてくれる人なんて、今までもいなかったし、これからもいないと思っていた。
「そう…だよね…そうだよね!」
言音が顔をあげる。
「藍ちゃんがこんな嘘つくわけないもん!よし、早速出発しよう!」
「…いいのか?」
2人は、何が?というように振り返る。
「だって、お前らは信じてないんだろ?嘘かもしれないのに、わざわざ俺に付き合う必要なんて…。」
「だって、友達だろ?」
真凪のその一言は、俺の心に、深く響いた。
「何で笑ってるの?」
「…いや、何でもない。」
俺はなぜか湿っぽい目元を、バレないように押さえながら答えた。
―ああ、俺は恵まれすぎてる。
「じゃあ、いくぞ。」
外に出ると、辺りはもう薄暗くなっていた。
ひぐらしが鳴いている。
3人で今日回ったところを探したが、健人はどこにもいなかった。
「どうしよう、全然見つからないよぉ!」
言音が音をあげる。
「まさか、噂って本当だったのかな?」
「いや、すれ違った可能性もあるし。一回管理室へ戻ってみよう。」
管理室へ足を向けた瞬間、激しい悪寒を感じた。
「うっ…。」
思わず、隣にいた真凪にもたれかかる。
「えっ、大丈夫?!」
頭痛がひどい。めまいがする。
だが、原因は何となくわかる。
間違いなく…いる。
「ちょっ、藍さん?!」
俺は走り出していた。
奴の居場所はわかる。
この感覚たちが教えてくれる。
俺はそれに従って、ただ進むだけ。
嫌な気配のする方へ。
「ちょっと待ってよ!」
遅れて2人もやってくる。
園の外れの方まで来ると、古い小屋のようなものが見えてきた。
その前には、人影が佇んでいる。
「健人!」
「?!」
健人は驚き、こちらを振り返る。
「何でみんなここに…?」
「健人くんを探しに来たんだよ!」
「……いや、俺、もう少しここにいるよ。」
「え?どうして?」
「………。」
「もう暗くなってるし、早く帰ろうよ!」
「別に、何だっていいだろ!」
健人が怒鳴った。
急に怒鳴られ驚いたのだろう。
言音が目をパチクリさせている。
「いいから戻るぞ!ここは危ないから…。」
健人に向けて手を伸ばす。
「っ痛!」
腕に痛みが走る。
見ると、腕を横から何かに掴まれていた。
「バニラ…ちゃん…?」
言音が呟く。
反射的に、顔を、何かがいるであろう方に向ける。
そこには、うさぎの着ぐるみが立っていた。
普通なら、「着ぐるみを着た人が立っていた」と表現するのだろう。
だが違う。
本当に、着ぐるみが立っているのだ。
なぜわかるかは言うまでもない。
人間のものとは思えないような気配。
全身の毛が逆立っている。
そもそも、こいつはどうやって急に、俺の隣に現れたんだ?
「…っ、みんな逃げろ!後でちゃんと話す!」
バニラちゃんの向こうで、健人が立ちすくんでいた。
「健人!お前も逃げてくれ!頼む!」
「…俺は。」
健人は下を向いたまま答える。
「俺はここに残る。」
「…は?」
健人はそう言い残すと、小屋の戸に手をかけた。
呼び止めようとすると、俺の腕を掴んでいる力が一層強くなった。
「じゃまおぉ…するなあああぁあぁぁぁ!!!!!」
低く太い、化け物のような声が響く。
腕を振り解こうとするも、さらに強い力で握り返される。
「言音!真凪!お前らだけでも逃げてくれ!」
「…っ、すぐ誰か呼んでくる!それまで待っててくれ!」
真凪は理解が早くて助かる。
自分じゃどうしようもないと、わかるのだろう。
「行くよ、言音さん!」
「あ…、あ…。」
言音は口を開けたまま、バニラちゃんを見つめていた。
パニックになっているのだろう。
無理もない。こんな状況になるなんて、普通に生きていればまずない。
「うっ…!」
突如、激しい吐き気に襲われた。
今回は俺だけではない。言音や真凪も、その場に蹲っていた。
まずい、このままじゃ全員…!
「おとなわぁぁかえれえええぇぇぇえぇぇえぇぇ!」
耳を裂くような叫び声とともに、俺の意識は、深い闇の底へ沈んでいった。
最後に聞こえたのは、健人の「ごめん」という声だった。
「っは!」
目が覚めると、管理室のソファに横になっていた。
向かいのソファには、真凪が横たわっている。
「あら、起きたのね。」
園の係の人に声をかけられる。
「熱中症かしらね。最近暑かったし。言音ちゃん、お水持って来れる?」
はーい、と返事をし、水を汲んだコップを持って、こちらの部屋に入ってきた。
「じゃあ、隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでね。」
係の人はそう言い残して部屋を後にした。
「…言音、もう起きていたんだな。大丈夫だったか?」
「?うん、私は大丈夫だけど…。」
「…健人は…行っちまったか…。」
「え?」
言音が不思議そうな顔をして、こちらを見ている。
「何言ってるの?」
「何って…健人を連れ戻せなかったから…。」
言音は困惑しているようだった。
「…ねえ、あのさ。」
言音が口を開く。
「健人って、誰?」