「ミサオサマ」対峙
「…っ!」
凛華が刃物を振り下ろしてきた。
俺はそれを間一髪でかわし、凛華と距離をとる。
「凛華!何してんだよ、凛華!」
凛華からの返事はない。
ただ、光のない目をしたまま、こちらに向かってくるだけだ。
間違いなく、ミサオサマが関係している。
だが、どうすれば凛華を止められる…?
「って、うわっ!」
後退しながら刃物を避けていたが、道に落ちていた石に躓いてしまった。
凛華は目の前まで迫ってきている。
まずい、このままじゃ確実に…。
凛華の刃物が俺に届きそうになった瞬間、俺たちの間を黒い影が横切った。
その影はそのまま凛華にぶつかって行った。
凛華は倒れてぐったりしている。
凛華が倒れた時、ポケットから紙が落てきた。
その側で、俺を助けた黒い影…あの時の狐は、落ちてきた紙をしきりに爪で引っ掻いていた。
だが、何時やっても、紙が破れる事はなかった。
その紙を覗き込んでみると、それは、凛華がミサオサマへのお願いの時に使った紙だった。
そして紙にはこう書かれていた。
『ホシツキアイヲコロセ』
一体俺が何をしたって言うんだ…。
いじめてた奴らターゲットじゃねえのかよ…。
「ヴヴヴヴヴ…」
俺が紙を拾いあげようとすると、狐が威嚇してきた。
「…拾っちゃダメなのか?」
狐はこくりと頷いた。
そして凛華のところまで行くと、凛華の服を引っ張り出した。
「おい!ちょ、何してんの?!」
慌てて凛華を背負うと、狐は、引っ張っていた方向に歩き出した。
「凛華を連れて行きたかったのか?」
狐はまた頷いた。
今更だが、言葉を理解できる狐は異常なのだろうか。
もはや慣れてしまった自分がいる。
ここは素直について行くべきだろう。
狐のあとに続き歩き出したその時、背後から、ただならぬ気配を感じた。
それを見るまでもなく、俺は走り出していた。
それを直接確認したわけではない。
だが、直感で分かる。
逃げなければ死ぬ。
さっきまでこちらを気にしていた狐も走っていた。
だが、ちゃんとこちらが見失わないようにしてくれている。
凛華を背負っているからか、どうしてもペースが遅い。
しばらく走っていると、あの屋敷が見えてきた。
狐はそのまま、屋敷の敷地内に入って行った。
あれ?これ、不法侵入になるのでは?
だがあの気配は迫ってきている。
「だああああ!もう知らん!」
怒られてもなんとか誤魔化そうと決心し、俺は足を踏み入れた。
狐を追い、屋敷の後ろ辺りまで進むと、赤い鳥居が見えてきた。
鳥居をくぐると、気配が遠ざかっていくのがわかった。
とりあえず、安心していいのだろうか。
凛華をおろして息を整える。
辺りを見回すと、小さな祠があった。
ずいぶん長い間手入れがされていないようで、あちこちが苔むしていた。
横に目を向けると、石碑が立っていた。
こちらも風化していてよく読めない。
「…し…つき…さん…。」
「凛華?!目が覚めたのか?!」
調査をやめて、俺は凛華に駆け寄る。
意識はあるものの、まだかなり弱っていそうだ。
「何があったか話せるか?」
「はい…あの日、ミサオサマニお願いしたのは知っていますよね?」
「ああ、見ていたからな。」
「その時、願いの対価として要求されたのが…」
「俺を殺すこと。」
「?!知ってたんですか?」
「ああ、あの紙を見てな…。」
「…ミサオサマの要求は、願いを取り消すと回避できるんです。なので、すぐ取り消そうとしたんです。でも、何度やってもできなくて…。」
凛華は涙を浮かべていた。
「…なら、なぜミサオサマが俺を狙うのかわかるか?」
凛華は首を、力無く横に振った。
「すみません、力になれなくて…。」
「いや、気にしなくていい。」
そう言いつつも、俺は内心焦っていた。
この場所も、いつまで安全かわからない。
ミサオサマをなんとかするしかないだろう。
俺は決心して立ち上がった。
「凛華はここでじっとしていてくれ。」
「まさか、行くつもりなんですか?!」
「………。」
「危険すぎます!行っちゃダメですよ!」
凛華を無視して俺は進む。
「あのっ!手掛かりになるかはわかりませんが、ミサオサマに操られている間、ずっと声が聞こえていたんです!」
「声…?」
俺は足を止めて振り返る。
「多分、ミサオサマの声だと思うんですけど…。『おばあちゃんの、かえして』って。」
『おばあちゃんの、かえして』…か。
これは手がかりにになりそうだ。
「わかった。ありがとな。」
「どうか、気をつけて…!」
屋敷の門を出ると、あたりはもう薄暗くなってきていた。
ミサオサマノの影はどこにもない。
ミサオサマ似合うには…。
「…あの崖に行くしかないか。」
俺が崖下に着いた頃には、空は黄昏に染まっていた。
風が吹いている。
目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。
「………。」
目を開けると、そこには、赤坂操が立っていた。
こちらをじっと睨んでいた。
だが次の瞬間にはもう、その姿はなかった。
人間ではありえない方向に曲がった足。
血まみれの頭部。
そして身体からは、かつて使っていたであろう、鞄や筆記用具、さらには刃物までもが突き出していた。
「これが…ミサオサマ…!」
その気配は、まるでその場にいるだけで息ができなくなるほど、重く、苦しいものだった。
『 かえせぇ!!!!! 』
ミサオサマが襲いかかってきた。
俺はそれをかわし、森に向かって走った。
正直、当てなんてない。
返せと言われているのも、なんのことかわからない。
ただ、こっちに向かうべきだと、直感が囁く。
森を抜けると、崖の上に来ていた。
突然視界が開け、驚いた俺は目を細めた。
「っつ…!」
ミサオサマが持っていた刃物が、俺の頬をかすめた。
瞬間、謎の光景が、フラッシュバックのように脳裏に浮かんだ。
『はい、〇〇〇。』
『わあ!ありがとう、おばあちゃん大好き!一生大事にするね!』
「これは…!」
俺はポケットから、それを取り出した。
すぐ後ろは崖というところまで追い詰められている。
これを使えば、ミサオサマを崖から落ちるように誘導できるかもしれない。
俺はそれを崖に向かって投げ…なかった。
ちがう。そうじゃないんだ。
俺はミサオサマの方を向く。
ミサオサマはすぐそこまで迫ってきている。
俺は手に握ったそれを、ミサオサマに向かって突き出した。
ミサオサマの刃物が腕に刺さり、鮮血が散る。
だが、それ以上動く事はなかった。
ミサオサマは俺の手に握られたそれを受け取った。
『 あ り が と う 』
受け取ったそれ…御守りを大事そうに胸に当てると、ミサオサマ…いや、赤坂操は、俺に微笑んだ。
そして、黄昏に溶けるように消えていった。




