「ミサオサマ」過去
そこには二つ結いの女の子…赤阪操の写真が載っていた。記事を読んでみたが、詳しいことは何も載っていなかった。
他に何かかないか、アルバムを読み返していると、床に何か落ちているのに気がついた。
どうやら、新聞記事と一緒に落ちたらしい。
それは2枚のメモ用紙だった。
その内容を見て、俺はその場に凍りついた。
『操さん→いじめ』
誰かのメモのようだった。そしてもう一枚は、四つ折りにされた紙。
表には『教科書を返してください』と、裏には…。
「『焼却炉へ行け』…?」
どうやら、ミサオサマの話には、このいじめが大きく関わっていそうだということがわかった。
どうにか、当事者に話を聞けないだろうか。
アルバムを見返してみると、写真に見覚えのある先生が写っていた。
「これって…英語科の五十嵐先生?」
現在もこの高校に勤めている五十嵐先生が、当時の担任だったようだ。なら、このメモも、五十嵐先生が書いたのだろうか。
「こう言うのは、直接聞くのが1番だな。」
図書室を後にした俺は、五十嵐先生を相談室に呼び出した。授業を担当しているクラスと言うわけでもないので、俺に呼び出されたことに戸惑っていた。
「単刀直入に聞きます。このメモを書いたのは、五十嵐先生、あなたですか?」
俺はさっき見つけたメモを差し出す。
「どうしてあなたがそれを…!どこでそれを手に入れたの?!」
先生は驚いていた。声が微かに震えている。
「まずは俺の質問に答えてください。先生が書いたもので、間違いありませんか?」
「…ええ、そうよ。」
先生は声のトーンを落として答えた。
「一体どこで見つけたのかしら。」
「図書室で、アルバムを見ていたら、偶然、間から出てきました。」
「…どうして、アルバムなんかを見ていたの?」
先生の目は、真っ直ぐこちらを射抜いている。
これは誤魔化せそうにないな。信じてもらえるかは別として、素直に話すべきだろう。
「…わかりました。俺の知ってること、全てを話します。その代わり、赤坂操さんのいじめについて、聞かせてください。」
それから俺は、知る限りの情報全てを話した。
ミサオサマの噂のこと、空き教室での出来事、アルバムを調べてわかったこと…。
よくよく考えれば、正気の沙汰ではない。
噂なんて信じている人はそうそういないだろう。
「…これで、知っていることは全てお話ししました。」
「それを、先生に信じろって言うの?」
先生は、半分呆れたように聞き返してきた。
「確かに、噂を真に受けて調べてる変人なんて、俺くらいだと思います。でも、もし本当なのだとしたら、クラスメイトが危ないかもしれないんです。それに…俺の勘って結構当たるんです。」
「…。」
先生はしばらく黙っていたが、何かを決心したように口を開いた。
「あれは、5年前、私が3年生の担任をしていた時の話よ。」
先生がぽつりと話し始めた。
私のクラスに、操さんという女子生徒がいたの。
その子は、中学生の時に親をなくしてしまっていて、祖母の家に住んでいたらしいわ。
だから、持ち物も祖母から譲り受けたものが多くて、みんなからいじめを受けていたそうよ。
高校に入学してからは、同じ中学の人もいなかったから、だいぶ落ち着いて生活できてたみたい。
バイトを掛け持ちしてお金を稼いで、必要なものを買っていたらしいわ。
でも、3年生になった時に、クラスに転校生が来たの。
美桜さんと言って、操さんの元クラスメイトだったの。
案の定、操さんはまたターゲットにされたわ。
昔の持ち物の話や、あらぬ話までされて。
でも、高校生で、転校生ってこともあったし、あまり過激にはならなかったわ。
そんな中、他県に出張しなきゃ行けない用事ができちゃって、クラスを離れることになったの。
操さんの事は心配だったけど、クラスの人も優しいし、他の先生にも任せるから、大丈夫かなと思ったの。
操さんに、何かあったら連絡するようにとだけ伝えて出発したわ。
それから一週間後、クラスに戻った私は、操さんの様子がおかしいことに気が付いたわ。
本人はなんでもないって言うし、他のクラスメイトや任せていた先生も、特に問題はなかったと言っていた。
本人がそう言うのだから、仕方がなく見守ったわ。
それから数週間、卒業式の日。
彼女は崖の下で発見されたわ。
警察は事故として処理してしまったけど。
その後、生徒の1人が、私のところへ来たの。
このメモをもって。
美桜さんは、操さんの持ち物を捨てたり、壊したり、隠したりしていたそうよ。
操さんは、美桜さんに言ったの。
「私のものを返して」って。
そしたら、メモ用紙を出して、そこにしてほしいことを書かせたそうよ。
それを受け取った美桜さんは、裏に何かを書いてそれを操さんに渡したわ。そしてこう言ったそうよ。
「代わりにここに書いていることをしなさい。」ってね。
その内容は、日に日にエスカレートしていったそうなの。
クラスメイトは、口外したら個人情報をバラすって、脅されていたみたいでね。
ただ、転落死については、その子も知らなかったそうよ。
これが、あの子の…操さんのいじめの全てよ。
「………わかりました。ありがとうございます。」
これがいじめの話。だとすれば、ミサオサマへのお願いの方法は、これを模しているのだろうか。
「あ、そういえば、空き教室の花も先生がやったんですか?」
「え?花?…ごめんなさい、それについては知らないわ。」
「そうですか…。それでは、これで失礼します。」
「あ、藍さん!」
先生に呼び止められた。
「操さんをお願いね。」
「…はい。」
俺は小さく返事をして、部屋を後にした。
帰り道。西陽に照らされながら、ミサオサマについて考えていた。
何故、このようなことをするのか。
恨んでいるのは、美桜という人物だけではないのだろうか。
何が目的かわからない以上、解決策も見つからない。
「…ん?」
ふと顔をあげると、道の先に人影が見えた。
逆光で顔がよく見えない。
目を凝らしてみると、それは凛華だった。
「凛…!」
俺は凛華に駆け寄ろうとしたが、その足を止めた。
凛華は、何かを呟きながら、じっとこちらを見ていた。
「…なきゃ…………なきゃ……さなきゃ…!」
虚な目をした凛華の手には、刃物が握られていた。
そして彼女の声が、俺の耳にもはっきりと届いた。
「殺さなきゃ。」