「ミサオサマ」調査
不思議な出会いをしてから3日がたった。
あれから毎日屋敷に寄ってから帰っているが、あの狐は一度も見ていない。
それに、それ以上に気になることがある。
凛華のことだ。
あの日からどうも様子がおかしい気がする。
授業が終わるとすぐ帰ってしまうし、話しかけようとすると、驚いて逃げてしまう。授業の話も上の空だ。
ということで、尾行してみることにした。
何もないといいのだが…
放課後。凛華は空き教室に入って行った。
「あれは…噂にあった教室?まさか本当に…。」
戸の隙間から中を覗いてみる。凛華はポケットから折り畳まれた紙を取り出すと、それをロッカーにいれ、胸の前で手を合わせると、こう唱えた。
「ミサオサマ、ミサオサマ、叶えてください!」
「―っ!」
激しい悪寒がした。狐と会った時に似ているが、そんなものとは比べものにならないほど激しい悪寒。体の震えを必死に抑える。
だが、凛華はなんともないようだった。何度もお願いして慣れているのだろうか。そんなので耐えれる代物ではないと思うのだが。
凛華はさっきの紙をロッカーから取り出して中を確認すると、早足でこちらに向かってきた。その顔は青ざめていた。
俺は慌てて、教室から出てきた凛華をを捕まえる。
「え?!星月さん?!どうしてここに?!」
凛華はとても驚いていた。
「どうして?じゃねえよ!最近のお前の様子がおかしいからついてきたんだ。そしたらお前…本気でミサオサマにお願いしてるのか?!」
「べ、別に、星月さんには関係ないじゃないですか!ほっといてください!」
凛華をつかむ手が震える。
「あっ…えっと…!」
凛華は俺の様子に動揺したが、すぐに手を振り解いて行ってしまった。
「関係…ない…。」
凛華に言われた言葉を繰り返す。
俺にとって、この言葉はトラウマだった。
「…藍ちゃん?」
戸のそばで立ち尽くしていると、声をかけられた。
「言音…?なんでここに…?」
「ホームルームの後、すぐどっか行っちゃうんだもん。心配だったからさ。それで…凛華ちゃんと何かあったの?」
近くまできてはいたが、話している内容まではわからなかったようだ。
「…いや、なんでもない。」
「なんでもないわけないでしょ!だってほら、こんなに震えてる!」
言音が俺の手をとる。
「…何か言われたの?」
「…まあな。最近様子がおかしかったから、心配で声をかけたら、『関係ない』って言われたからさ。」
「それで…。」
「まあ、そうだよな。人のことにとやかく言うもんじゃないし。言音、心配かけてごめんな。」
俺は笑顔を作ってみせた。
今までに何度も作ってきた、作り物の笑顔。
言音はしばらく黙ってこちらを見ていた。
「…藍ちゃんがいいならそれでいいよ。でもさ、凛華ちゃんが自分のやりたいことをやるように、藍ちゃんも、自分のやりたいことやっていいんじゃない?」
そう言い残して、言音は行ってしまった。
「俺のやりたいこと…か。」
俺は、少し難しく考えすぎていたのかもしれない。
俺が誰のことをどう思おうと、それは俺の勝手なのだ。自分の好きなように生きればいいのだ。
「…じゃ、やる事は決まってるよな。」
俺は教室に入って、凛華が立っていたあたりにきた。
凛華が使っていたのは、噂通りの、「13番のロッカー」だった。
中は空っぽ。不思議なことに、埃ひとつない。
ここだけじゃ特に何もわからなそうだったため、教室内の他の箇所も調べてみることにした。
気になったところは三つ。
一つ目は、30番のロッカーに書いてある名前だ。掠れていて読めないが、おそらく「赤阪操」だと思う。「ミサオサマ」は、「赤坂操」なのではないだろうか。でも、だとしたらなぜ、30番のロッカーではなく、13番のロッカーが使われているのだろうか。
二つ目はズタズタにされた机。他の机はある程度綺麗なのに、一つだけ、カッターで傷つけられたような跡がたくさんある。そして、この机と、13、30番のロッカーからは、なぜか嫌な感じがする。モヤモヤした、気持ちの悪い感覚だ。
三つ目は、花瓶に生けられた花があることだ。だいぶ新しいようで、誰かが定期的にここにきて、ちゃんと水を変えているようだ。何のための花かは分からなかった。
調べられるところは調べ尽くしたと思う。俺は早足で教室を後にした。この教室はやはり異質な感じがして、どうにも居心地が悪い。
ふと窓に目を向けると、だいぶ日が傾いていた。
部活をしていた生徒たちも、帰る支度をしている。
「…今日は帰るか。」
次の日。凛華は学校を休んだ。体調不良らしいが、おそらく、ミサオサマの影響だろう。
どうやら、思っていたよりも状況は良くないらしい。放課後になり、俺は、赤阪操について調べるために、図書室へ向かった。
卒業アルバムを調べていると、五年前のアルバムに載っていることがわかった。
「三年 四組 三十番 赤阪操」
個人写真の欄には、可愛らしい二つ結いの女の子が写っていたが、集合写真には写っておらず、右上の方に写真が載っていた。
このように写真が載っているということは、撮影の日に何かあって休まざるを得なかったか、それとも…。
パラパラとページをめくっていると、ページの隙間から、何かがヒラヒラと落ちた。
拾い上げると、それは一枚の新聞記事の切り抜きだった。
『女子高生、崖から転落し死亡』