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草花屋と氷のお城

作者: おーみら

お楽しみ頂けたら幸いです。


「あいてて……なんでこんなとこに小さな崖が……」



足を踏み外したと思ったら小さな崖。というか、階段が途中で壊れているのだ。よく大怪我しなかったものだな、と。私は背筋を震わせた。


唯一、太陽の差し込む部屋。地下だと言うのに、天井が崩れてここだけ陽の光が届く。

そこにだけ群生しているという、ソナリエの花。この氷に囲まれた空気と太陽の暖かな光の絶妙な温度でしか咲かない。つまり、ここにしか咲かない花。らしい。


そもそも何故、私がこのような古びた城に花を摘みに来たかと言うと話は少し遡る。

私こと、シィナ・ロックベルは草花屋くさばなやである。草花屋とはそのまま草や花を売るのが仕事である。草や花はこの国では薬として使うことが多いためさほど珍しい職業ではない。ただ、薬になる草花というものは中々扱いが難しい。そう言った扱いが難しい草花を取り扱う店をせん草花屋と呼ぶ。私は選草花屋を営んでいた。


というのも父から受け継いだお店なので、ノウハウは全て父直伝だ。今となっては故人だが、生きていく上で必要な草花の知識は身につける事ができた。あとは私が上手に店を繁盛させて……っと。


とにかく、そんな選草花屋のうちにとある男性が来たのだ。男の名前はカナンダ。



「お願いいたします。どうか、私にソナリエの花を売ってはくれまいか」

「ソナリエ……ですか?」



頭の中で本のページをめくる。ソナリエ……うちの店にはないけど、確かにある。あれはかなり貴重な花だ。



「あの申し訳ないのですが、ソナリエの花はうちには置いていないのです。他のお店を紹介いたしましょう」

「ここら一帯の草花屋はとうに巡りました。選草花屋のこちらにもないとあらば、他はあてにはできないのでは……?」

「左様、ですか」



すでに他の店を回った後でうちに来るとは。しかし、確かにそうなるとソナリエの花は他にはなさそうだ。



「どうしてもソナリエの花が必要なのです。我が主人の薬にどうしても必要で……」

「ソナリエの花は育成が難しく、店では保管していないのです。ですが……そうですね、群生する場所に心当たりがあります」


季節的にもちょうど良い。


「二日……三日ほど、お時間をいただけますか?」



カナンダは待てると言った。ならば、私がソナリエの花を摘み、持って帰って来ようじゃないか。というわけで、家から数十キロ先にあるこちら、古城・グーンスフィア城へと来たわけである。これも顧客を獲得するため。特に危険がある城でもないし、足場さえ気をつければ採取できるはずだ。



と言った側から、崖もとい壊れた階段に足を取られたわけだが。お尻を打ったけれど大きな怪我はしていない。

しかし……もう少し厚着をして来るべきだった。


グーンスフィアは元は氷の魔女が住んでいた城だ。氷の魔女が死んでもなお、魔術が生き続けているらしく、この城は年がら年中寒い。壁とかも凍ってるしね。あまり人は近づかないのだが、私の父のように偶然この場所を見つけた者だけが来るようだ。


ソナリエの花。


この場所も、父の手記に書かれていた薬草畑である。

ソナリエの花の群生なんて、知られたら根こそぎ取られちゃうし、ましてや育成が難しくて枯らしちゃう人が殆どなんだから秘密にしとくのがベストよね。



ーー必要な時に、必要な分を、必要な人にあげなさい。



父の口癖が今でも頭に残っている。



「この先にソナリエちゃんが」



私はここに来るのは初めてである。だから知らなかったのだ。目の前に現れた大きな氷。氷柱?ここだけ一帯、氷の塊が下から天井に向かっていくつもある。

その一つに、これはまた目を見開くほどの美しい人間が閉じ込められていた。


死んでいる?これが氷の魔女なの?


魔女、と呼ぶには中の人は男性に見えるが……。

ああ、しかしなんて美しい光景なのか。氷柱たちがとある一帯を守るように、そこだけ凍ってはおらず、緑の草と淡い青色の花が咲いている。


太陽の光と氷に守られし花。

ソナリエの花だ。


ちゃっちゃといただいて帰ろう。なんだかこの人から奪っていくみたいで気が引けるのだが、これは必要な人がいるので許してと心の中で拝んでおいた。


この人は溶けない氷の中で一生ずっと過ごすのだろうか。いや、いつしか魔力が弱まれば解けるのだろうが。それは今ではないだけの話だ。


私は屈んで小瓶を取り出し、その中へ根っこごとソナリエを入れる。必要な分プラスアルファだけ頂こう。ちょっとだけ!好奇心だから!育てられるかなーっていう好奇心!


さくっと採取して立ち上がり、氷柱の中の人に向かって頭を下げる。いただきました、ありがとうございます。



「え……?」


目が、開いている。


「待っ、え?」


さっき閉じてたよね?なんで開いてるの?こわっ。


「え……?なに?」



なにか言っている。う、き、お?違う……後ろ?

振り返れば、魔犬。そう、ここは魔女の城。魔力を持つ犬がいたっておかしくない。とはいえ、こんな不運に当たってしまうのはおかしい。


どうしろと!?スピードで魔犬に敵うはずないし、出口に向かう途中で噛まれたら大怪我だ。奴らは警戒心が高い。動くとたぶん、敵だと判断される。


ど、どうしよう……。

なすすべなし!と思い冷や汗が落ちる、次の瞬間。

魔犬の足が凍っていた。



「やれやれ……まさかこのような事になるとは」



今度は背後から耳元で声がした。高くもなく、低くもなく。男性の声だ。



「恨みますよ……サー」

「え?」



私よりも一歩前に出て、手を握られる。というか引っ張られる。それと共に走って!と促され私はその氷の中から出てきた男と共に全速力で走った。

途中、もっと速く!とか、登って!とか、魔犬の氷が溶けるぞ!とか、脅されながらどうにか城から脱出する事に成功した。



「ぜぃぜぃ……し、しぬかと」

「ふぅ……ここまで来れば安心か」



見上げれば、プラチナブロンドの髪の毛が眩しかった。それなのに、目の色の青色が綺麗すぎて目を見開いてしまう。

美しい人だった。


「おい、お前」

「おいお前!?」


見た目と中身、違くない!?


「おっと。いえ、君…….いや貴女か?貴女、あそこで何をしていたんです?」


ああ、なんだ。私の聞き間違いだった。礼儀正しいじゃないか。


「ソナリエの花をいただいてました。これを必要としている人がおられたので」

「そうですか。しかし、魔女の城に迂闊に入るものではありませんよ。危険です」

「そう、ですね。すみません」

「けれど……そうですね。そのおかげで、俺の氷が溶けたので良かったと言えばそうかもなのですが」

「氷……そうだ。あなた、どうしてあの氷に?どうしてあの氷は溶けたの?」

「話せば長いですが、魔女の呪いが解けた、というところでしょうか」

「呪い?あれが……」

「さて。自由になれた事ですし、送って差し上げます。おうち、どこですか?」


なんだか面倒見の良い人だった。

それから、私は彼ーーノアをお供に無事に家に帰って来たのである。


カナンダさんに連絡を取ると、すぐさまうちに来た。彼にソナリエの花を渡すと目に涙を浮かべながらお礼を言っていた。やはり、この依頼は受けて正解であったのだ。


彼は私に数枚の金貨を渡すと(とっても貴重!)また何かあれば来ると言い、去って行った。



「ソナリエの花に金貨とは、随分気前がいいですね」

「珍しい花ですからね。さて。ノアさんもありがとうございました。お礼はいたしますので、今日うちでご飯でもーー」

「一緒に住まわせてくれませんか?」

「ご、はんーー」

「長い間、氷の中にいましたので世間に疎くて。少しの間でもいいんです、置いてくれませんか?」

「え、と。ごはんだけーー」

「お願いします。行く宛がないんです」

「ーー」



私は、お願いごとに弱いのだ。

かくしてご飯だけと思いきや、誰かと一緒に住む事になるとは夢にも思わなかっただろう一週間前の私。


そしてこれから、この人の人生のあれやこれやに巻き込まれるなんて思いもしなかったであろうが……それはまた別のお話。

お読み下さりありがとうございました。

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