モンドの知恵 その三
「私が知っているのはこの世のこと、それはすでに過ぎ去った時間の中に存在していたことであり、またまだ存在してはいない生まれてくる出来事のことである。私は考え新たに生み出すことができる。
私は光の届かぬこの場所から静かに見つめ、そして命を見守る。私には誰も会いに来ないし、私は会わない。空からの光は慰めとなるが私は必要としない。我が主らの言葉こそが慰めとなるのである。私が闇の森に生きること、それは永遠の想像は闇の中にこそ存在すると考えているからである。
知恵は私の中にある。右の空の賢者デクストの息子、命あるイチジクの樹よりもぎ取りし知恵の実は、尽きることない密酒を滴らせ、私はそれを十度飲んだ。私は涙を流して待った。そして光の届かぬこの場所で私の知恵は成長し、私もまた成長した。
私は知っている。それは自然に生まれ落ちる感情である。それは〈愛〉といい、その力は慰めを生み、安らぎを生み出す優しきもの。怒りを生み出し憎しみを生み出す恐ろしきもの。誰もが知り得、誰もが気づかないもの。それは第一のことである。
私は知っている。知恵を得ようとするのであれば知らなければならない。得なければならない。学ばなければならない。そして見なければならない。それは第二のこと。
私は知っている。それは第三のこと。それは神族と王族の系譜。神族の主人マストロ、王族の主人ニグラーボ=エグニモの二人、彼らの繋がりは同じ一族の繋がり。二人の曾祖父はアンチクヴァ、その息子はブランチョ、そしてその息子は異母兄弟のアルニカとアトリプ。二人はブランチョと白きブラと黒きクーミのそれぞれの息子である。アルニカは高き風車小屋のエミーと交わりマストロが生まれた。アトリプは風の標の館に住むミラと交わりニグラーボ=エグニモが生まれた。
私は知っている。グロトーニはベルダの大樹より生まれしもの。その土より生まれしもの。北の地、ジェンティーラの地へ向かいしグロトーニは全部で十二、族をまとめる三つのもの、それは知恵を持つアスペクティ、力を持つファウーコ、技術を持つフェルト。その下にカリン、フィー、フィギュロ、デターロ、ニー、ブリーム、レウーテナント、マンキマーノ、スターロ=フロント。北の地で生まれたのはグラニート、グラム、そしてポスト。彼らはジェンティーラの加護を受けている。次の年にはさらに増えるだろう。そしてその次の年も増えるだろう。それは第四のこと。
私は知っている。大地の上で増えるもの、それは人である。アビオとオモトは四人の子を産んだ。一人は貴族となった。一人は商人となった。二人は農民となった。人はいずれ大地に君臨するだろう。大きく多くの感情を持つだろう。彼らは生み出す知恵と学ぶ頭、壊す感情を持つ。それは第五のこと。それは何もかもを覆い尽くす!
私は知っている。もし川の水が干上がり魚たちが消え、水を求めるのであれば、その川を潤す術を知っている。私は法術を知っているのだ。それは第六のこと。
私は知っている。稲が伸び悩み、草が萌えず、花々が項垂れるそのとき、それら全てに活力を与える術を知っている。それは第七のこと。
私は第八のことを知っている。もしも私の知恵を得ようと私を傷つけようとするものがあるならば、また我が主ら、我が友人らを傷つけようとするものがあるのならば、私はそれらに私の翼より生み出した盾を与えそれらを守るであろう。剣を与えそれらを助けるであろう。傷つけようとする悪なるものに破滅を与え、それらは死を持って償いをしなければならないだろう。
私は第九番目を知っている。草花が息をするその音を。木々が囁くその言葉を。風が通るその足音を。波が唄うその歌声を。雲が眠るその寝息を。光が瞬くその瞬きを。闇が忍び寄るその音を。雷が怒るその怒号を。猫が羽虫が魚が鳥がその心臓を鳴らすのを。山が海が草原が森が氷が沼が空が、それらの語りを知っている。多くの者が傾けなくなった弱気者たちの声だ。それを私だけが聴くことができるのだ。
私は十番目のそれを知っているのだ。世は変転し生まれ変わる。それは言わば理であり、世こそ一つの魂と見るのであれば、世は死して生まれ変わる。変転は変わらない。終わりはやってくる。その日はいつか、それは私の唯一知らない真実。書を破り捨てるが如し、書に書く加えるに等しい。
知っていると言うことはその覚悟を持つと言うこと。それは苦しきことと思え!鮮やかであると思え!私が言えることはこれまでだ」
これがアスペクティの前でモンドが語った全てでした。アスペクティがモンドを捕まえようと飛びかかったときモンドの両の丸い目は輝き、アスペクティの視界は失われたのです。アスペクティの前からモンドは霧の中へ溶け込むように姿を消し、次にアスペクティの目が見えるようになったときにはその目の前には〈月明かりの森〉へ繋がる道があるばかりだったのです。二頭立ての馬車もオリーブに飾られた荷台も食料もありません。彼は辺りをきょろきょろと見渡しながら、それはまるで夢のようだと感じたのでした。愚かなグロトーニは思いました。自分はとても多くのことを知っている。それについては誰にだって自慢できることだ。でもわしは自分よりもより多くのことを知っている者がいることを知らなかったんだ、と。
アスペクティはその茶褐色の肌をさすりながら、遙かに高い青空を見上げました。それからアスペクティは北の地へと戻っていきました。