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召喚主は駄天使でした  作者: ふりえもん
始まりの街
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第六話 流れる街景色

 あの雪崩のような人混みに突入してから、およそ一時間後。


「日持ちしそうな野菜とパン、ついでに魔物の肉? ってのを買ったが。これ以上買うとなると、流石に持つ手が足りねぇな」

「ですね、結構な量ですから一週間は持つんじゃないですか?」

「んー、どうだろ。しっかり朝昼晩の三回食って、となると意外と直ぐに無くなるかもしれん」


 俺とネムはそれぞれ大きな麻袋を二つと一つ抱え、市場の活気から逃げるように抜け出してきた。

 あれだけ女子には持たせるわけにはいかん、と格好つけておいて、いざ買い出しを実際にしてみると思ったより量が多く、結局一番軽い袋をひとつ持ってもらうことに。


「重くねーか?」

「大丈夫です、荷物持ちくらいなんてことありませんっ」

「素直に助かるわ。ならこのまま適当な店でも冷やかして回るとするか」


 ウィンドウショッピングと言えば聞こえは良いが、実の所はただの冷やかし。

 とはいえ別に迷惑をかけるわけでもなし。遠慮せずに楽しませて貰うとしよう。


 来た時よりも少し遅いペースで移動しつつ、左右に立ち並ぶ様々な店を眺めていく。

 雑貨店や喫茶店、アクセサリーショップなどなど。大通りから外れた小道に見える怪しいお店はスルーしながら、ゆったり進む。

 シルテットに召喚される前の俺だったら、学校が休みの日にでものんびり歩きたいと思うような、そんな街並みとすれ違う。


「あっ、魔道具屋さん」

「魔道具?」

「あれ、知らないですか? 何かと便利なアイテムがいっぱい売られてるお店です」

「へー⋯⋯家電量販店みたいな感じなのかね」


 時折こうやって何気ない会話を交わしたり。


「服屋さんがありますね。ちょっと見てみてもいいですか?」

「おう。俺もちょっと気になってたんだよな」

「タツキさんが? 少し意外ですね⋯⋯」

「だろうな」


 一緒に店の中を見て回ったり。

 初めての異世界観光は非常に楽しく、心躍るものとなった。

 そして、シルテットに帰ってこいと言われた時間まであと三十分といった頃合のこと。

 ネムがふと、とある店の前で足を止めた。


「どうした。何か気になる物でも売ってたか」


 言いながら近付いてみれば、店頭に陳列された売り物──やけに古ぼけた本を一冊手に取り、表紙を眺めている。

 タイトルまでは見えないが、パッと見た感じではどうやら子供向けの絵本のようで、ドラゴンらしきイラストが随分と可愛らしいタッチで描かれている。


「気になる、と言うか。この絵本、私が小さい頃に持っていたんです。こことは違うどこかの別世界から召喚された勇者が、邪龍を退治して国を救う冒険譚⋯⋯有名なおとぎ話です」


 懐かしむような眼差しを手元に向けるネム。

 勇者の冒険譚、ねぇ。

 この世界では勇者召喚が流行っているとか何とか、シルテットが言っていたが。俺以外に地球から召喚されたやつとかってのも、探せばどこかにいるのだろうか。


 と言うかそもそも、だ。

 異世界から召喚される理由なんてのは、召喚した張本人がどんな立場の人間かによって変わるとして──はたして、全く別の場所からの来訪者である勇者とやらは、どんな扱いを受けるのかが気になって仕方がない。

 例えば、よくゲームで見るような"世界の平和を脅かす魔王の討伐"を目的として召喚されたのであれば、当然VIP待遇を受けることになるのだろう。

 だがしかし、もしも勇者の力を悪用しようとする者が召喚したとなれば話は別。何かしらの方法さえあれば、奴隷のような扱いを受けていたとしてもおかしくはない。


「冒険者を目指す人なら一度は憧れてしまうのが、勇者の率いるパーティのメンバーになることです。現に、私も幼い頃はそんな夢を見ていましたし」


 本のページをぱらぱらと指先で捲りながら、ネムは笑う。


「勇者ってのはこの国にも居んのか?」


 ずっと気になっていたことを質問する。

 すると、ネムはきょとんとした顔でこちらへと視線を移し、首を傾げ。


「普通に居ますよ。十年に一回の周期で、大陸中の国が一斉に勇者を召喚しますから」

「十年に一回ってのは⋯⋯そりゃまた結構な頻度だな」


 もし一人目が二十歳で召喚されたとしても、次に新しく勇者が増える時には三十歳。運動能力やらが衰え始める頃ではあれど、まだまだ現役と言っても差支えのない年齢だ。

 そんなに召喚してしまっては、国同士でのパワーバランスを維持するのが面倒じゃないのか? 勇者と言うからには、やっぱり強力なスキルとかを持ってるんだろうしさ。

 俺が頭の上に疑問符を浮かべていると、


「勇者の方々はえげつない魔法を使ったりするらしいですけど、人間です。ずっと死ぬまで戦わせる、だなんて非人道的なことはどの国もしませんよ。⋯⋯基本的には、ですが」

「ほー」


 最後の最後に不穏な言葉が付け足されてはいたが、それならまあ安心か。

 いや、そもそも俺は国に召喚されたわけじゃないし、戦うためのスキルとか魔法とかなんて全く使えないけどさ。

 それでも同郷のヤツらがちゃんとした待遇を受けれていると知り、心のどこかでホッとする。


「そろそろお昼時ですね、タツキさん。シルテットさんの所に戻りましょう」


 ぱたりと優しく開いていた本を閉じるネム。

 ⋯⋯ああ、もうそんな時間か。

 俺はひとつ頷いて、古本屋から退店。両手に持った荷物の重みで凝った肩を捻って解しつつ、大通りの左側に沿って歩き出す。

 空を見上げてみれば確かに日が高かった。


 後ろを歩くネムの歩幅に合わせつつ、なるべく早足で前へと進む。

 目指すはひとまず、シルテットがあの家のドアからトンネルを繋いだ路地裏だ。


「で、鍵はどうやって使うんだよ」


 これを使えば帰れると言われ、放って渡された小さな鍵について考える。


「普通にさして回せば開くのではないでしょうか?」

「んー。どこに、って話になるんだよな」

「鍵穴の無いドア、ということですかね。それならノックしてみるとか」

「それも同じ問題があってな。とにかく見てみろ。は? ってなるぜ」


 立ち止まり、街路から外れた場所にある細い路地裏を指さした。


「⋯⋯えっと、この奥に家があるんですね」


 ネムは一瞬困惑した様子を浮かべるが、路地裏の奥の方面に目的地があるのか、と独りでに納得。

 が、俺はもちろん首を横に振った。

 シルテットは何も無い空間からあの部屋へと直接繋いでいたのだ。ただ単に奥の方へ進めば家がある、だなんて単純な話では無い。

 そういう意味合いで否定した⋯⋯はずだったのだが。


「とりあえず行こうぜ──って、どうした?」

「や、その、あのですね。目的地でもない路地裏に男女で入るっていうのは⋯⋯」


 涙目になりながら、しどろもどろとした反応をするネム。

 いったい何故と聞こうとしたが。その前に彼女の発言を思い返して、察する。


「待て待て。今ネムが俺に抱いてる印象を、端的に言い表してみろ」

「へ? え、えっと⋯⋯逆送り狼、ですかね⋯⋯」

「違うぞ!?」


 とんでもない勘違いをされていた。

 逆送り狼ってなんだよ。俺はそんなプレイボーイじゃねぇ。

 ここまで着いてきてもらったのも成り行きだし。

 偶然飢えそうなのを助け、その流れでシルテットの代わりに買い出しに付き合ってもらって。帰り道に軽く色んな店を見て回りながら、その流れでこの路地裏に来ただけ⋯⋯ああうん、勘違いされるわコレ。


「マジで荷物持ちも助かったし、ウィンドウショッピングも楽しかったけどさ。シルテットを待たせてるタイミングで、その、なんだ。アレなことをしようとするわけねーだろ」


 誤解をとこうと慌てて弁明。


「時間があったらしちゃうんですね⋯⋯」

「そもそもそんな度胸ねーよ。恋愛漫画も純愛モノが好きだしな、俺」


 まああんまり読んだことないけどさ。

 兎にも角にも、完全に誤解をとくためにはシルテットの家までどうにかして繋ぐ必要がある。


 さて、どうするか。

 確かアイツが一度扉を出した時は、まるでその場にドアノブがあるかのような動作をしていたが。


「ぐ⋯⋯よく分かんねぇ。こうか?」


 同じようにドアノブを掴む動きを再現してみるが、俺の手は普通に宙を切るだけ。

 ならば、と今度はシルテットから渡された小さな鍵を持ち。その場に扉があることを想像しつつ、鍵穴に差し込むかのように腕を前へと突き出した。

 すると、


「お?」


 かちり。

 無機質な感触が指先に伝わる──と、同時。


「うおっ!?」


 目の前に、見覚えのある扉が一枚現れた。

 おそるおそる鍵から手を離し、ドアノブへと触れてみる。

 ひやりとした金属製の取っ手はすり抜けることなく、しっかりと掴むことが出来た。

 この薄い板を隔てた向こうには、俺がここ数日の間過ごしていた部屋があるのだろうか? 不思議なものだな。

 俺は手首を捻り、ゆっくりと押す。

 すれば、蝶番がきいぃと軋む音をたて、


「あら? おかえりー」

「なんでお前は自分の部屋にいねぇんだよ⋯⋯」


 知っている部屋へとドア枠越しに空間が繋がる。

 出迎えたのは、さも当然のごとく俺が使用するベッドの上でゴロゴロとしているシルテット。その手には漫画らしき本を持っており、人のテリトリーに侵入してくつろいでいたのは目に見えて明らかだ。


「買い出し、しっかり済ませてきたぞ。ネムにも荷物を持ってもらってなんとか帰って来れた感じだ」


 振り向いて、扉の向こうで佇んだままのネムへと視線を向けた。


「ちなみにだけど、あの子はこっちのこと見えてないわよ」

「え」


 不意にそんなことを言われて困惑する。

 よくよくネムの表情や動きを観察してみれば、まるで俺を見失ったかのように狼狽しているようだ。

 キョロキョロと辺りを見渡す仕草を続ける彼女の表情は、次第に不安そうなものに。


「はやく行ってあげたら?」

「そうする」


 両手に持っていた麻袋を二つ床に置き。

 シルテットに背を向け、再度開きっぱなしの扉をくぐり抜ける。


「ひゃああっ!? ど、どこに消えてたんですか!?」

「悪い、なんか驚かせちまったな。シルテットの家に行ってたんだが、まさかネム側から見えなくなるとは思ってなかった」


 ネムからすれば、俺が突然に消えたり出てきたりしているのだろう。困惑半分、驚き半分の声色だった。


「さて、色々とありがとな。助かったぜ」


 何はともあれ、ネムがシルテットから任された仕事はもう終わり。

 つまり彼女の持つ麻袋を俺が受け取ってしまえば、ギブアンドテイクの関係も終わりを迎えるわけなのだが。


「先に助けて貰ったのはこっちですから、お気になさらず。シルテットさんにもありがとうございました、とお伝えください」


 柔和な笑みを浮かべるネム。

 このまま「じゃあな」と答えるのは簡単だった。

 だが、別れた後のことは? 

 ネムが無一文なのを知っている俺からすれば、少し彼女の先行きが心配で。


「⋯⋯あー、ちょっと待ってろ」

「へ?」


 くるりと踵を返し、もう一度シルテットの所へ。

 ネムに対し、俺がしてあげられることなんてそうそう無いが。

 それでも知り合いに対する交渉くらいは出来るはずだ。

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