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暇な悪魔の日常  作者: 銀狐の雪隠れ
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 魔界からの訪問者騒動から数ヶ月。レイル君には森のど真ん中に落ちていたナイフを見つけたと言って渡しておいた。

 薬草を取りに行ったら見つけたと言い張っておいたが、森のど真ん中になんて行くのかと訝しまれた。……解せぬ。


 そのころ師匠は何をしているのかと言えば、冒険者組合に呼び出されていた。おそらくは魔界の活動が活発になったことだろう。いや、活発になったというよりもより活動的な魔物が台頭してきたと言った感じ?一緒か。


 今代の魔王の魔素に影響された魔物どもが魔界で暴れ回っているそうだ。今のところ魔王に近いとこ……つまりは奥地だけで起こっている世代交代だ。

 これを放っておくと、魔界からの訪問者騒動と同じようなことになる。しかも、大規模の。

 かと言っても人類を舐めてはいけない。

 これまでの世代交代から、きちんと学ぶべきところは学んでいるし、伝えるところは伝えている。いかんせん数が少なく、正確性には欠けるがないよりマシだ。山に傘雲がかかると雨、みたいなもんだ。


 とまぁ前回の魔王の交代より何百年経ったろうか……まぁ、ちゃんと危機感を持っていることに感心する。

 冒険者組合では、エンデロープ領主、冒険者組合の長、そして腕が立ち、口も固い冒険者たちが集まって会議していた。

 その会議では対処方について様々な意見が出されていた。


 前回の交代の時よりは人類の技術は向上していると言えよう。特に、高性能かつそこそこ小型の魔道具の存在は大きい。が、相手が悪い。

今代の魔王は2世代ほど時代を先取ったような強さだ。

 魔物は魔界からあまり出てこないとはいえ、しばらくは人類が魔界から締め出されるだろう。


 会議のほうに意識を向けてみると会議は平行線を辿っている。やれ魔界入り口を掃討するだの、それは無理だのと……みな狂ったように議論している。

 ただ、彼らは共通してエンデロープを、引いてはここに暮らす愛する者たちを想っていた。それは非常に美しかった。



「はぁ、店主。なんかこう、すごい魔道具って売ってないんですか?」

 レイル君のナイフを研いだり埋め込んだ魔法の調整を行っていると、付き添いで来たルーク君が縋るように言ってきた。

「ふむ、ルーク君。君はここをどこだと思っているのかな。天下の魔道具屋リングぞ?ないものの方がないさ」

 少し芝居がかった様子で言ってみた。

「それで、すごいってどういうこと?話なら聞くよ」


 惚けてはいたが、やはり魔物が攻め込んできた――まぁ逃げてきたの方が正しいが――時に防ぐ魔道具はないか、とのことだった。

 もちろんルーク君は口が固く、魔物が攻め込んでくるかも、なんて微塵も出さずに単に冒険譚に憧れているという体で話してきた。


「しかし、そんな物が実在したところで発動できませんよね。僕あんま魔力持ってないですし……」

「僕が信頼しているルーク君だからこそ言うよ。君が欲しがっている魔道具はこの店に置いてある」

 前世からの観察好きな僕がいて良かったね。人類の発展を願う僕がいなきゃ、今頃どうなっていたことか。

「もちろん売ってはいないけどね」

「……は?」

 ルーク君の阿呆みたいな顔が見れて良かったよ。そして、レイル君は脳の処理を超えたのか一周回って大物にみえる。



 レイル君を帰らせた後、ルーク君が根掘り葉掘り聞いてきた。どういう物だの、それはどれくらいの威力があるのかだの、持ち運べるかだの……

「残念ながらルーク君の思っているようなスーパー兵器じゃあない」

「からかったんですか?」

「いや、違う。ただそれは元からなかったようにできるのさ」

 一つ息を吐いて言った。

「例えば……魔界から大量の魔物が押し寄せてくる、なんて状況とか」

 ぶん殴ってやったぜ、言葉でな!



 衝撃を与えてからのルーク君はそれを見せろの一点張り。なんで知ってるのか、とかは言われたが、あんまり興味はなさそうですぐに引き下がった。

 正直もう少しは驚いて欲しかったなぁ。

「分かった。出してあげるよ。ただ、これを使うかどうかは君が決めることだ」

 元々は出すつもりだったので、適当なところで話を切り上げて出してあげることにした。


 その魔道具は一見ただの本だ。少し表紙やら裏表紙、背表紙なんかが凝ってるだけのカッコいい本なのだが、これを見た人はこれに触れたいと思うようになる。

 自らの理性が弱いとこの本に理性がぶっ壊されちゃうという危険な代物だ。真の意味で人じゃなくて獣になっちゃうからね。

 ルーク君ならなんとかなると思っているけど、事前に少し話していたおかげかこの本に触れたいという欲求を抑え込んでいるようだ。素晴らしいね。

 すこーし封印を解いてみたけど大丈夫そうだ。

「店主、見るからに妖しいこの本が、その、救えるのですか?」

「救えるとも。君たち次第ではあるけどね」

 あぁ、その血走りつつも感情を抑えている理性的な目。すごく好きだよ。


 再び魔導書に封印を施してから、ルーク君には帰ってもらった。今は魔導書に当てられて随分とドキドキしてるようだし、頭も働いてなさそうだったから、一晩ゆっくり考えさせよう。


「昨日の魔導具の効果を教えてください!!」

 一晩考えた結論のようだ。その目はとても真剣であった。僕としても嬉しかった。

「もちろんだとも。あれはね……」

 ゆっくりとルーク君に説明し始めた。

 あの魔導書はそっくりそのままの状態であらゆるものを封印するという物だ。誰も分からず、何もさせないように封印をする。ただ、欠点があって、この封印が解かれてしまう時がある。

 それが、この本で封印したんだと知られた時さ。そうなってしまえば、今まで封印していた物が全てこの世に現れる。だから、絶対に知られちゃいけない。


 ルーク君は疑うことなく必死に聞いている。頭の中ではリスクとリターンの計算でもしているのだろうか。何もしていないのに汗がダラダラだ。

 だからといってゆっくり考える時間もなく、この魔導書の性質上誰かに相談できるわけでもない。そろそろ、人類のこの後を決める会議では人類の悪あがきが決定しそうだ。

 もうすでに、少しずつ奥から魔物が出始めており、腕の良いものはそちらに駆り出されているらしい。会議をしている人数が減っていた。



――やります――


 人類を救う決定だった。たった1人の青年が、強いと言えどもただの人間が、この決断を持って人知れず英雄となるのだ。

 僕はもう、すぐにその本の封印を解き、手渡した。


 さぁさぁ、お立ち会い。これはただの青年が、英雄譚に憧れて、有名な冒険者に師事し、いまや自らも師となった青年が!!英雄となる物語。

……実に、素晴らしい話じゃないか。



 その日、魔物の大群が確認され、各冒険者が死に場所を定めたその時、忽然と魔物たちは姿を消した。




「さぁて、ルーク君?どうだい、英雄となった気分は」


「実に、えぇ本当に複雑です」


「君に本当のことをいうとね、君の師匠の師匠の師匠の……いつだったかは忘れちゃったけどその子も君と全く同じ決断をしたんだよ」


「え?」


「その時からかな?その子が弟子をとって、その弟子にも弟子を取ることこそが名誉と教えていたのは」

 懐かしい話だ。もう数百年はまえのこと。

「いつか、封印が解けても大丈夫なようにって」


 ルーク君は黙って聞いている。人の口に戸は立てられぬ。いずれ封印が解けるかもしれない。そんなことを思っているのだろうか。


 もしかすると、彼は気づいているのかも知れない。この魔導書の製作者は僕で、魔導書の仕様はわざとだと。英雄の誕生をこの目で見るためだけの物であると。

 そして、人類のレベルを小さいながらも上げていくためだけのシステムなのだと。そうだとすれば僕も随分と悪魔的な考えで生きているらしいね。


 まぁ、気づかれたところで関係ない話か。


「さて、ルーク君。決してこの騒動を忘れてはいけないよ。君だけじゃなく、ほかの人も」

「ちょっ、ちょっと待ってください!店主……いや、あなたは何者ですか!!」

 気になってしまうだろう。彼は僕と対面して僕がかけていた魔法――僕のことに関してあまり疑問に思わなくなる魔法から脱却したのだから。

「僕?僕はただの暇人だよ。することもなく、ただ観察が趣味なだけの……ただの悪魔さ」

 じゃあね。ここ数年くらいは退散しますか。

面白いものも見れたことだし!


 その日、たった一人の青年を除いて、みんなが魔道具屋リングという店、そこの店主のことをさっぱりと忘れてしまった。まるで初めから夢であったかのように。


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