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暇な悪魔の日常  作者: 銀狐の雪隠れ
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 扉に付けたベルが鳴る音が聞こえた。

 僕はいつものように声を出す。

「いらっしゃい。今日は何をお買い求めかな?」


 ここは魔道具屋リング。人界と魔界の境界線に位置する人類最前線の砦、エンデリーブの裏路地にある。

 静かに営んでいるためなかなか気づく人はいないが、常連の冒険者たちはうちの魔道具は質がいいと言ってくれる。


 最近では、常連の冒険者が立派になって弟子を持ち、うちを紹介するというループが出来た。というか、それ以外のお客さんは全く気づかない。


 今日のお客さんはどうやら初めての方だ。だれの弟子なのだろうか。

 

「回復薬をいくつかと……あとは毒消しが欲しい」

 この注文は最初に買ってこいと言われてするものだ。

 誰から始まったのかは覚えていないけど、最初の注文はこれだ!となってしまった。そのおかげでこの注文を聞くたびに微笑ましく感じてしまう。


 というのも、最前線と言いつつも人界側では強い魔物は滅多に現れないし、毒を使うやつも少ないので、最初はそこで修行させるのが一般的なのだ。


「回復薬は三つ。毒消しは一つにしてくね。全部で銀貨六枚と銅貨ニ枚だよ」

 値段を告げると少し嫌な顔をされる。うちのは質がいい代わりに少し高めに設定してあるのだ。

 回復薬は一つ銀貨二枚。毒消しは一つ銀貨二枚と銅貨ニ枚。

 駆け出しならば手痛い出費だろう。何せ銀貨が五枚ほどあれば、六人家族が一週間は暮らせる。もちろん、質素な生活をすればの話だが。


「……それで頼む」

 おそらく、ぼったくりではないから買ってこいと言われたのだろう。この世界では珍しく値切らずに買っていった。


 ありがとうございます、と声をかけながら商品を渡したが、周りの商品たちが気になり出したようだ。

「少し見ていくかい?もし必要なら、魔道具の説明もするけど」

「いや、別に買うわけじゃないし……」

 まぁまぁ、と商品棚の前まで行って魔道具の中の魔道具って感じの王道の商品の説明をした。

 僕は見た目こそ若いが、別に見た目通りの年齢をしているわけじゃあない。なんなら老人だ。そしてこの店にはなかなかお客さんは来ないし寂しい。寂しい老人の話は長いぞぉ。

「これは結界を貼る魔道具。発動には魔力を込めなきゃいけないけど、込めれば込めるほどより質の高い結界ができる。ただ、大きさは大したものじゃないから気をつけなきゃいけない。そして、こっちは風の刃を出す魔道具で……」


 そんなこんなで話しているうちに、どうやら少年も楽しくなってきたようで、あれはどのような物なのか、とかどれくらいの値段かとか質問するようになってきた。

 やはり彼もまた冒険者に憧れる者。冒険譚には地味ながらも必ずと言っていいほど魔道具は存在している。そうして自分も欲しいと思うのだ。


「やばっ!そろそろ帰らないとルーク師匠に怒られる!」

 彼の師匠はルーク君のようだ。今でこそルーク君も落ち着いたが、昔は好奇心旺盛でよくこれは何、と聞かれたものだ。

「なに、店主の長話に付き合わされたとでも言えばいいさ。ありがとうね。気をつけて帰るんだよ」


 買ったものを片手で抱え、返事をするかのように片手をあげて走り去っていった。

 真っ昼間からこんなに爽やかな光景が見られるなんて実に素晴らしい日だ。将来、彼が大物になったときのために魔道具を作ったほうがいいかな、なんて妄想しつつ趣味の魔法の教科書作りをするのであった。



 

 それから数十日が経ち、あの少年がまた来た。今度はルーク君が一緒のようだ。

 僕はルーク君の好きな紅茶を用意する。あの少年も同じものでいいだろう。別に人によって好き嫌いが分かれるというものでもない。少し魔力の回復が早くなるくらいのものさ。


 紅茶のためのお湯を魔法で沸かせていると、からんからんとベルが鳴った。

「いらっしゃい。いつもの紅茶あるよ。少年も同じものでいいね?」

「店主……なんで入ってくる前に用意してるんですか……」


 適当に笑ってはぐらかし、ルーク君と少年に紅茶を出した。

「で、今日は何をお買い求めかな?」

「こいつにナイフでも渡しておこうと思いましてね。少しは師匠らしいところを見せないといけませんからね」

 少年は少し驚いたような顔をして僕とルーク君の顔をキョロキョロと見ている。

「……どうやら、その少年は聞かされてないようだけど?」

「だって、言ってませんからね」

「君のそういうところは変わってないね」


 などと話しつつ、店にあるいくつかのナイフを浮遊の魔法で浮かしてこちらに運んでくる。

「このあたりが初心者向けかな?他のもあるけど正直使いにくすぎて……」

「一応どんなものか聞いても?」

「ナイフというより炎を出す魔道具みたいなやつでそんじょそこらの魔法使いよりも強い火魔法が使えるけど、魔力が少なければすぐに死んでしまうやつ……とか大体は持ち主に危険が及ぶからやめた方が吉だね」


 ルーク君もずっと僕の常連だからおおよそ僕がどんなのを作っているかとかは知ってるはずだ。聞いてきたのは単純な興味なのだろう。すぐになるほど、と言って聞くのをやめた。

「レイル、好きなのを選びなさい」

 少年の名はレイル君と言うらしい。しかし、こうやってルーク君が師匠として振る舞っていることが非常に新鮮だ。

 二十代のうちは第一線の魔界の探索者として活躍しており、こうやって弟子を持ったのも三十代になって後継の育成に乗り出したからだ。

 ルーク君もこんな感じで可愛かった時期があったなぁ。感慨深い。


 レイル君は必死に選んでいる。いくらナイフといえど、ここは魔道具屋。全て魔道具であり、普通の大剣とかよりも高い。この機を逃せば次にいつ買えるかわからないため、考えが頭に浮かんでは手が伸び、浮かんでは伸びと逡巡している。

 最初こそレイル君は遠慮していたのだが、ルーク君が絶対にあれば便利だから、と押し切った。


「店主、これらのナイフに刻まれている魔法に違いはあるか?」

 レイル君がおっと思わせる質問をしてきた。魔道具というものは魔法に精通していなければぱっと見じゃ効果がわからない。だから、質問をしなきゃいけないし、ここで変な回答をされたら詐欺の可能性が高い。それこそ、普通の道具を魔道具だと偽って売る詐欺だってないわけじゃない。

 だからこそ、信頼できる店の常連が常連を呼ぶ無限ループができるんだけど。

「全て同じだよ。少し結合を強くして頑丈にし、切れ味が落ちにくくなる効果だね」

 レイル君は師匠の紹介とあってか疑うことなく、じっくりと吟味している。

 ちなみにルーク君はこの質問をせずに後日魔法を聞きにきた。


 「師匠、これにします」

 談笑しつつルーク君に四杯目の紅茶を出したとき、レイル君が言った。

 選んだのは黒いサバイバルナイフだ。

「よっしゃ、いいセンスだ。店主、いくらですか?」

「金貨10枚でいいよ」

 少し笑って続ける。

「ホントはもうちょっと高いけどね。未来の常連さんへの投資ってことで」

 師匠が弟子に魔道具を買うのはいつもの流れであり、少し値段を下げるのもいつもの流れだ。

「ありがとうございます」

「なに、いつもの流れさ。……あぁ、金貨10枚だね。ありがとう」


 金貨などそうそう見たことがないレイル君は終始ポカンとしていたが、これでも魔道具の中では安い方だ。一般人でも魔法を使えるのだ。非常に危ない。

「また来てね。気をつけて」

 ルーク君が店を出て、レイル君が慌てて後をつける。微笑ましい。




 何日か経ったある日、ガシャン!!と扉が乱暴に開く音がする。

「どうしたのかな?」

 ルーク君が背中に大きな傷を負ったレイル君を背負っている。

「店主!いつも買っているものよりも質の高いポーションはないか!言い値で買う!」

 そんな言い値と言われても値段が変えることはしない。僕は事前に用意していた最高級一歩手前の回復薬を渡した。

「それを傷口にかければたちまち傷が癒えていくはずさ。けど、かけられた人にも負担がかかるからしばらくは目を覚さないだろうけど心配しなくてもいいよ。」


 ルーク君が急いでレイル君の背中に回復薬をかけるとまるで逆再生かのように傷口が塞がっていった。

「よかった。しかしルーク君。回復薬をかける前にはちゃんと消毒やら浄化やらをしないと」

 はっとしたような顔をしてルーク君は焦り出す。

 回復薬は傷を塞ぐ効果はあるが、その中にある病原菌なんかを殺す力はないのだ。

「僕の目の前だったからしてあげたけど、今後は自分でするんだよ?」

 うーーん。普段からあまり回復薬は使わない状況にあった弊害だろうか。少々焦りすぎている気がする。……僕が冷静過ぎると考えられるか。


 一旦、レイル君を近くのソファに乗せさせ、話を聞いた。

「しかし、一体どうしてこんなことになったんだい?君のことだ。そんな全く歯が立たないような場所に送り込んだわけじゃないだろう?」

「あぁ、それが……魔界からの魔物が一体出てきてたんです。魔界から魔物が数体出てきたのは知ってたんですが、魔界から出てきた瞬間に召集がかかったし、僕も参加していたので全部倒したものだと……」

「生き残りがいた……というわけだね?」

 ルーク君は頷いた。

 事態が発覚したのはレイル君が発煙筒で知らせたからだそうだ。急いで近くの冒険者が向かったら、そこにはレイル君を殺そうとしてる魔物がいたらしい。

 何にせよ無事でよかった。



「しかし、魔界からの来訪者なんて物騒だね?ここ最近はなかったと思うんだけど」

「えぇ、ここ数十年はなかったと聞いています。魔界にいた連中がまだ帰還できていないというのは心配です……」

「不穏だね。魔物が自分の縄張りを捨てて逃げるなんてことは滅多にない。あまりレイル君をこの街から出さないほうがいいんじゃないかな」

 魔物が縄張りを捨てることなんてそう多くはない。捨てるとすれば、縄張り内の餌を狩り尽くしてしまったか……どうしようもないほど強力な存在が縄張りに入ってきたかのどっちかだ。


 まぁ、後者だろうね。奴らとて狩り尽くすほどの馬鹿ではない。



 少し暗い雰囲気の話になってしまったので紅茶をだし、明るい話題に転換して数時間後レイル君が目を覚ました。

「……師匠……ここは?」

 視界がぼやけているのだろうか。まぁ寝起きなんてそんなもんだろう。

「この前きた魔道具屋だよ。ほら、お前のナイフを買ってやった」

 ルーク君がそう言ってもしばらくの間はきょとんとしていた。よほど寝ぼけているのだろう。

「あぁ……そういえば……痛っ!」

 レイル君が思い出したかのように背中を押さえる。その様子を見てルーク君が大丈夫なんですか、とやたらと聞いてくる。

「無理に体を修復したようなものだし、しばらくの間は痛むだろうね」

 安静にしておくように、と伝えて紅茶をいれにいく。

 ……ルーク君はそろそろ落ち着いた方がいいんじゃないかな。いくら愛弟子といえども……ね。



 少しして二人とも落ち着いてきたので、状況を説明した。運動してはいけないこととよく食事を摂ること。これらをよーく言い聞かせてから帰らせた。

 しかし、まれにあることとは言えども魔界からやってくるというのは不可解だ。魔界の方も気になるし、ひっさびさに見に行ってみるか。

 ついでにレイル君の買ったばかりのナイフも探してきてあげよう。今ごろどっかに落としてきたことに気づいただろうね。外を見てみると必死にルーク君が慰めてるしね。


 思い立ったが吉日とその日の午後にclosedの看板を出す。

 いや、この看板を最後に見たのはいつだったか。懐かしい――そんな掃除ができない人の心情を味わいつつ街を出る。


 流石に魔物が警戒網を突破してきていたので、街の警備もいつもより厳しく街を囲う城壁の門が閉められており、その前の広場には大量の冒険者や狩人が集められていた。


「諸君、先程魔界から侵入者が来た!その侵入者により若き芽が摘み取られようとしたのだ!なんとか一命は取り留めたものの、これは由々しき事態である!」

 やたらと腹に響く声でこの街の防衛を担う騎士団の団長が叫ぶ。

「ここは人界の最前線!これより後ろに通さぬよう、付近に侵入者どもがいないか捜索する!街の安全が確保され次第、魔界から帰らぬ同胞を救助しに行く!わかったな!いくぞ!」

 おぉぉぉ!とギラギラした目で皆が叫ぶ。それと同時に門が開かれ一斉に出撃していった。魔界にいる人たちの友人らもいるのだろう。非常に焦っている。


 皆が行ってしまった後、続けて僕も外に出る。何も考えず、あまりにも堂々と出て行ったので自分でも人間たちは僕が出て行ったことすら認識できていないはずだと自身の能力を過信しすぎているなぁ、と思ってしまった。

 まぁ、かれこれ千年と数百年、人類が集落でうっほうっほしてた時から生きているが見破ったやつなんて一人もいないんだけど。


 てくてくと魔界の入り口まで歩いていく。

そこにはいつも以上の人たちが集まって見張っていた。

 周囲を見渡せばいくつか魔物の死体が見える。未だ血が流れているところを見ると最近出てきたようだ。

 どうしたんだろと思いつつ、僕はふんふんと鼻歌を歌いながらエンデリーブを出た時と同じ感じで魔界へと足を踏み入れた。



 魔界は恐ろしいほど日常だった。赤き空に漆黒の大地。あとよく分からんハロウィンの植物みたいなのがあっちゃこっちゃにある。一言で言えば混沌。

 やっぱり空気はここが一番!!故郷というものは素晴らしいな!いつ来ても変わらない。なんて思っていたが、いつもなら人間が拠点としていた場所が荒らされていた。小さな集落みたいな感じであったのだが、見事に粉々にされていた。


 気になって探索してみると走り書きの字で「俺たちは大丈夫だ」とデカデカと書かれた1mくらいの大きさの壁があった。集会場の壁であるのですごい目立つ。心配してやってきた人に伝える目的なのだろう。

 まぁ、この集落は大量の魔物に占領されちゃってるのでなかなか信憑性に欠けるが。


 近くの生体反応を調べてみると、割と離れた場所に人間たちがいた。

 もともとここにいた数よりも若干少ないので幾人かは英霊となったんだろう。しかし、僕の魔道具屋リングを贔屓にしてもらってる人たちは生き残ってるみたいで安心した。身近な人には生きていて欲しいと願うのが人間なのだ。まぁ、僕は人間じゃないけど。


 どんな様子かなと見てみると魔界拠点の長的な人たちが話しているようだった。こそっと聞きみ耳を立ててみると、どうも人界に帰るまでにいる魔物が邪魔らしい。

 皆で決死の突撃をするか?なんて提案が真剣に議論されることになるとはよほどだ。人間たちにはお世話になってるし、それぐらいちゃっちゃとやってやろう。


 後に本当に突撃を仕掛けたけど何もなさすぎて逆に怖かった、なんて話を聞いてどうすればよかったのか少し悩んでしまった。後悔はないけれど。



 ちゃっちゃと魔物を崩壊させて塵レベルまで分解したあと、奥地へとお散歩にいった。お散歩とはいっても、文字通り歩いて行ってはキリがないので途中までは転移して行った。

 相変わらず、奥地の魔素の濃度は高い。そこらじゅうで知恵を持った魔物――悪魔どもが決闘を繰り広げている。


 いかに自分が強くなるか、強くなってのし上がるか、とだけを考えているこいつらに文明を発達させる能力なんてあるわけない。悪魔の歴史は人類のそれより長かったと思うんだけど街の一つもない。


 周囲は凶悪な顔にツノが生えてるやつとか、よく分からんアメーバみたいなやつとか、羽が生えたザ・アクマ!なやつまで、笑いながらドッカンドッカンのトンデモ魔法の撃ち合いをしている。

 こいつらが弱い奴らに無関心でよかった。人類が滅びなくてすむ。


 しかし、久々すぎて意識していなかったが悪魔の王がいつの間にか代替わりしていた。王とは一番強いって意味もあるが、実はそれ以上の影響力がある。


 悪魔の王、面倒くさいから魔王と呼ぶが魔王の強さによって魔界のレベルが上下するのだ。

 どういうことかと言えば、魔界で生まれる魔物や悪魔が魔王の力の一部を引き継ぐというもの。一部と言ってもほんの一%にも満たないようなくらいの魔王の力が付与される感じ。

 魔王になると縄張りのマーキングみたいな感じで自分の魔力を自動的に撒き散らしてしまうらしい。


 魔物や悪魔はその辺の魔力からポッて生まれる。この時構成される身体はその時そこにあった魔力なのだ。その魔力の多くが魔王の魔力なので若干魔王の力を持つ。

――ちなみに人界の魔物は魔素からポッと出てくることもあるけど、大抵は生殖で増える――


 かつての魔界の主人が考えたシステムなんだろうけどよく出来ている。強いやつと戦いたいという意志がよく伝わってくる。


 このシステムのおかげで魔界のレベルがどんどん上がっていくんだよ。人類が滅亡したらどうしてくれる。


 人類なんてかつて魔界を追われたやつの子孫でわりかし苦戦しているというのに。

……まぁ、滅亡しそうになったら少し手助けしてあげるか なんて考えながら家に帰った。

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