先生からの電話
「電話があったの」
ようやく帰宅して一息ついたわたしに、留守番をしていた娘が言った。
「学校に来ていないんだって」
「誰が?」
「おばあちゃん」
「……そう」
彼女の祖母--私の母は多趣味な人で、色々な習い事教室を掛け持ちしていた。
退院したらまた通うと息巻いていた母。少し前まであんなに元気だったのに……
「ちゃんと、お断りしないとね。連絡先は分かる?」
ふと沈みそうになる気を落ち着けて、娘に聞くが、歯切れが悪い。
「聞いたんだけど、おばあちゃんが着いたらまた連絡しますって、切れた」
娘から差し出されたメモ用紙には、電話相手の名前が書き留められていた。
『✕✕小学校 〇〇先生』
「困ったわね」
ついこぼれた私のつぶやきに、娘が同意する。
「あたしもイタズラって思ったんだよ。でも、すごく丁寧な人で」
「ああ、違うの」
✕✕小学校は、わたしと母の卒業した学校。娘が生まれて少しした頃、廃校となった。
〇〇先生は、母の担任教師で、わたしのときは校長先生をされていた。母はよく学校をさぼるやんちゃ少女だったと、笑い話を聞かせてくれた方だった。
--サボりじゃない。寄り道をしたら遅刻しただけで、ちゃんと学校には行ったもの。
--たしかに。先生も、放課後になってから登校する生徒を他に知りません。
堂々とした母と、呆れたように笑う先生を、今でも思い出せる。
今は、もう、ふたりとも天に召されている。
なのに、母はまた寄り道して、そんな母を先生は待ってくれているらしい。
そう教えると、娘も納得したように、目を細めた。
「お祖母ちゃんらしいね」
「本当、困った人よ」
遺影はこれにして、と遺された写真。
元気な母が今も屈託なく笑っている。