終身法務官ビョルン・トゥーリ ~冥婚に対する生者への審問~
短編掲載しました。
ご感想お待ちしております。
それはアラン・グルーバーとレナート・シュナイダーにとって異様な光景であった。
彼らの目の前には一人の花嫁衣裳を着た少女が横たわっている。
胸元は握り締められた両手が置かれており、心臓部には短剣が突き刺さっていた。
誰もが何故その姿をしているのか理解できなかった。
そしてその隣には一人の青年が茫然自失のまま床に蹲っていた。
その両手はしっかりと血で染まっていた。
つまりはこの青年が少女に手を下したのだと誰もが理解した。
「これを見て下さい」
騎士の一人がアランたちに黒い封筒を渡す。
「婚姻届じゃないか」
封の中を見たレナートはその文章と共に二人の名前を確認した。
「シルヴィア・エステファンとゾルグ・ホーダーン。二人の名前か」
アランは少女の姿を見る、
おそらく彼女がシルヴィア・エステファンか。
「彼がゾルグ・ホーダーンか確認しよう」
アランとレナートは青年の側に寄ると彼の名前を聞く。
二人の予想通り、青年はゾルグ・ホーダーンだった。
「君は彼女を刺したのかい?」
「・・・はい」
ゾルグは小さな声で応える。
「理由は?」
「彼女の希望を叶えるためです」
「希望?それは何だね?」
「・・・<冥婚>です」
その聞きなれない言葉にアランとレナートは顔を見合わせた。
法務局に王都の警察機構を兼ねる近衛騎士団からこの事件の報告が伝えられた時、終身法務官であるビョルン・トゥーリは自らこの事件を担当することを望んだ。
ビョルンが興味を持ったのはこの事件の異様な内容であった。
被害者であるシルヴィア・エステファンが恋人であるゾルグ・ホーダーンに対して自らを手にかけることを望んだ。
ゾルグはシルヴィアの望むままに彼女の胸を短剣で刺した。
シルヴィアは花嫁衣裳を着たまま亡くなったのが、彼女が死を望んだ理由と言うのがビョルンがこの事件に興味を持つ要因となった。
<冥婚>
それはビョルンが知ることのない言葉だった。
これまで様々な事件に関わっていた彼にとって初めて聞く言葉であり法務局内の誰も知らざる言葉だったのだ。
そこでビョルンは知人である神官ジュリアン・トランティニャンに<冥婚>に関して尋ねた。
「未婚の恋人のどちらかが亡くなった時、亡くなった人間と生きている人間が結婚する儀式です」
ジュリアンもこの事件の話を聞くと戸惑いを覚えていた。
彼としてはそもそも<冥婚>と言う歴史に埋もれていた儀式を行った事自体が神官である彼には信じられぬ事であった。
彼自身がその言葉を思い出すのに文献を調べなければならないほどの儀式であったのだ。
「シルヴィア嬢はどこで<冥婚>を知ったのでしょうか?」
ビョルンが最初に疑問に思ったのはその言葉だった。
神官であるジュリアンでさえも忘失していたのだ。
十代である少女がどこでその言葉を知ったのか。
「文献そのものは神祇局にしかありません。しかし写しがある場合はシルヴィア嬢の屋敷にあると思います」
「ですが、彼女の屋敷には写しの類はありませんでした」
「では伝聞の可能性も考慮しなければならないです」
ジュリアンは心当たりがあるとすれば王都内の各図書館が有力である。
そこには多くの文献を保存するからだ。
しかし、伝聞の場合は厳しいだろう。
「<冥婚>の話を聞ける場所はありますか?」
「残念ながらありません」
「そうですか」
ジュリアンとの話が終わった後、ビョルンは一つの疑問が浮かんでいた
「シルヴィア嬢はそもそも<冥婚>を知らなかったのではないでしょうか?」
「どうしてですか?」
「<冥婚>に関しての儀式を行うのなら証拠の類は残っているでしょう。考えてみて下さい、<冥婚>さえ行えば良い訳です。隠す必要などないでしょう」
「そうですね。むしろ証拠を残すことで家族や友人たちに訴えることができますしね」
隣にいる補佐官である法務官エヴァ・ハヴィランドが頷く。
「では、今回はシルヴィア嬢が望んだ死ではなかったと言う訳ですね?」
「それはどうだかわかりません。可能性を言っているだけです」
「私が思うにシルヴィア嬢の人となりを知るのも必要かと思います」
そう話すとエヴァはシルヴィアの学園内の評判を話し出す。
エヴァは学園内でのシルヴィアとゾルグの話を関係者に聞き取りをしていた。
「シルヴィア嬢とゾルグ氏は学園内で恋人同士だったことは確認できました。しかし、彼女に関しては良くない話ばかりですね」
「と言うと?」
「シルヴィア嬢は情緒不安定な方だったようです。しかも恋人であるゾルグ氏に暴力をふるっていたと」
「ゾルグ氏は何も抵抗をしなかったのですか?」
「はい」
つまりはゾルグはシルヴィアの支配下に置かれていたのだろうか。
「そうすると学園内で彼女の悪い噂も広まっていますね」
「そうですね。ゾルグ君だけでなく他の生徒にも暴力や暴言を吐いていたそうです」
「他にも?それは誰ですか?」
「マリアンジュ・カルミナティと言う女生徒です」
「シルヴィア嬢とマリアンジュ嬢はどのような関係ですか?乱暴を受けるほどの何かがあったのですか?」
「マリアンジュ嬢がゾルグ君に想いを寄せていたそうです」
「そうなるとシルヴィア嬢が<冥婚>を望む理由がわかりません」
「何故ですか?」
「シルヴィア嬢がゾルグ君を暴力で支配していたのなら、むしろ彼女がゾルグ君を死者に選んだ方が良いと思いませんか?」
「確かにそうですね。彼女が永遠にゾルグ君を支配したいのならマリアンジュ嬢に取られないように彼に手をかける方が自然ですね」
「それにもう一つあります」
ビョルンは続ける。
「そもそもゾルグ君は暴力で支配するシルヴィア嬢の話を聞いて素直に彼女を手にかけますか?」
ビョルンは最初から疑問に思っていた。
それはゾルグ自身が言われるままにシルヴィアに短剣を向けたとして刺すことができるだろうか。
むしろ人を刺す際は普通は躊躇う。
しかしアランたちが調べた際には現場で刺す際にあるはずの躊躇った跡は見当たらなかった。
「通常ではありえません。ですが・・・彼は彼女に脅されたと言っています」
「脅されるほどの何か理由があったのでしょうか?」
「彼は学園では生徒会長で皆に慕われた存在です。その立場を壊したくないと言うのなら理由の一つになります」
「それでも人の命を奪うほどではないと思いますが?」
「確かに・・・」
エヴァは頷く。
「そう、そこなのです。私はなぜ彼女が<冥婚>を望んだのか疑問に思うのです」
「では、彼女は<冥婚>を望んでいなかったとビョルン様はお考えなのですね?」
「そうです。噂に関しても疑いがあります。そもそもシルヴィア嬢の暴力や暴言を目撃した生徒はいますか?」
「目撃したのは生徒会の役員を務める生徒たちと担任のジャン氏です」
「つまりはゾルグ氏の関係者だけですね」
生徒会の役員を務める生徒たちは生徒会長であるゾルグ氏寄りの関係を持つ。
その影響力は他の生徒たちに対して大きいものだろう。
一方、担任のジャン氏はどうか。
彼もゾルグ氏寄りならシルヴィアの悪評はより信憑性を増すだろう。
「担任のジャン氏はどうですか?」
「ジャン氏はシルヴィア嬢に対してゾルグ君への暴力や暴言を止めるよう注意したとのことです」
「・・・ジャン氏は本当にシルヴィア嬢に注意をしたのですかね。彼女の噂が本当なのかどうかも確認したのか。それもどうも怪しいですね」
「私も疑問に思います。教師なら噂の元は知ろうとするはずですが、生徒会の関係者のみと言うのも平等性を欠きますから」
「エヴァ、我々は近衛騎士団の元へ向かいましょう。ゾルグ氏から話を聞きましょう。それとアラン君とレナート君に改めて生徒たちの聞き取りをしてもらって下さい。若い彼らなら生徒たちも話しやすいでしょう」
「わかりました」
ビョルンたちはゾルグの聴取のため近衛騎士団の屯所に足を運んだ。
ゾルグは憔悴したままの姿でビョルンの前に現れた。
「私は法務官のビョルン・トゥーリと申します。ゾルグ・ホーダーン君ですね?」
「・・・はい」
「では、私から聞きたいことがあるので答えて下さい」
ゾルグは素直に頷く。
ビョルンはシルヴィアとの関係性を確認した。
ゾルグはシルヴィアと交際していたことを認めた。
また、シルヴィアから暴力や暴言を受けていたことも話した。
「では、<冥婚>についてはどうですか?」
「シルヴィアが<冥婚>の話をしてくれました。亡くなった恋人と結ばれるために現世を生きる恋人が永遠に結ばれる結婚の儀式だと聞きました」
ゾルグは淡々と応える。
その様子にビョルンは異様に思えてきた。
「君はそれをいつ聞いたんですか?」
「一ヵ月前です」
「その後は彼女の様子はどうでしょうか?」
「いつもと変わらなかったです」
「<冥婚>をあなたに伝えた段階で様子が変わらなかった訳ですね」
「・・・はい」
やはり<冥婚>の言葉にゾルグは何も反応しなかった。
<冥婚>は彼にとって精神に受けた大きな傷である。
しかし<冥婚>に対してこれほど反応がないのは異常でしかなかった。
「最後に確認です。君はシルヴィアを愛していましたか?」
ビョルンはあえて過去形で話す。
その瞬間、ゾルグは顔を上げる。
「愛していますよ、今でも。これからも」
一瞬だがゾルグは反応したのをビョルンは見逃さなかった。
エヴァもである。
「ありがとうございます。では、審問の日程は決まり次第連絡します」
ゾルグが部屋を出た後、ビョルンはエヴァに向き合う。
「見ましたか?」
「はい。彼はシルヴィア嬢の愛を告白した時、一瞬だけ笑みを浮かべました」
そう、ゾルグは無意識に笑みを浮かべた。
本人も気付かないうちに。
「ゾルグ氏は<冥婚>を知らないと隠そうと考えていましたが、シルヴィア嬢に対してはその想いは隠し切れなかった」
「暴力や暴言を受けていた人間が<今でも愛している。これからも愛する>と言うほどに彼は彼女に囚われています」
「つまりはシルヴィア嬢に対する異様な想いがあったと考えるべきでしょう。そうすると彼女の噂は彼が流した可能性が高まりました」
「ビョルン様、すぐに学園に向かいましょう」
ビョルンたちは放課後も近いこともあり急ぎ学園へ向かった。
その後ろにはアランとレナートも同行している。
彼らには生徒たちの聴取を依頼し、ビョルンとエヴァがジャンの元へ向かう。
聴取を受けたジャンは改めてシルヴィアがゾルグに暴力や暴言を行ったことを証言した。
「では、その姿を目撃した者はいますか?」
「私は見ておりませんが、生徒たちの間ではそのような話が出ております」
「あなたはシルヴィア嬢に対して確認したのですか?」
「私は本人に確認し注意をしました」
「本人は認めたのですか?」
「はい」
ジャンは応えるがその様子にビョルンは疑問を感じた。
ジャンは一瞬だがビョルンに視線を逸らしたのだ。
人と言うのは隠したい事や言いたくはない事があれば自然と視線を外してしまうものである。
どうやらゾルグよりも意志が弱いようにビョルンは思った。
ジャンにシルヴィアに直接確認したのか尋ねた際に視線を外したのをビョルンは見逃さなかった。
「そう言えば、一人の女生徒が学園に来ていませんね?」
「マリアンジュ嬢のことですか?」
「はい。彼女は最初はシルヴィア嬢とは仲が良かったようですね」
「ですが、シルヴィア嬢がゾルグ君への暴力や暴言を注意して以降、逆に怒りを買ったそうで心に傷を負って実家に戻っております」
「そうなのですか。ですが、彼女にも学園内で噂があったと聞いております」
「その通りです。マリアンジュ嬢がゾルグ君に想いを寄せていたため怒りを買ったと聞いております」
「これに関しては目撃者は多々いたようですね。しかし不思議なのですよ」
「と言いますと?」
「シルヴィア嬢からマリアンジュ嬢への嫌がらせが始まったのは、シルヴィア嬢がゾルグ君への暴力や暴言を行った話が出てから一ヵ月を過ぎた頃からです」
「何がおかしいのでしょうか?」
ジャンが疑問を呈す。
「もしマリアンジュ嬢がゾルグ君の話を聞いたのならすぐに止めに入るものです。しかし一ヵ月もの間、マリアンジュ嬢はそれを放置していた」
「私にはそこまでのことは・・・」
ジャンの動揺が見え出したのをビョルンは知る。
「私はこう思うのです。逆にマリアンジュ嬢はシルヴィア嬢に話をしないように言われていたのではないかと」
また、ジャンがビョルンに一瞬だけ視線を逸らす。
動揺が隠し切れないようだった。
「・・・そのようなことがあるとは私は思えないのですが・・・」
「ですが、一か月後にマリアンジュ嬢は実家に戻っている。空白期間が長いとは考えられませんか?」
「・・・そこまでとは思っていないものですから」
ジャンはそれ以上、応えることができなくなったしまった。
同じ頃、アランたちは学園内にいる生徒たちに話を聞いていた。
ビョルンの推測通り彼らは噂を又聞きしていただけであり誰もが本人から確認をしていなかった。
アランたちは噂の出所を確認する。
「君たちはそのままその話を鵜呑みにしたのか?」
アランが彼らに尋ねる。
「それがいけないんですか?」
「当たり前だ。その話が嘘だったらどうするんだ?」
アランの言葉に生徒たちは互いに顔を見合わせる。
「そんなこと言われてもね・・・」
「そうですよ。だって、シルヴィアが悪いんだもの」
「だが、シルヴィア嬢が何かしたところを目撃はしていないんだろ?」
「そうですよ。でも、生徒会の全員が目撃したって言うし」
生徒たちが戸惑いながらも応える。
その違和感にレナートは彼らに聞き返す。
「もしかして君たちにシルヴィア嬢の話をしたのは生徒会の全員なのか?」
生徒たちは一様に頷く。
その後もシルヴィアの悪評や悪戯に関してはすべてゾルグ本人や生徒会の役員たちから聞いたと答えた。
アランとレナートは呆れてしまった。
学園で権力がある生徒会の全員、被害者であるゾルグがシルヴィアの噂を流していたのだ。
そればかりか、マリアンジュの噂も流したのも彼らだった。
「・・・もしかしてその噂は嘘だったですか?」
生徒たちの一人が焦るようにアランたちに尋ねる。
「そう思うのはどうしてかな?」
レナートが尋ねる。
「それは・・・」
「シルヴィアもマリアンジュも最初は違うって言っていたけど・・・生徒会の皆が見たって言うし・・・」
生徒たちは気まずい表情を個々に浮かべている。
「君たちは彼女たちを追いこんだ自覚はあるんだ」
「だって、ゾルグ君たちやジャン先生が言うことは本当だって思うじゃない!!」
「待て、君たちの担任も噂を流していたのか?」
アランが生徒たちを見回す。
彼らは頷くのみだった。
「おいおい、教鞭を司る者が何しているんだ・・・」
レナートは呆れるばかりだった。
アランたちから生徒たちの証言を聞いたビョルンはゾルグとジャンの関係性を知る必要があると考えた。
アランとレナートはゾルグとジャンの関係性を調べてきたのだがその結果はビョルンの推測通りだった。
ビョルンはゾルグの屋敷へ向かった。
それは<冥婚>の儀式が示された文献がある可能性があった。
しかし、文献は見当たらなかった。
「我々が来るまでに生徒会の生徒が一人ここに来ていました」
アランがビョルンに報告する。
「そうなると<冥婚>の文献はここにはありませんね」
「追いますか?」
「無理でしょう。すでに文献は燃やされているでしょうし」
「ですが、手掛かりは必要です」
「そうです。そこでアラン君とレナート君に頼みたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「シルヴィア嬢が着ていた花嫁衣裳をジャン氏か生徒会の誰かが購入している可能性があります。それを探し出してもらえますか?」
「わかりました」
翌日の午前になり、アランたちが花嫁衣裳の入手経路を探し出した。
購入したその人物の名にビョルンは驚く。
「マリアンジュ嬢ですか・・・」
「はい」
「しかも噂が出始めた時期にシルヴィア嬢と一緒に来ております」
「まさか二人一緒にとは思いませんでした」
エヴァも信じられない表情を浮かべていた。
ビョルンはその話を聞きながらシルヴィア嬢とマリアンジュ嬢の二人の関係性を考え込む。
そして、二人の戸籍や家族の聴取記録を読む。
「・・・そういうことですか」
「ビョルン様?」
「アラン君とレナート君、すぐに別の衣装店で確認してほしいことがあります。二人の名前で男性用の礼装を購入していたかどうかを」
「男性用の礼装ですか?」
「そうです。もし二人が購入していればこの事件は我々の思いもしないことになるかもしれません」
アランたちは別の衣装店に調べに向かった。
その間にビョルンはエヴァに自らの推測を語る。
「マリアンジュ嬢は<冥婚>の話を知っています」
「彼女がですか?」
「そうです。そして彼女はシルヴィア嬢に話したのでしょう。しかし。その話を聞いていた者がいたとすれば?」
「・・・ゾルグ君ですね?」
「そうです。彼はその話を聞いた上で我々第三者から見て嫌悪感しか抱かない邪な考えが浮かんだのでしょう」
「では、ゾルグ君自身が<冥婚>を実行したと?」
「はい。そして彼は二人が衣装を用意しているのを知った」
「ですが、二人は<冥婚>を実行するとは思えないです」
「ええ。彼女たちは思春期の少女ならではの考えで<冥婚>を行おうとした。甘美で夢想な夢を実際味わいたいために」
おそらく二人は<冥婚>と言う神秘的かつ夢幻的な儀式に心を奪われてしまった。
だが、あくまで<冥婚>の形を取りながら二人の世界を作ろうとした。
ただそれだけだったのだろう。
「だが、ゾルグ君は嫉妬をした。そもそも本当にゾルグ君とシルヴィア嬢は付き合っていたのかさえ疑問ですがね」
「では、ゾルグ君はシルヴィア嬢に付きまとっていたのですね」
「そうなりますね」
「そのために二人の悪い噂を流した」
「そればかりか自分たちが付き合っているという噂さえも」
午後に入る頃、アランたちが戻って来た。
「ビョルン様の推測通りでした。二人は男性用の礼服を購入しておりました」
「その礼服を現場で着ていたのはゾルグ君と言うことになりますね」
「ですが、男女では体格が合いません」
エヴァが疑問を提示する。
「彼はその衣裳店に向かい作り直しを要求したのでしょう」
ビョルンの内容にアランが頷く。
「店主に聴取しましたところ、ゾルグ氏は二人が去った後に店主に賄賂を渡して型番を変更させたとのことです」
「となれば引き取りの試着でその事実は判明しますね」
「はい。ですので二人は急いでその場から離れたそうです」
「見張られているのはわかりますものね」
エヴァが納得する。
「身の危険を感じたとすればマリアンジュ嬢が実家に戻ったのは当然のことだと思います」
「しかし、シルヴィア嬢はなぜ王都に残ったのですか?」
「ゾルグ君と対峙するためです」
そこにはゾルグの異常な偏愛を知ったシルヴィアの苦しみが垣間見えたようであった。
「学園で悪い噂を流され友人でさえも傷つけられた。同級生や教師、周囲には味方はいない。唯一の友人も傷ついている。そうなれば一人で戦うしかないのです。ですが、それがゾルグ君にとって一番待ち浴びていた至福の時だった」
「狂ってますね」
レナートは首を横に振る。
「ゾルグ君の証言はすべて見直しですね」
「ですが、彼はシルヴィア嬢を殺害したことは認めています」
「そうです。ですので彼は我々の審問が終わるよう<冥婚>を成功させるためにはどんな手段でも使うと思います」
「まさか・・・」
エヴァが絶句する。
「エヴァ、アラン君たちを連れて急ぎマリアンジュ嬢に会って下さい。ゾルグ君は口封じに動く可能性があります。ジャンや生徒会所属の生徒たちには監視が必要です。その誰かが実家に戻ったマリアンジュ嬢を狙うはずです」
「わかりました」
エヴァたちは急ぎマリアンジュへ会いに王都を出る。
ビョルンも近衛騎士団にも協力を求めてジャンや生徒会所属の生徒たちの監視を願い出た。
ビョルンはこう考えていた。
今回はシルヴィアがゾルグと<冥婚>を望んだと言うのは事実ではない。
すべてはゾルグがシルヴィアを自ら望んで殺害した。
ただ、もう少しの確証が必要だった。
そのためにもマリアンジュと話をしなければならない。
すでにエヴァはビョルンの推測を理解している。
「あとは証拠ですね」
ビョルンはシルヴィアの遺品が保管されている部屋へ移動する。
机に遺品を並べる。
白色の花嫁衣裳は心臓部だけ短剣で開けられた刺創がある。
抵抗の後はない。
ただ、何か違和感をビョルンは感じていた。
それが何かはぼやけていてはっきりしない。
「しかしあれですね・・・胸の前に両手を交差させたのならなぜ血痕が少ないのでしょうか」
おそらくゾルグがシルヴィアが亡くなった後に両手を動かしたのだろう。
いや果たしてそうなのか?
ビョルンは花嫁衣裳を調べ出す。
そして、ある個所にすべてを見出した
「・・・これです、私が感じていた違和感は」
ビョルンはゾルグの異常な愛を改めて実感した。
近衛騎士団から監視対象に動きがあったと報告があったのはその日の夜だった。
生徒会役員の一人が姿を消していたのだ。
その人物はゾルグの屋敷を訪れたものだった。
騎士たちが屋敷の者に確認するとマリアンジュのいる街に出かけたと言う。
近衛騎士団からは身柄の確保のため小隊が急ぎ派遣された。
エヴァたちはマリアンジュの屋敷に着いたのは夕方であった。
彼らをマリアンジュの執事が対応した。
「今日はお客様が多いですね」
「どういうことですか?」
聞けば、昼に学園の生徒会役員の一人が一度マリアンジュの屋敷を訪れていたが彼女は先程まで話をしていたと言う。
「その生徒は何か持ってきておりませんか?」
「確か帰り際にお土産にお菓子をと渡されました」
「それは今どこにありますか!?」
「今からマリアンジュ様が食す予定ですが・・・」
執事のその言葉にエヴァたちはそのお菓子に毒が混入されていると気付く。
「どうされたのですか!?」
「それには毒が入っている可能性があります!!」
エヴァが叫ぶと同時にアランとレナートは走り出す。
「部屋は?」
「二階の奥です!!」
アランたちはマリアンジュの部屋に突入する。
中に入ってきた騎士たちの姿にお菓子を持つマリアンジュの手が止まる。
「食べてはいけない!!」
アランはマリアンジュの手からお菓子を取り上げる。
「これはどういうことですか?」
「それには毒が入っています」
戸惑うマリアンジュにエヴァが応える。
「間に合って良かったです」
エヴァたちが一息つく。
「・・・そんな・・・そこまでして私たちを苦しめたいの・・・」
マリアンジュは涙を流し出す。
「マリアンジュ殿、我々はあなたを守るためにここに来ました。安心して下さい」
レナートはマリアンジュを落ち着かせようとする。
「助けてくれるのですか?」
「そうです。我々はゾルグを審問するためにあなたの元へ来ました。あなたとシルヴィア様との関係など聞かせて下さい」
「私を信じてくれるのですね?」
「はい。私たちだけではありません。終身法務官ビョルン・トゥーリもあなたを助けます」
エヴァの言葉が救いとなり、マリアンジュはエヴァにすべてを話し出した。
・シルヴィアとの関係
・ゾルグの異様な性格。
・そして、シルヴィアとの約束を…。
すべてを話す頃、近衛騎士団の一隊が屋敷に到着した。
すぐさま各宿屋を捜索し、毒を持ち込んだ生徒会役員を拘束した。
その報告は走り馬としてビョルンにもたらされた。
「では、彼らが戻り次第、ゾルグを審問します。」
審問の日が来た。
その日は大雨のため天候が荒れていた。
近衛騎士団の屯所には関係者全員が集められていた。
窓には強い雨と強風がぶつかっている。
ジャンや生徒会の役員たちはその場にいるだけで苛立ちや焦りのある態度を示していた。
一方でゾルグ自身は相変わらず顔を下に向けたままでいた。
「まずあなたに審問をする前にジャン先生、あなたに確認したいことがあります」
「なんでしょうか?」
「あなたは故意にシルヴィア嬢の噂を流しましたね」
「な、何を言うのですか」
ジャンが叫び出す。
「生徒たちにシルヴィア嬢の噂の所在を確認しました。するとどうでしょう、あなたやそこにいる生徒会の役員の方々が話の発端だと確認できましたよ」
「それは・・・」
ジャンだけでなく後ろにいる生徒会の役員たちも動揺をする。
「私たちは聴取の専門ですよ。噂がどこから出たのか調べるのは簡単です」
「しかもあなたとゾルグ氏との関係も調べました」
エヴァが報告書をジャンに見える。
「ジャン先生、あなたはゾルグ氏から支援を受けていますね。それもありえないほどのお金が動いています」
ジャンが動揺のあまり周りを見回す。
「生徒会の役員の方々も同じようですね」
誰もが言葉を飲み込む。
その態度は彼らは事実だと認めたも同然だった。
「そして皆さんはシルヴィア嬢とマリアンジュ嬢の噂を流した」
「わ、私たちはただゾルグ君に頼まれたのです!!」
「ジャン先生も同じですね?」
「・・・そうです」
もはやどうにもならないと悟ったのだろう、ジャンも事実を認める。
ビョルンはゾルグの近くに歩み寄る。
「では、なぜゾルグ君はシルヴィア嬢の噂を流すように仕組んだのでしょうか?」
ビョルンは俯いたまま表情を見せないゾルグに視線を移す。
「あなたはシルヴィア嬢に一方的な想いを寄せていましたね」
ジャンや生徒会の役員たちの誰もがその言葉に驚きを隠せない。
「でも、シルヴィア嬢は想いを受け入れることはなかった」
「僕が告白したって証拠はあるの?」
「はい。親友であるマリアンジュ嬢が彼女から話を聞いています」
「でも、それは証拠にならないと思うけど?」
「残念ですが、マリアンジュ嬢は生きていますよ」
ビョルンが話すと奥からレナートが拘束した生徒会の一人を連れてくる。
それでもゾルグは顔を上げない。
「彼があなたに頼まれてマリアンジュ嬢を殺そうとしたのを認めています」
「それで?」
ゾルグはふてぶてしい態度を取る。
「あなたはシルヴィア嬢に付きまとっていた。しかし彼女の側にはいつもマリアンジュ嬢がいた。あなたはそれが許せなかった。そんな時、あなたは二人の会話で<冥婚>と言う儀式を知った」
「なんだ、そこまでわかっていたのか」
ゾルグはようやく顔を上げた。
そこには卑しい笑みを浮かべた彼の本当の姿があった。
その笑みにジャンや生徒会の役員たちは小さな悲鳴を上げる。
「あなたはシルヴィア嬢やマリアンジュ嬢の噂を流して二人を引き離した。しかも二人が<冥婚>の儀式を仮初で行おうとしていたのも許せなかった。それは自分の想いを踏み躙ったと思ったのでしょうね。だからあなたは衣裳店にお金を掴ませて自らの型番に直させた」
「そうだよ。それが何が悪いの?」
ゾルグの態度がより卑屈になる。
「あなた、自分が何をしたのかわかっているの!?」
エヴァが怒りを露わにする。
「僕が何をしようと君たちには関係ないさ。僕はシルヴィアとの愛を求めただけだよ」
ゾルグは立ち上がるとビョルンに尋ねる。
「僕は確かにシルヴィアを刺した。でも僕は彼女に頼まれて刺した。僕は殺意を持って彼女を殺してはないんだ。だからね、僕が殺意を持って刺した証拠はあるの?」
ゾルグが両手を広げて自らの行為を正当化しようとする。
「ありますよ」
ビョルンの返信にゾルグの動きが止まる。
「あなたは彼女を殺害した。それは彼女との永遠の愛を欲するあまりに」
ビョルンは続ける。
「冥婚とは生者と死者が婚姻する儀式です。この意味合いを考えた際、私はある推測が浮かびました。もしこの婚姻が相手が死んでこそ永遠の愛を誓えるものだとしたら」
誰もがゾルグに視線を向ける。
彼は何も言わない。ただただ笑みを浮かべている。
「あなたは彼女の愛を独り占めするため、ジャン氏や生徒会の役員たちを使って二人の嘘を繕った。あなたは自分の立場を理解していた。学園で生徒会長であるあなたが嘘をつこうが皆があなたのことを信じるでしょう。皆があなたのことを清廉潔白と認めている限り、彼女がどう足掻いてもあなたが話すことが真実になるのですから」
ビョルンは封筒を取り出す。
「ですが、あなたは彼女と結ばれることは永遠にありません」
その言葉にゾルグが顔を上げる。
「何を驚いているのですか?」
「嘘だ・・・僕と彼女は婚姻を認められたはずだ・・・」
ゾルグの体が震え出す。
「なぜそう言い切れるのですか?彼女はあなたの知らないところで婚姻を拒絶していますよ」
「違う!!」
ゾルグがビョルンに掴み掛ろうとするが、アランとレナートがすぐに拘束する。
「証拠はあるのか!!」
「ありますよ、私の手元に」
叫び声を上げ続けるゾルグにビョルンは封筒の中身を取り出す。
「これは婚姻不受理届です。筆跡鑑定も終えています。これはすでに神祇局に提出されています」
「そんなの無効だ!!」
「無効ではありません。あなたが<冥婚>を行う前に提出されていました。確認が遅れたのは王都ではなく隣町の神祇局支部で手続きをしたためです。これを出したのは誰だと思いますか?」
その言葉にゾルグは動きを止める。
「・・・まさか、マリアンジュなのか?」
「そうです。シルヴィア嬢はあなたに殺されることを覚悟していました。ですが彼女はあなたに抵抗する術を考えた。それが婚姻不受理届だったのです」
「・・・そんな嘘だ、シルヴィアがそんな・・・」
ゾルグが何度も首を振り続ける。
口からは涎が流れ出す。
「ですのでこの<冥婚>はあなたが仕組んだ偽装だと確認できたのです」
ビョルンは婚姻不受理届を封に戻す。
「では、どうやってあなたが殺意を持ってシルヴィア殿を殺害したのか。これもシルヴィア殿のおかげで証拠を見つけることができました」
ビョルンはエヴァに合図をする。
エヴァはシルヴィアが着ていた花嫁衣裳を用意する。
胸元にはまだ血の跡が残っている。
「これはシルヴィア殿が亡くなった際に着ていた花嫁衣裳です」
「これが何なの?」
「これはあなたが彼女に着せたものですね」
「何を今更。買ったのはシルヴィアだと知っているんでしょ?」
「そうです。しかしシルヴィア殿にとってはこれは忌まわしきものであったのです」
ビョルンは手袋をつけると花嫁衣裳のグローブを手にする。
「人と言うのは面白いもので足跡や手形などそれぞれの個性が出るものです」
「それがどうしたの?」
「では、この花嫁衣装に何かしらの痕跡があるとすればあなたはどうしますか?」
「・・・痕跡・・・」
「あなたはシルヴィア殿を殺害した後に彼女に花嫁衣裳を着せた」
「・・・それは憶測・・・」
「あなたはある失敗を犯しました。それがこの花嫁衣裳用の手袋です」
ゾルグの否定を遮り、ビョルンはゆっくりと手袋を反対に捲る。
「そんな・・・」
ゾルグは目を見張る。
ビョルンが捲った手袋の裏側から血で覆われた指紋が出てきた。
「あなたは自分の手が血で塗れることを知っていた。そのため別の手袋を用意してシルヴィア殿に花嫁衣裳を着せた。だが、手袋を着ける際に不手際が生じた。あなたはすでに花嫁衣裳を着せたつもりでいた。だが、彼女の手元に手袋はないことに気付いたあなたは急ぎで手袋を着けた」
「それは・・・」
「その時、あなたは知らなかった。彼女は花嫁衣裳用の手袋を用意していなかったのを」
ビョルンはさらに続ける。
「あなたは焦った。なぜないのか?それは彼女の花嫁衣裳を確認するのを怠ったからです。あなたは花嫁衣裳の大きさがシルヴィア嬢の体格のままだと知っていたので収納された箱の中身まで確認しなかった。結果としてあなたは急いで手袋を用意しなければならなかった」
「・・・だって用意していないなんてそんなの思わないだろ!」
ゾルグがビョルンの前に出ようとするがアランたちにさらに引き留められる。
「だから、あたなは自分がはめていた手袋を脱いでそのままシルヴィア嬢にはめさせた。その時、内側に指紋がついたことに気付かなかったのです」
「違う・・・」
「違いませんよ。この後、あなたの手のひらから手形を取ってこれと合わせればすべて明らかになります」
ビョルンはエヴァにシルヴィアの手袋を返す
「・・・おかしいんだよ。なんで手袋を用意してなかったんだよ・・・指輪を交わせないじゃないか・・・」
ゾルグは膝から崩れ落ちた。
「ジャン先生、生徒会の役員の皆さんは偽証罪を含め刑罰に処します」
エヴァが彼らに告げると騎士たちが拘束する。
「違う!悪いのはシルヴィア嬢だ!」
「ゾルグ君のせいだよ!」
「私はただ学園のために!」
口々に言い訳を言いながら彼らは騎士たちに外へ連れ出された。
「さて、ではどうしてシルヴィア嬢が手袋を用意しなかったのか、あなたは知りたいでしょうね」
「・・・ああ」
「それは簡単です。手袋はマリアンジュ嬢が用意することになっていましたから」
ゾルグがその話を聞き顔を上げる。
「・・・どうして、どうして?」
「それは手袋を婚姻の指輪代わりにする予定だったのです」
「・・・そんなの婚姻じゃない」
「それはあなたの考えです。押し付けです。それにあなたはシルヴィア嬢に対して異様な愛に囚われてしまった。そのため<冥婚>と言う儀式を使って永遠の愛を得ようとした。シルヴィア嬢の気持ちを知らずに」
「・・・どうして僕を受け入れてくれないんだよ・・・なんで、なんでよ・・・」
ゾルグがビョルンに縋るように訴えかける。
「まだ気付かないのか?」
「えっ?」
ビョルンの言葉遣いが変わった。
それにゾルグは驚く中、ビョルンはゆっくりと歩み寄ると両手で彼の顔を無理やり押さえ込む。
強制的に視線を向けられたゾルグはここで初めてビョルンの怒りを買ったことを知る。
「よく聞け。俺はお前にそれを教えるつもりはない」
「・・・教えて下さい。僕は彼女を愛している・・・」
ゾルグが涙を流し懇願する。
「いや、教えない。永遠に考え続けろ」
「嫌だ・・・嫌だよ・・・」
「お前はシルヴィア嬢を殺意を持って殺した」
「そうだよ・・・認めるよ・・・」
「それでもお前は気付かなかった。シルヴィア嬢の想い人が誰かを」
「・・・いたの?」
ゾルグは本当に受け止めることができないのか呆然とする。
「そうだ。それが誰かだけ教えてやる」
ビョルンはゾルグの耳元で囁いた。
「マリアンジュ嬢だ」
ビョルンはゾルグから離れると彼はその言葉を聞き呆然となった。
話すことさえできず呼吸が出来なくなってゆくとその場で嘔吐し苦しみだした。
その行動にアランたちがこれ以上の審問は難しいと判断し、他の騎士に命じて彼をそのまま外へ連れ出した。
その場に残されたのはビョルンとエヴァ、アランとレナートだけだった。
「彼はどうなりますか?」
レナートがビョルンに尋ねる。
「彼の精神は崩壊しています。もはや何も言っても無駄でしょう」
そのようにしたのが自分であるとビョルンは自覚している。
「治癒院への重度患者として外に出れないかと」
「しかしシルヴィア嬢が浮かばれません。あのような男のために命を奪われるとは」
アランが悔しさを滲ませる。
「我々はできることを行いました。今後はこのような事件が起きないよう努力しましょう」
ビョルンの言葉に誰もが頷く。
「ビョルン様、ゾルグに教えなかった事項ですがどのようなものなのですか?」
エヴァが尋ねる。
「それは彼に教えていますよ」
その言葉にエヴァたちが顔を見合わせる。
「シルヴィア嬢がマリアンジュ嬢の想い人だと言うことです」
「では、それ以外に秘密はないと?」
「そうです。しかしゾルグは永遠に考え続けるでしょうね。シルヴィア嬢が自分に隠していた秘密はなんだったのかを」
「わざとですね。それでゾルグは実際に秘密のない秘密を考えながら罪の意識を認識させるために話した訳ですか」
「そうです。そうしなければシルヴィア嬢とマリアンジュ嬢の想いが踏みにじられたままになりますので」
ビョルンの考えにエヴァたちが納得した。
その後、ゾルグは精神が崩壊したまま治癒院の重度患者用の病棟に送られた。
彼はただただビョルンが話さなかったシルヴィア嬢の秘密を考えながら三年後に病死した。
ゾルグの協力者であった生徒会の役員たちは全員が各属州にある矯正施設に送られた。
しかし家族から勘当された彼らは今後は一人で生きてゆくことしかできずその寂しさに苦しむことになる。
ジャンは教師の免許を剥奪後、属州にある刑務所に服役した。
こちらも出所後に貧困に苦しみながらやがてユリウス王国から姿を消した。
その後、神祇局からジュリアンがビョルンの元に訪れた
「ビョルン様、我々はどうすればよいでしょうか?」
それはシルヴィア嬢の<冥婚>のことだった。
マリアンジュ嬢が神祇局にシルヴィア嬢との婚姻を望んだのだ。
「各家族はどう思われていますか?」
「シルヴィア嬢の家族は認めております。しかしマリアンジュ嬢の家族は反対でして」
「では、これは今後の課題と言うことでしばらく保留としましょう。その間に法律的な観点から<冥婚>を認めるかどうか貴族院に申請するのはいかがですか?」
「マリアンジュ嬢は納得するでしょうか?」
「おそらく彼女も<冥婚>がなかなか認められないと考えているでしょう。ですので<冥婚>に関して審議すると伝えて下さい。私の名前を出しても構いませんので」
「わかりました」
ジュリアンが去った後、ビョルンたちは夕食のためダイナーで食事を取った。
その食事の途中でエヴァがビョルンに尋ねる。
「もし私がビョルン様に<冥婚>を願い出れば受け取ってもらえるのでしょうか?」
エヴァの言葉にビョルンは彼女を見る。
「例えばの話ですよ?」
ビョルンにみつめられて恥ずかしがるエヴァに彼はこう応える。
「<冥婚>なんてさせませんよ。きちんと生きているうちに婚姻しますから」
「本当ですか?」
「はい。なぜ生きているのに<冥婚>をするのかわからないです」
「生きているのにって・・・その言い方おかしくないですか?」
エヴァが不機嫌になったのを知ったビョルンが取り繕おうとする。
「言葉の綾です。ちゃんと生きてるから婚姻すると言う意味ですからね」
「はいはい」
その言い方にも納得できないエヴァがワインを飲み干す。
その行為に彼女の怒りの導線に触れたのを知ったさらにビョルンは焦る。
「ちょっと飲みすぎですよ」
「だったら最後まで付き合って下さいね。ったく・・・」
相変わらず鈍いビョルンにワインを注ぐと自分のグラスにも注いでまた一気に飲み干した。
「ほら、ビョルン様も飲んで下さいよ」
「あ、そうだね」
ビョルンは頭を搔きながらワインを飲むと小さな声で呟いた。
「・・・心配しなくても責任は取りますから」