45話 私の告白
「好き。たまらなく好き」
運転中の彼に言った。
「嬉しいね」
あっさりと私の言葉を返す彼くんは私の好きを受け入れてくれた。
「どうしてこんな私のことなんて好きなのか、わからないくらい好き」
…うん、間違いなく好きだ。
「優しいし、賢いし、かっこいいし、私のためならできることはなんでもやってくれるし、私のことを受け止めてくれる」
「そこまで言われると、嬉しいを通り越して照れるね」
「…え?」
「ん?」
「私、今の声に出てた?」
「がっつり出てたね」
「っ~~~!!」
恥ずかしくって声にならない声を上げた。
両手で顔をすっぽり隠す。
あ…あぁ!油断した!!
「ちくしょう…」
前方からくすっと彼くんの笑う音が聞こえた。
「面白いね小田さん」
「…」
あえて聞いてないふりをして無視した。
久しぶりに、それ言われたなぁ。
「…私ね」
「ん?」
「あなたのことが好きだから、捨てられるよ」
私はゆっくりと息を吐いてから、体の向きを彼くんの方に向けて続けて言った。
「なんでも、やってあげる」
「そう…なんでも?」
「うん。津彼さんのためになって私を好きでいてくれるなら、なんでも」
「…そっか」
彼は優しく言った。
「じゃあ、後でなんでも言うこと聞いてもらおうかな」
それからは静かになって、道は進む。
私たちは、かなり遠くまで来た。
いったいこの車で、どこに行くのだろうか?
…潮の匂いがする。
「着いたよ」
そう言われてゆっくり起き上がって車の窓の外を見た。
「海だ」
昼間の海だ。
今の時期はまだ海開きにははやいのか、見える範囲には人がいなかった。
車は駐車場に止められていて、ほかの車が3台程度止まっているだけで人影はない。
車の後部座席のドアが彼の手によって開けられる。
「…」
彼くんの顔を見ることできないまま、私は車の外に足を出して座る。
海を近くで見たくなった私は車から降りようとしたがやめた。
「くつ、はいてないよ私」
「そうだね。だから、こうする」
「ぎゃっ」
私は、再びお姫様抱っこをされた。
抱っこされることに慣れることはなく、何度されても恥ずかしい。
彼くんは器用に私を抱っこしたまま車の鍵をかけた。
そのまま砂浜へと歩き出す。
「…恥ずかしいけど」
「砂浜の上だから自分で歩いてもらおうと思ったけど、意外と大きな石があって危ないからね。波打ち際まで連れて行くよ」
「…ん」
恥ずかしくて、顔が見れない私は進行方向である海のほうを見ていた。
今日はいい天気だ。晴天という言葉がふさわしいほどの天気。
「ほら」
私はようやく解放されて、砂浜の上に立つ。
「あ、やっぱりさ」
津彼さんが思いついたように言った。
「やっぱり?」
「さっき、なんでもできるって言ったよね。小田さんをまた抱っこして海に放り投げてもいいかな?」
「それはひどいよ」
「でも、僕はそれくらいしないと気分が晴れないよ。空はすごく晴れているけどね」
「う……じゃあ」
なんて意地悪な提案なんだ…。でも逆らう気はなかった。
私は観念して渋々体操座りで座った。
「どうぞ…」
と言うと津彼さんは微笑んで、私を持ち上げることなく私の隣に座った。
「僕が出ていった理由、わかるかい?」
「…ん」
いきなり本題に入ってきた。
「答えないと」
彼くんはポケットから車の鍵を見せびらかして
「僕一人で帰っちゃおうかなぁ」
「…おどすのはずるいよ」
彼くんはまた滅多にしない表情をした。
影がある笑顔。
「冗談だよ、君を置いて行くわけないじゃないか。でも、そんな暗い顔して黙ってる小田さんなら置いていっても帰ってもいいかなって、思っちゃう時があるんだ」
車の鍵をポケットにしまった。
「本当に、置いていくと思う?」
「…全然思わないよ」
…私でもわかる。これは会話の駆け引きをしていて私から何かを聞き出そうとしている。
いや…聞きたいのか。私の口から発せられる大切なことを。
私が目の前の男性を好きなこと、一番大切なことは先ほど伝えたつもりだ。
あるとしたら、私がもう1つ大切なこと、大切な隠し事のことだ。
「…僕はね、信頼されたいんだ。小田さんの口から聞きたい」
大きく波が揺れて私たちの足元近くまで波がきた。
もう少しで私たちの足が濡れるところだった。
「…」
私は黙ってしまった。
そんな私を見かねて、彼くんは話し出す。
「でももう少し僕から話そうか」
「今日、小田さんは僕のために好きなものを捨てようとした。選ばれたのは、君の絵の芸術ではなく僕だった」
「そのことが辛かったんだ。だって小田さんはその…BLとやらを捨てたら、それは君じゃなくなるから。そして僕の好きな小田さんじゃなくなるから。僕は今までの君が好きだ、今の捨てようとする君は嫌いだ」
「…」
「小田さんが僕に嫌われたくなくて隠そうとしたことはずっと知ってる。探ろうとしたこともある。でもやめた。小田さんがすべてを話してくれると信じていたから」
「でも君は話さなかった。そのことで時間が経つたび、僕から離れていくようで遠くの世界にいるようで、一緒に過ごして暮らしているはずなのに見ている世界が違った気がして…そんな中、君の秘密を知ってしまって…」
「裏切られたような気持ちになったんだ。君は、僕を題材にしてBLを描くほど好きなんだ。どっちのほうが好きかなんてはどうでもいい。張り合うつもりはない。だけど知りたかったんだ…」
「小田さんの口から知りたかった。私はこれが好きなんだって。それは君の中の大切な『好きなモノ』の一部だから、君の一部だから知りたかったんだ」
「望んだ形で知りたかった。だから僕は、ずっと待ってた。今も、待ってる」
それは、この瞬間も…きっと。
「言ってほしい。僕は小田さんのすべてを理解したい。それが僕が初めて見つけた『好きなモノ』だから、知りたいんだ」
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彼くんは、心の内を包み隠さず言ってくれた。
そして、それは気遣いだということが伝わってくる。
これから、私が打ち明けやすいように、話の道を作ってくれたのだ。
「…本当に言ってもいい?」
「いいよ」
「引かない?」
「引くかもしれないね。でも言ってほしいな」
「…ありがとう」
私、よかった。
好きな人がこんなにいい人で。
これから私は自分の心を打ち明ける。
嫌われたとしても、構わない。
立ち向かうんだ、自分の弱さと――。
はっきりと私は声に出して言った。
「…私さ、ど変態なんだ」
くすっと彼くんは笑う。
「知ってるよ」
「いい男が好きで、色んな顔や表情が見たくて絵で表現して…それがBLとなって喜んでる女」
私は立ち上がった。
「私は…私は……」
震える声で、はっきりと――
「私は、津彼さんを題材にBLを描いてました!だって…どっちも好きだから!」
「かっこいいから!顔が!態度も!!こんな私にも優しいし、怒らないし!絵に描いた理想の人だったから!」
「だからどんどん絵にしちゃって…それがうまくいきすぎて、また描いて…でも描いているうちに、続かないと思ってた関係が続いて、だんだん別れたくないって怖くなって…また描いて…言えなくなって……」
「それでも…それでも……私はどっちも好きだから!彼くんも絵も!!どっちも捨てられないの!!」
今までの人生で一番声を張り上げた。
「そんなどうしようもない絵描きのオタクで!!18禁のエッチなゲーム作ってて!!ショタものと百合ものとBLもイケる私でもいいですか!!!」
私の魂の叫びは海の
息を荒げて、目の前の男性を見た。
その男性は、彼は、黙って私を抱きしめた。
「…いいよ」
「…本当に?」
「なんだっていいじゃないか。小田さんは、小田さんだ。僕の好きな人だから」
「…本当に…いいのかな」
彼は優しく耳元で言う。
「いいんだよ」
その言葉は私の心を晴らした。
「いいかなぁ…いいかなぁ……?」
気が付けば涙が出ていた。
ねぇ、こんなことが許されて、本当にいいのかな?
「しょ、しょうた?とかよくわからない単語が出てきたけれど…そんなのは関係ない。僕は小田さんと一緒にいたい。そのままの君と一緒にいたいから。嫌になったら伝えるよ。でも嫌いになんて、ならない。僕は」
彼くんはゆっくりと言った。
「オタクな君が好きだ」
昼間の水平線の見える海の砂浜の上で、私たちはキスをした。