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45話 誘拐

次の日は土曜日。

不燃物などのごみの日は、来週だ。


この休日の間にごみをまとめておこう。



朝、起きて身支度をして、朝食としてジャムもチョコレートも何もぬっていない食パンを食べた。

邪魔にならぬよう、絵を描く道具やら何やらを片付けて、ダンボールにまとめる。


玄関から、ガチャリと音がした。


「あ…」


彼くんがきた。

昨日の私がメッセージで『話がしたいから来てほしい』と呼んだからだ。


彼くんの姿が見えた。

仕事などで使うのか、たくさんの荷物を持っている。

昨日は出勤したのだろう。


「小田さん…何してるの?」


いつもより少し元気がない声だった。


「…ん」


私は座り込んでペンタブレットをダンボールにしまっていた。


「な…なんで」


彼は唖然として、荷物を玄関の廊下のすみに落とした。


「私…ダメだったでしょ。一緒に暮らしているのに絵ばかりにかまけて、家事もたまにしかやらなくて……全然わかってなかった」


ダンボールを閉じて、テープを手に持つ。


「部屋だって散らかしてばかりだったし…彼くんに全部任せてた」


私は座ったまま彼くんの方を向いて頭を下げた。


「ごめんなさい。私は…もっと頑張るから……彼くんと…私が好きな津彼さんと一緒にいさせてください」


言葉だけで許されるとは思っていない。だから…


私はペンタブレットや絵の道具が入ったダンボールにテープで封をする。

捨てる直前まで、このまま見えないように封印だ。



そうしたら、ずっと、ずっと彼くんと…。


突然、彼くんは早足で家の中の自分の部屋に入った。すぐに出てきて、私の目の前に立った。


「行こう、小田さん」


彼くんはそう言いきって、私をお姫様抱っこした。


「ちょ、ちょっと!」


そのまま玄関を出ていく彼くん。


「ど、どこに行くの!」


「車」


そう言った彼くんの手には車の鍵が握られていて、駐車場に向かっていた。



到着すると私はそのまま車の後部座席に寝転がったまま乗せられ、彼くんは車のエンジンをつけてそのまま発進した。



私は寝転がったまま車の天井を眺める。

まさかの外出だ。


どうしよう…。


…私、化粧もしてないし服も部屋着のままだ。

靴や靴下すらはいていない。

そのまま連れ去られてしまった。


顔を見られたくなくて、脱力した腕を目元にのせて隠す。



「…抵抗しなかったね」


車を走らせている彼くんが言った。


「だって、抵抗したって連れて行かれるんでしょ?」


「うん、そうだね」


優しい声色で言う彼くんは後ろを見ないで答えた。顔が見えないので表情がまったくわからない。


私は起き上がる気すらなく、そのまま車の振動に揺られた。



車はしばらく進んでいく。

車窓から見える景色が知っている場所から知らない場所へ移り変わっていく。



「…どこに行くの?」


「さぁ」


き、決めてないのか…。


「外に出たほうがいいと思って…」


「…そう」


「…」


「…」


車内は沈黙だ。

不思議と退屈さは感じない。



「ね…」


「ん?」


「私がいない間、どこに泊まってたの?」


「近くのビジネスホテルと…ちょっと遠くのホテル」


「電車で?」


「うん」


日常会話をする。久しぶりに会話をした気分だ。

高速で動いている車の揺れがちょっとだけ心地がいい。



「小田さんは仕事に行ったの?」


「うん、行った」


「手につかなかったでしょ」


「…うん」


いつもそうだ。彼くんは私を見透かす。


「…僕も、昨日は仕事に行ったけれど、ダメだったよ。小田さんのせいだね」


「私のせい?」


「僕はそう思っているよ」


驚いた。

いつも何があっても彼くんは自分の落ち度を、私に責任をなすりつけたりするようなことはしなかったからだ。


「…調子悪いの?」


私は低い声で言った。


「普通…ではないね」


車が左に曲がる。


「休んだらどう?」


「今日は土曜日で休みじゃないか。それに一昨日おとといは有給とって休んだんだ」


「そうなんだ」


お互いにたわいもない会話を重ねる。

同棲したときと一緒の何の意味もないやりとり。

昔と違う点は、お互いにお互いの顔を見て話していなかったことだ。

そんな状態で、ふと彼くんが話を切り出した。



「…小田さんは僕が好き?」


「…」


「…」


沈黙の後に、覚悟して本心で答えた。



「好き。たまらなく好き」



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