新米魔王、勇者スティールを標的にする
元OLハルコこと、新米魔王ウェール。ついに行動に出ます。
魔物は魔力が高いが知能が低く、人間は魔力が低く知能が高い。
それが、この世界の常識であり、人間にとって魔物は脅威の存在である。だが、魔物は人よりも純粋な存在で、本能に忠実な生き物だ。腹が満たされていれば大人しいし、人よりも長寿な個体が多く、おっとりした性格の者も多い。また、本能に忠実なため、縄張り争いのため魔物同士で熾烈な戦いを繰り返すこともあるし、人間を食物と捕えて狩りの贄とする者もいる。
魔王は魔物と魔族の中でも頂点で、すべての魔族、魔物が、ひれ伏すほどに膨大な魔力を有する。弱肉強食というわかりやすい力関係を示している。
「魔王ウェール様、万歳」
「ハルコ様に敬礼」
魔王ウェール城。魔王の名にちなんで名づけられた城。北東の荒れた広大な土地を占領しているので、世界全体を見ても、魔王軍の専有面積はかなりの広さである。魔王領と呼ばれるその領域は、東西南北どこへ行っても、人が踏み入れるような場所ではない。北北東を行けば、氷山や氷海が広がっていて、空を飛ぶにも海を行くにも分厚い氷を砕くか、氷雪を溶かしながら進めなければならないため、人が作る造船技術では航海が困難である。また、逆に南南西を行けば、活発的な火山が隆起する灼熱航路があり、その付近は、乾いた大風が荒れ狂う大地で食料の調達に困難を極める。また、嶮しい渓谷には大型のドラゴンが群れで棲みついている。
北東の果ては、魔王の地―――。
「ねえ、デーモンテイル、毎回、こんなすごい僻地に数名のパーティで魔王城までやってくる勇者って、やっぱりすごい人よね? 魔障だまりには、魔族や魔王だって管理しきれない魔獣が産まれたりするわけだし……それをちょっとかじった程度の魔法と剣技だけで切り抜けてくるのだから」
新米魔王ハルコは、従者の魔族にそう吐露する。
(魔王城までたどり着くだけでも、一苦労だわ……地の利を生かしたホームセキュリティね)
「何をおっしゃいます、魔王様。勇者など、我ら魔王軍の足元にも及びませんよ。我らが本気になれば人間など根絶やしにできます!」
所詮は人間です、とデーモンテイルは呟く。
長期戦で行けば、寿命が長い自分らが有利だと言い、勇者に魔王は敵わないが、勇者不在の間はしばらく、平穏が続くらしい。そうやって、魔物の社会と人間の社会は共存共栄を続けている。
「え、だって、この聖なる剣だっけ? この剣で貫かれたら、魔物や魔族は消し炭になるのでしょう?」
「ええ、浄化魔法の度合いが神様レベルなので、どんな魔物も敵わない効力ですから」
「ほら……」
「で、ですが、勇者にもレベルがございまして、魔王様を倒すには、相当の鍛錬と魔法を極めなければなり
ません。それに、聖剣の使用者として、その者がふさわしいかどうかも別の話です。勇者とは、自分が勇者となるのではなく、聖剣に選ばれ、初めて勇者となるのです」
「ん? ちょっとまって。となると、聖剣さえ、こっちの手に入れば、勇者は一生勇者未満のままなんじゃ?」
「あー、そのとおりなのですが、以前、魔王軍が総力を挙げて聖剣を探しあげたのですが、見つかった試しがないのです。前回の時は、何かの危機の折、勇者が『こんなところで負けてたまるか……』的なセリフを熱く吐露した瞬間、潤沢な光に包まれて聖剣が現れた、とも言いますし」
「ああ、たしかに。漫画やアニメだと、大体そうだわ。本当は正義の心の中に聖剣はあった、みたいな」
「漫画? アニ……メ? なるほど、ハルコ様の世界にもそのようなことが記された文献があったのですね」
「いや、文献ってほどのモノではなく、妄想が具現化した偶像の世界のことばかりで、参考にはならないわ。そういえば、魔王って平均寿命どれくらいなの?」
「そうですね……、ざっと三百五十年ぐらいですか」
「さ、三百!?そ、それはまた長い魔王人生ね……。滅ぼされる運命とは言え、人間の三倍は生きるなんて」
「魔族はだいたいその半分なので、百五十年ぐらいです。魔物はもっと短く百年も生きないですね」
「魔族や魔物たちの方が短命なんだ……。魔物に至っては、人間とほぼ変わらないじゃない」
「それに、魔王の魂が精神世界に留まる循環期間は約五十年から百年で、魔王崇拝者たちが集まり、信者の儀式で呼び戻されます」
「そんな信仰無くしてしまえ!」
永眠した魔王からすると、たまったもんじゃないわね。
でも、話を聞くと、その魔王信者の人々のおかげで、この城が切り盛りできているし、人間たちの軍の情報を得ることができるとのこと。時々、物資や武器など供給してくれたり、有能な使者を軍に引き入れて加勢してくれたりもするらしく、デーモンテイル曰く、無碍にもできないらしい。
(魔王様ファンクラブの親衛隊みたいなところかしら。それか、開業当初から付き合いがある老舗の取引相手ってとこかな。代が変わっても、永遠に付き合いがある感じの)
「前回の記憶を所持したままだから、魔王の魂に終わりがないのね」
「ええ、だから、私たち魔族はその魂を不変のものとして崇め、奉るのですよ」
「これは、長期的な安定した生存戦略が必要だわ」
(三百五十年も城を維持できる財力も必要だし、何度生まれ変わっても、暇を持て余さないように、娯楽を生み出さなきゃ)
「安定した生存戦略ですか、いいですね!実は、魔王様がお目覚めになるたび、魔王軍侵攻の戦略を立てるのも少々面倒だと思っていたのです……戦には資金が入り用で、武器や歩兵の調達も必要ですから」
ライトグリーンの前髪ぱっつん、ボブヘアスタイルにキラキラの青い瞳。肌も透き通るほどキレイで、魔物特有のとんがっている耳が『某二次元のコスプレみたいw』で、個人的にありがとうございます!と、心の仲で拝んだ上、お礼を言いたくなるほど、目の保養を満喫している。
(隠すつもりはなく、生前はオタク女子だったんだよね。異世界系美少年、最高かよ!)
美少年風魔族の貴公子デーモンテイルは、魔族の中でも高位の種族で魔王と対等に話ができる数少ない存在であり、最強の悪魔の系譜なのだとか。
(見た目がまぶしすぎて直視できない……)
「そういえば、フレデリクスから連絡はあったのかしら?」
「はい、連絡はありましたね」
「どのような?」
「今の勇者ではまだ貴方に敵わないので、勘弁してほしいと、お詫びの品が……」
「送り返してしまいなさい!怖がらせたくないのよ……と言っても、無理な話よね」
「まぁ、魔王からの呼び出し状でしたからね」
「んー、あ!そうだ。それなら、こっちから出向くのは?」
「え?」
「フレデリクスの港町の方には出かけたことがあるの香油を調査しに。だから、場所はわかってる」
ハルコがそう言いだしてから、デーモンテイルの仕事は早かった。人間の街。
ファンタジーRPGなら、最初の村がある平和でそこそこ大きな規模の国で、フレデリクス王国に、魔王国ウェールより国家元首訪問依頼。突然、そこに白羽の矢が立ったのだ。
その日、フレデリクス王国の重鎮たちは、まるでお通夜か葬式のような面持ちで顔を合わせていた。
「ま、ままま、まさか……魔王自ら出向いてくるとは!」
「あ~~~、なぜ、私たちの街に!? 魔物の国から一番近い国は他にもあるだろうに!」
「なんでも、椿香油と勇者候補であるスティール様に大層興味があるとか」
「あ~~~、なぜ、私たちの王子殿下がスティール殿下なんだ!? 魔物の国から一番近い国にも王子はいるんだぞ!」
「叔父上、本音が漏れております。若輩者ではありますが、魔法も剣もしっかりと鍛錬を積んでいます。魔王に負けたりしません。仮に私が破れようとも、叔父上や第二、第三王子もおりますから」
「さすが、我が息子。魔王に立ち向かう勇気を持つか!」
「第二、第三王子は、まだ十歳に満たない子どもではないか!」
「彼らが立派になるまで手を出さないよう、交渉してまいりますよ」
「はぁ~~~~、入国じゃなく、船上交渉でよかった!」
「ええ、国に瘴気が蔓延したら魔物が活性化して、冒険者への依頼が増えたら財政にも影響しますからね」
ハルコは、かつて、江戸時代に黒船来航があった事例に学び、一番最初のアプローチは軍艦の上で行うことにした。スティール=フレデリクス王子(将来の勇者)と、国交交渉をする運びになった。
次は、魔緒くんのターンです!