新米魔王、異世界に転生する
魔王ディザスターと魂の交換に使われた元会社員ハルコは過労死の末、魔王に転生した。
その日、ハルコは意識を失った感覚はあったが、死んだ認識はなく、目を覚ますと祭壇の上だった。
「なに、これ?」
黒ずくめのローブを被った人間に囲まれていた。
「おおおっ、これまで伝承にあった魔王は男型でしたが、今回の魔王様は女型が召喚成されたようですな」
「お美しい、まがまがしい瘴気を放っておいでですな」
「魔王様万歳!」
魔王さ、ま!?
いったい、なんのことを言ってるのだろう。
駆け出しのシステムエンジニアとして中規模な会社に就職して三年。はっきり言って、技術職だけじゃなく営業もやらされるという、かなりのブラック企業で過労死寸前だった。がんばっても、がんばっても、先が見えない。解決できたと思ったら、また新たな問題が沸き上がる日々で、死んだ魚の方がマシじゃないかと、思っていた。今日こそ辞めよう、今日こそ辞めようと、思いながらも、電車に乗る日々。
―――嗚呼、ソレニシテモ ハラがヘッタ
食欲なんてしばらく感じたことがないのに、何かを食べないと狂ってしまいそうな飢餓感に襲われ、無意識に『食べ物』だと思ったものに手を伸ばし、それを喰らう。
「ひっ!」
「う、うううう、た……助けて」
「いただきます」
「う、ぎゃあああああああ」
空腹感が満たされた瞬間、転生前の自分と意識が同化した。
「うそ…人を…食べちゃった」
「まだ捕食したいようでしたら、調達してまいりますが?」
「い、いりません!」
それよりも、人間を食べたことに、正確には喰らったことに驚いた。罪悪感がない。信じられないくらい、美味かった。生命力を瘴気で打ち消すという行為が、こんなに快感とは!
「魔王様。早速ではございますが、勇者対策を!」
「え? 勇者対策?」
なんでも、この世界では、魔王が目覚めると同時に、各国で『勇者』なるものが召喚もしくは誕生し、人間の各国は『魔王退治』に躍起するらしい。今回は『鋼の国』で『鋼の勇者』が誕生したとかで、世界はお祭り状態なんだとか。
勇者は『ギルド』に入り、仲間と共にいろいろな試練を経て『聖剣』を手にし討伐のため『魔王』と対峙するらしい。
「って! それって、魔王城の乗り込んだ勇者に私が聖剣で殺られるってことじゃない!」
「魔王様の魂を滅ぼすことは、神様にもできません。光と闇は相対性として存在することが必須です。転生を司る女神様の手で再び魔王に生まれ、永久に繰り返されるだけです」
そのころには、魔導士である私どもは、死んでおりますがな…。がはは、と悪魔信仰の枢機卿たちは口をそろえて笑った。
「なに。その、無限ループ。茶番だわ。まるで毎月やってくる私の嫌いな経費精算処理だわ。毎月、同じことの繰り返し。部長が経費の領収書を出さないから稟議に回すのギリギリ…経理や総務から怒られて…」
「私も営業してるのに、事務処理まで押し付けとか、マジ? パソコンわからないから、よろしく!で、通すなよ、ググレカス!!」
わたしは思わず、前職の愚痴を矢継ぎ早に口走る。しかも、ドスの効いた怒りを放出した。
「ま、魔王様。そ、そのような、瘴気を滲みませたら、いくら、魔力に耐性のある我々でも…」
「頭がおかしくなってしまいますぅぅ」
どうやら、わたしにとって『前職の愚痴』を口にこぼそうものなら、怒りの沸点に代わり、覇気を放ってしまうようだ。
「わかったわ、その、鋼の勇者とやらに会ってやろうじゃない」
「え?」
「なんですと?」
「まずは、アポ取りね。どうやったら、会えるの?」
「アポ?」
「ビジネスの基本でしょ。電話…やメール…はないわよね」
「でん…わ? めぃる? どんな魔法でしょうか?」
「まさか、手紙じゃないでしょ?」
「伝書ですか? それなら、ありますが…」
魔王は、魔王城でドンと構え、勇者が来るのを待つもの。そんなお決まりのルールを根こそぎ改革すると言い出したのは、新米魔王ハルコ、ただひとり。周りは慌てふためくも、魔王信仰の魔導士たちはハルコの言う通りにしか動かない。
魔王城のはるか彼方。精霊の地。鋼の王国という名の人間の街。王様は王国各地から勇者を集い、魔王の目覚めによって、活発化した魔物退治をギルドにやらせていた。そのギルド宛てにとんでもない書物が届いたのだ。
『鋼の王国の勇者様』
拝啓 突然のご連絡、失礼いたします。
わたしは地の果て魔物の国。
ウェール魔王城で代表取締役を務めさせていただいております、魔王ウェールと申します。魔王階級は厄災です。わたくしの所在の件で、大変誤解があるようで、一度、勇者様とお顔合わせの時間を頂ければと思っております。もちろん、まだ未熟な貴殿を取って食ったりいたしません。この身体、結構便利でして、普通の食べ物から生命エネルギーを摂取しても、現世で維持できるようなのです。魔物が活発化していることに関しては、世界全体に瘴気が蔓延しているせいかと思います。その瘴気自体は、自分が魔王として現れたせいですが、召喚士たち闇の魔導士たちが瘴気を世界中から収集したせいでもあります。一緒に話し合えば対処の仕方があると思っており、勇者殿に相談に乗っていただければ、幸いです。
勇者様が、開いている日程をお時間をお聞かせください。
敬具
という内容の手紙が突然、送られてきたのだ。
しばらくは、ハルコと魔緒(魔王)の世界が交互に続きます。