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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

舞台が異世界の短編集

盾役に盾はいらない

作者: 清水薬子

いつか、連載したいね……!






 薄暗い洞窟の中を、恐らくはダース(12)ほどの緑の皮膚をした化け物ーーゴブリンどもがガチガチと武器を鳴らしながら徘徊していた。

 各々が手に持つ武器はどれも刃は欠けているものの、勢いよく振り下ろされれば皮膚を容易く切り裂くほどの殺傷力を持ち合わせている。

 やがて、先頭にいたゴブリンの尖った耳が、一つの異音を捉える。

 ゴブリンが視線を向けた先、暗闇に包まれた奥から“ナニカ”が動いた。


 武器を構えて敵に備えるゴブリンの前に、ついにその“ナニカ”の全貌が明らかになる。


 ソレは、一人の少女であった。齢は十六ほど。

 若者特有のキメの細かい肌に、激しく動いたせいで乱れた一つ結びの髪と少しつり上がり気味の目は凛とした雰囲気を相対させるものに抱かせるだろう。

 その少女の特筆すべき特徴は全身を包む鎧だった。フルプレートメイルと呼称されるそれは、二桁を超える鉄の板を貼り合わせて作られた全身防具である。

 その防具を身につけた彼女は前方にダース単位のゴブリンがいるにもかかわらず、一切減速をすることなく全速力を維持したまま、その集団に突っ込んだ。


『グギャギャギャ!?』


 突然の予期せぬ攻撃にゴブリン達の反応が遅れる。

 不幸にも少女の目の前に立っていたゴブリンは衝撃に耐えきれずに後ろにいた他の個体を巻き込みながら吹っ飛ぶ。

 その光景はまさにボーリングの球に弾かれたピンの如く。


 唖然と吹き飛んだ仲間に意識が向いていたゴブリンの首を少女のガントレットが掴む。

 少女の力とは思えぬ速度でゴブリンを地面に叩きつけて脳漿の華を咲かせ、その青色の液体を踏み締めて少女は腰を低く落とす。


 勢いよくスタートを切って、二つに分かれたゴブリンの集団でも数の多かった左側に向かって突進を繰り出す。

 二度も同じ手は食らうものかと二体のゴブリンが切りかかってきた。

 狙いは鎧に守られていない剥き出しの頭部。

 その大きく湾曲したサーベルの刃と槍の穂先を少女はーー、


「いち、にーぃ」


 ーー回避することもせずその身で受けた。


 火花が散り、それぞれの武器は切っ先が根本から折れて宙を舞う。

 驚愕の現象にゴブリンは大きな目を溢れんばかりに見開く。

 彼らの記憶が確かであれば、人間の頭部は硬いものの、刃を用いて殴りつければ損傷するものである。

 それが、目の前の少女の頬にうっすらと赤い線が走っただけで大した怪我を負わせることさえできない。


 その光景をまざまざと認識したゴブリンの反応は二通りだった。

 尻尾を巻いて逃げ出そうとするものと恐怖に駆られて決死の攻撃を仕掛けるもの。


「逃さないよっ!」


 澄んだガラスのような声でそう告げた少女は逃げようとしたゴブリンを押さえつけ、地面に組み敷いて体重を乗せて拘束した。

 その間に恐怖に駆られた別の個体が少女の頭部目掛けて斧を振り落とす。

 狙いは脳が収められた無防備な側頭部。

 速度と威力を伴った斧はやはり甲高い金属音を響かせ、僅かばかりの出血だけという虚しい結果に終わる。


「さんっ! 『スパークボディ』ッ!!」


 少女がそう叫ぶと同時に全身から電撃が周囲一帯を襲う。

 反応すら出来ず、電撃を正面から受けたゴブリンが肉の焼ける不快な匂いを放出しながら黒こげの肉塊と化して地面に倒れる。

 少女は既に事切れた死体から手を離し、立ち上がって残り僅かとなったゴブリンに向き直る。


「残り四体」


 淡々と事実を告げる少女の声は、油断しているわけでも緊張しているわけでもなかった。

 ただ、『敗北はありえない』という確信だけが満ちていた。


 少女に逃す意思がないと気づいたゴブリンは全滅覚悟で武器を構え、己の心の底に沸いた恐怖を掻き消すように歯を剥き出して威嚇行為を行う。

 その威嚇行為でさえ、少女の突進を止めることは愚か時間を稼ぐことさえできない。


 少女の体とゴブリンの体が激突したその瞬間ーー


「『ファイアージャベリン』」


 ーー少女が姿を現した洞窟の奥よりも更に奥から炎で象った矢が風を切ってゴブリンの集団に突き刺さる。

 それは至近距離にいた少女も例外ではなく、咄嗟に顔の前で交差させて防御態勢を取った彼女にも炎の矢が突き刺さる。


 少女が着用しているアイアンガントレットは炎の矢が直撃したその箇所を起点として赤く明滅し、如実に炎の温度を物語っていた。

 ぶすぶすと黒い煙をあげながら肉が焼けるジュウウという音が洞窟の中に響く。

 次いで、少女の苦悶に満ちた声が食いしばった桜色の唇から溢れた。


「ぃっっつつつつ! やっぱ焼けるってのは何度味わっても慣れないや……『セイクリッド・ヒール』」


 少女が十字を切って祈りを捧げると傷口に淡い光が灯り、すうっと傷が消えていく。

 やがて、初めから何もなかったように傷痕一つない肌であることを確認した少女は安堵したようにため息を吐く。

 そして、炎の矢を放ってきた人物に対してきっと鋭い眼光を送る。


「ちょっと、カインッ!!『広範囲の魔法を撃つ時は言って』って事前に確認したよね!?」


 ゴブリンの死体を漁っていた紫色のローブを纏っていた人物、カインに詰め寄って抗議を始めた。

 当の本人は肩を竦め、蒼い目を困惑したように数回瞬きするようで反省の色は見られない。


「おいおい、ユキ。勘弁してくれよ、そんなこと言ったら魔物どもが避けちゃうだろ」


 ユキと呼ばれた少女はカインの言い分を聞いて更に目を吊り上げる。


「はあ!?巻き込んだ仲間に対して言う言葉がそれ!?」

「あっ、悪い悪い。まあ、お前なら大丈夫だろ」


 悪びれもせずにそう宣ったカインに、ついに呆れて何も言えなくなったユキは諦めて魔物の死体からめぼしい武器を剥ぎ取る。


「『エアポケット』」


 カインが片手に持ったステッキで宙にグルリと円を描くと亜空間が出現した。

 その中にゴブリンから剥ぎ取った物を次々と放り込んでいく。


「耐え切れるけどさあ、なんかこう一言欲しいわけですよ」


 作業の傍ら、ユキがポツリとぼやく。

 その言葉にカインが眉の片方を上げて、興味深そうにユキの背中を見つめる。


「例えばなんだ?」

「例えば……?」


 問を投げかけられたユキは数秒考えて、釈然としない顔で回答を口にした。


「『大丈夫?』……とか?」

「『ダイジョウブデスカ?』これで満足しただろ」


 やっつけ感満載の投げやりな態度でありつつもユキの要求に応えたカインはさっさと作業を終えると地図を開いて現在位置の確認を始める。

 こうなってはいくら話しかけても無駄だと知っているユキは、むくれながらも周囲の警戒に徹する。



 二人は最近組み始めたばかりの冒険者だった。

 きっかけは単純で、冒険者になったばかりのユキをソロでの活動に限界を感じていたカインがパーティーに誘ったというありふれたものだった。

 その『ありふれた』という前提は次の日には瓦解したが。


 四人パーティーと聞いていたユキを出迎えたのは呆然とした表情のカイン。彼の話によれば、一人は乱闘騒ぎで入院、残る二人は結婚して引退してしまったという。

 今更予定を変えることはできず、せめてユキの冒険者登録料だけでも稼いで帰ろうという話になったが……。




 存外、二人の相性は良かった。



 ユキは防御力の低い味方を庇いつつ敵を引きつけ、牽制するという役割を担っている。

 それは冒険者の間で盾役(タンク)と呼ばれるもので、防御力の高さで敵の攻撃を耐えるのである。

 他に気にかけるべき仲間が居ないため、魔物とカインの位置さえ把握していればよいというのは経験の少ないユキにとって助かる状況だった。


 一方で、カインは一撃必殺の魔法を放つ火力役(アタッカー)である。

 タンクが敵の攻撃に耐えきれずに倒れる前に敵を滅ぼすという前のめりな役割だ。

 打てる数に限りはあるものの、魔力が尽きない限り勝利は約束されているも同然。

 敵の分散という嫌な事態も起きず、全ての敵がユキに集中するという絶好のシチュエーション。

 おまけにユキ本人は防御力も高く、そして自己回復も可能。

 仮に巻き込んだとしても脱落しない、というのは垂涎してしまうほど魅力的な存在だった。


「初日としてはこんなものだろう。今日は街に戻るぞ」

「了解でーす」


 気怠げな返事を返しながらも、カインの空間魔法によって作られた転移ゲートを潜る。

 素直に指示に従うという点でもユキは優秀な冒険者だった。

 功を焦って実力を見誤って最深部へ潜る冒険者の話が絶えないことを鑑みれば、手綱を握りやすい彼女のなんと良心的なこと!

 これは良い拾い物をしたとカインは口角を歪める。


「さて、取り分だが、今回は初めてだからな。素材は俺が四、お前が六でいいぞ」

「こういうのはトラブルを避けるために半々と聞きましたが……」

「まあまあ、魔法を当てたお詫びとして受け取ってくれ」


 釈然としない様子だったが、カインの言葉を聞いて納得がいったようでユキは頷いた。

 素材を受け取るその手を掴み、カインはにっこりと笑みを浮かべて口を開く。


「その代わり、また次も俺と迷宮へ行こう。パーティー申請と追加の仲間も探しておくから、安心して任せてくれ」

「は、はあ……?」


 困惑したように生返事を返すユキにカインはパッと手を離すと『また明日ー!』と手を振りながら魔導書店へと走っていってしまった。

 その様子を呆気にとられながらも見送ったユキはぽりぽりと頰を掻く。


「これってリピート指名だよね。頑張りが評価されたってことかな? えへへ、次も頑張ろう」


 魔法を当てられたことすら忘れ、次の仕事に向けて心を弾ませるユキ。




 ……なお、彼女は知らない。

 カインは囮役としてしか彼女を評価していないことを。


 そして、この時の彼女はまだ初心であった。

 この先、自分が『被弾の盾』として冒険者から畏怖の眼差しを向けられる未来が存在することを想像すらしていなかったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 被弾の(肉)盾www 嫌すぎる二つ名です(爆笑) しかしカインが酷すぎるw いつか続きが読みたいです(*´∀`)
[良い点] 初作品です? 地文をここまで書ければ連載も十分ですね。 続きを期待して5星入れてます。 [気になる点] 盾役タンクと呼ばれる攻撃を一身に担うユキ ↓ちゃんと書くなら↓こう※盾役タンクが攻撃…
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