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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 1 終わりゆく平穏
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8 敗軍の将

 西の浮遊大陸、魔族の首都、大要塞都市・彩聖郷。そこに二人の魔族が無念の帰還を果たした。犠牲を出したと市民に悟られぬよう、デキンスとラシュレーは真夜中にこそこそと裏口から入城した。入ってすぐに一つの詰め所がある。デキンス将軍配下の詰め所だが、機動性に優れたその部隊は情報収集のために各地に散らばっており、今は誰も居ない。 

 デキンスは立ち尽くし、ホコリの漂う詰め所を見渡した。灰色の壁が、いつもより視界に入る。


「デキンス?」


 ラシュレーの心配そうな声で気を持ち直した。


「あぁ、なんでもない。行くぞ」


 彼らのリーダーは要塞の最上階の大部屋にいる。そこまでの道のりは構造が頭に入ってない者にとってはまさしく迷宮そのものだが、何千回と行き来したデキンスにとっては一瞬だった。

 最上階に着くと一本の広い廊下が現れる。豪華な刺繍を施したレッドカーペット、その先に大扉が冷たく構えている。そこまでは長い数秒の距離しかない。大扉が自分を責めているような錯覚を覚えながら、重たそうに押し開けた。その開閉音は静寂にはうるさすぎる。

 奥には玉座、部屋の四隅に四体の銅像。それ以外には何もない、殺風景なただ広い王の間。壁には素晴らしい細工があちこちに見られ、大きな天窓から注ぐ月明かりにほんのりとライトアップされている。厳かで艶やか、それを楽しむ心の余裕さえあったなら最高の代物だ。


「何者だ」


 不意に銀色の剣先が光る。喉元に突きつけたのは彼らのリーダー唯一の護衛であり、大臣でもあるグアンだった。存在が人の形をした黒い影であるグアンは、こんな夜には一段と頼りになる。言い変えれば敵にしたくない相手。

 相手がデキンスだと分かったグアンは剣を降ろした。


「なんだデキンスか、いつの間に戻ってきたのですか。それに何の連絡も無しにここに来るとは、よもや謀反でも?」

「そんな、とんでもない!」

「それは良かった。おや、ラシュレーも久しぶりですね」


 そこでグアンは任務に就いたはずの人数が足りないと気付いた。


「あの口の減らない男はどうしたのですか?」

「そのことで閣下にお話があるのだ、至急な。閣下はどこに?」

「時間を考えたまえ。先程お休みになられたところさ。しかしお呼びしよう」


 何かまずいことが起きたと察してくれたのか、グアンはすぐに動いてくれた。何百年も共に仕事をしていれば察しも早くなるだろうが。

 数分後、高さ三メートルほどもあるサソリが現れた。金属の体には銀色の箇所、金色の箇所、赤茶げた箇所、不均一な彩を放っていて、顔の部分に人間の骸骨がある。このサソリこそ魔族のリーダー、リナス元帥だ。


「何があったか、話してくれ」


 リナス元帥の低く、しかし澄んだ声が大部屋を吹き抜けた。

 デキンスが辛そうに紡ぐ言葉を、リナス元帥は最後まで黙って聞いていた。話が終わるとその大きな鋏を掲げて静かに言った。


「ラグレー、我が誇り高き臣下よ。貴殿の魂、我らと共に」


 やがてデキンスたちに向き直り、優しく労いの言葉をかけた。


「デキンス、そしてラシュレーよ。まずは難しい任務ご苦労だった。翡翠の宝石の継承者、他ならぬグリムの末裔だということを過小評価していたのかもしれん。話を聞く限りそれは暗黒の炎、グリムの得意な魔法だった。グアン、地下牢のセロの力を使って、その宝石使いの力を確かめようと思うがどうだろう?」


 グアンは迷いなく頷いた。


「あの者なら適任、良いのではないかと。敵の強さを明らかにしない限りこちらの勝算は下がってしまいますからね」

「デキンスもそれで良いか?」

「はい。ですが私にその見届け人の役目、任せていただけますか」

「構わないよ」


 デキンスは内心びっくりしていた。セロの名前がここで出るとは思っていなかったのだ。しかし流石はリナス元帥閣下、自分たちの取れる手段が全て頭に入っているようだ。

 リナス元帥は天窓を仰いだ。


「かつての私はあの炎に、最後まで効果的な対策を取れなかった。デキンスのチームに託した鎧はあらゆる面で今の最高レベルだったが、それでもまた仲間を守れなかった」

「……そんなこと、閣下は全力で――」

「デキンス。過程は大切だが、それはより幸せな未来のためだ。私たちはただ勝利すれば良いわけではない。この戦いは失わないことも重要だ。それをゆめゆめ忘れるな」

「心得ております」


 デキンスは力強くうなづいた。見るべき未来が自分の行動を決定づける。 


「空っぽの宝箱なら、無いほうがましさ」


 そう言いながら、リナス元帥は大部屋を後にした。大扉が閉まると静寂が部屋に広がった。ゆらゆらと輪郭の定まらないグアンは、月明かりが無かったらきっと視認できないだろう。そのグアンが口を開く。


「ラシュレー、お悔やみ申し上げる。これでエナン隊はとうとうお前だけになってしまったのだな。それとデキンス、後日地下牢の地図を渡す。あそこは分かっていても迷うようなところだからな。ガリンガムとメルナドールには私のほうから話しておこう」


 二人は黙ってうなづいた。それを確認すると、グアンは部屋の影に体を同化させていき、全く見えなくなってしまった。

 デキンスはラシュレーに目配せした。


「俺たちも引き上げよう」

「はい」


 そして大部屋には誰も居なくなった。

リナス元帥:魔族リーダー、鋼鉄のサソリ髑髏

グアン:影の騎士、リナスの片腕的存在

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