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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 1 終わりゆく平穏
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7 お別れ

 外が明るくなった頃、船員四名――俺、アキヒサ、ドナテラ、オーロラが会議室に集まっていた。あの世界地図と円卓のある部屋だ。魔空挺クルト号は、姉ちゃんを帰し俺に荷支度をさせるために村へ下降していた。

 二つ目の悪い話とは、村の空港が当面閉鎖された、というものだった。魔族の侵攻は帝国のトップシークレットの一つだから、情報に蓋をしたということだ。ドナテラはその用で村へ行ってきたところだったそうだ。あの夜殺した魔族の絶叫を聞いた人がいて、もうその噂でもちきりだそうだ。


「パパ上はこういう時は切り捨てろと言っていたから封鎖したけど、面倒な仕事だわ」


 ドナテラがこう言った。パパ上とは現皇帝ということだろうか。想像にある高貴で品のあるお嬢様、と離れているせいか、ドナテラの身分にはまだ半信半疑だ。

 しかし、封鎖されるって言ったって村人は基本的に島外に出ない。単純に立地が悪く、渡航には時間と費用が掛かりすぎるのだ。物資の供給もしてくれるそうで、正直問題はない様に思えた。ただ懸念されたのは島外から祭に来ていた人たちだ。


「あぁ、確かに観光客の連中は騒いだけど、誠意を持って話したら全員納得してくれたわ。村人にとっちゃ人口増えてむしろラッキーなんじゃない?」


 そう簡単にいくものなんだろうか。そういうことにしとこうか。

 オーロラがだらっと背もたれによたれかかり、アキヒサは円卓に目を落とした。


「誠意ね……」

「脅威の間違いだろ」

 ドナテラは不満そうな顔をした。

「何? 私の代わりにやってもいいんだよ?」

「 い い え。 」


 返事が重なった。


「んなら文句言わないの。あぁそうそう。ロバートの親にも会ってきたよ、ドルドさん。あの女の子、親亡くしちゃったんだって?」


 思わず身を乗り出していた。


「本当に!? なんで両親がわか……いやなんか言ってた?」

「聞いてどうするの、すぐに会うのに」


 なんと、もうそんな近くに。やっと帰れる! 父さん、母さん……。

 俺が密かに歓喜している横で、オーロラがドナテラに椅子を近づけて頭を撫でていた。


「そっか、もう調べてあったのね。さすがリトルクイーン」

「子ども扱いしないでよ」


 そう言いながらも撫でられるままにしている。まるで小動物だ。


「でもロバート誕生の話は胡散臭かったなあ。こいつ、村の湖から突然生まれたんだって」

「はぁ? なんだそりゃ。運よく引き取られた孤児じゃなかったのか?」


 オーロラが俺を睨む。当たりが強い。


「あなた嘘ついたの?」

「いや、アキヒサが勝手に勘違いしてるだけだよ!」


 即座に否定した。なんとか穏便に場をしのぎたいところだ。

 女性二人のおおげさなため息がアキヒサに向かった。


「いい年こいて、早合点ですか……」

「パパ上だったら解雇だわこんなの」


 アキヒサは顔を歪め、言い返さずに突っ伏してしまった。オーロラは頬杖をついて「すぐ拗ねるんだから」と呟いて目を閉じる。これが彼らの日常だろうか? 女性社会の波動を感じる。

 ドナテラは思い出したように、俺に目を移した。


「ま、ロバートには、まだあなたも知らない何かがあるかもしれない。気になることがあったらすぐに報告すること。忘れないでね」

「わ、わかった」


 そんなやりとりの間に、魔空挺はドルド家の真上に静止していた。


◆ ◆ ◆


 俺とドナテラは姉ちゃんを抱えてクルト号を降りた。もうすっかり朝だというのに、村人は全員引きこもっている。一気に寂れてしまったようで、思わず目を逸らした。予想が甘かったかもしれない。封鎖された事実が突き刺さっている? わからない。しかし、それはすぐどうでもよくなった。


「ロバート!」


 最愛の二人の顔があった。


「……! 母さん! 父さん!」


 あの日から四日経った朝、ようやく再会を果たした。母さんと父さんが家から飛び出して俺を抱きしめた。みんなして泣いてしまった。


「あぁよかった! あの日、俺たちもあの魔族の絶叫を聞いたんだ。それを聞いてお前がおかしくなったと王女様から聞いて……。でも元気そうで、本当良かった」


 あの女、何心配させるような嘘ついてんだ! と、文句を言うよりも安心してほしい気持ちの方が圧倒的に大きい。


「もちろん! 俺はいつだって元気だよ!」


 母さんはサッと涙を拭って、俺たちを招き入れた。


「あの、上がってください。サシャちゃんを横にしないと」


◆ ◆ ◆


「それで」


 姉ちゃんの様子を見てみんな暗くなった。沈黙になりかけたが、それがどうしたと言わんばかりにドナテラはテキパキと話を進めにかかる。


「運よく、死なずにいるのですよ。これは希望がつながったということ。大丈夫ですわ、きっと既に亡くなってしまったという彼女のご両親が守ってくれたのでしょう」


 そう言って、何やら液体の入った袋と紙を母さんに渡した。


「これは栄養剤のようなものです。処方の仕方はその紙に書いてあります。医者に頼むといいでしょう」


 さっきまでとはまるで別人のドナテラに、俺たちはお礼を言った。姉ちゃんは俺の家で目を覚ますまで預かる。うちの両親のもとにいるならひとまずは安心だ。

 その後、俺が魔族討伐のため旅立つことを説明した。二人ともよくわからないながらも納得してくれた。


「あなたは……特別なのね。きっと、帰ってくるのよ」

「……もちろん」


 母さんの声は少し震えていた。父さんは黙りこくっている。


「ロバート、支度を。忘れ物は取りに帰ってこれないわよ」


 ドナテラに促されて俺は部屋に行った。

 いつもと変わらない自分の部屋。少しだけ心が落ち着く。タンスを開けて服を選んだ。大抵の服は母さんか姉ちゃんが編んでくれたもので、持てるだけケースに詰めた。ふと目の隅に放置された本が目に入った。"世界解剖学"、島から出るんだし、何か役に立つ日が来るかもしれない。持っていくことにした。テトラ・テト 著か、存命の著者なら会うこともあるかもしれない。


 あとは、机の中に隠すようにしまってあった絵を手に取った。俺と姉ちゃん、それとお互いの両親が描かれている。ここに描かれている姉ちゃんの両親は三年前、乗っていた飛空船の事故で死んでしまった。結婚記念日の旅行中だったそうだ。昔に姉ちゃんと二人で描いた宝物だが、これを見ると悲しそうな顔をするので机の中にしまっていた。その絵はもう一度、大切に元の場所に戻しておいた。


◆ ◆ ◆


ひとしきり荷物をまとめていよいよ出立になった。島外に出たことのない俺が家族とも故郷とも離れること自体、大きな不安を抱かずにいることは出来ない。


「ロブ、これを持っていきなさい。俺たちからの誕生日プレゼントだ」


 父さんが、村の伝統的な木彫りのお守りをくれた。少しいびつだったが、それがむしろ俺の心を刺激したらしい。また涙が溢れそうになる。


「ありがとう、ございます」


 なぜだか敬語になってしまった。

 さぁ、お別れだというその時、一人の老人――村長が走ってきて突然俺の胸ぐらをつかんだ。困惑して言葉が出ない。村長は眉間にしわを寄せて、怒鳴り声を上げた。


「君は湖の遣わした神の子じゃなかったのか? 魔族を呼び寄せるなんてまるで悪魔ではないか!」

「……え? な……」


 村長、村長なのか……? こんな恐怖にひきつった顔を、見たことがない。この人はいつだって笑顔だったのに……。


「疫病神! そうだ、あんな産まれ方するなんて化け物以外に―――」


 そう言い終わらないうちに、村長の横腹に蹴りが入れられ勢いよく倒れた。掴まれていた俺もよろめいたが、なんとかこらえる。

 蹴り飛ばしたのはドナテラだった。形容しがたい冷酷な目、思わず身震いしてしまった。


「救いようのない馬鹿」


 そう言って倒れた村長のお腹を踏みつけた。うめき声が漏れる。


「あなたにはきちんとご説明してさしあげたはずですよ。どうせあとは死ぬだけの老人が、いちいち怯えないで下さいよ。さて、皇族たる私の仲間を侮辱した恐れを知らぬ愚か者に、残りの寿命は要りませんわね。ペト!」


 俺たち家族が呆気にとられているのもお構いなしだった。ペトはどこにいたのか、するすると現れて村長を丸呑みにした。胴体がむっくり膨らんで、すぐに吐き出した。体液でべとべとになった村長は目をひん剥いて気絶していた。王女は、もう様子には目をくれなかった。


「さぁ、行きましょう。ドルドさん、ロバートは私たちが責任持って守ります。そしてサシャさんの回復を我々も祈っております」


 そう言って、固まっていた俺の手を引いた。金縛りが溶けて、全力で元気な声をあげた。


「また帰ってくるから!」


 父さんと母さんが手を振って叫ぶ。


「気を付けるんだよ!」


 船に乗ってからも、俺たち家族はずっと手を振っていた。みるみるうちに、模型のように小さくなって、点になっていく。







 やがて島は見えなくなった。

「さ、中に入ろう」

 甲板にいた二人も船内に消えていった。


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