6 蛇使いの少女
俺は悪い話の二つ目を聞くため、会議室にいた。何ともなく世界地図を眺める。緑色の線が地図を中心で左右に分断している。右側が俺たち人間の生活圏、左が魔族。防衛壁を表した緑線の消える日が、忍び寄っているということだ。
アサマが神妙な面持ちで口を開いた。
「実はロバート君のいた村なんだが――」
「ロブで良いですよ。みんなそう呼んでいたので」
「うん? そうか?」
アサマは少し柔和な表情になった。俺はこんなに覇気のない自分の声を聞いたことがなくて、更に肩を落とした。
「じゃあロブ、俺のこともアキヒサでいいぞ。思いのほか早く仲良くなれそうだ。それで」
その時、がたッと大きな音を立てて勢いよく扉が開いた。扉には金髪がカールし肩にかかった可愛い少女がいた。
少女は半ば呆れたように声を荒げた。
「アキヒサ返事してよ! まさかとは思うけど警戒解いてた?」
「いや、使ってるよ。ただちょっと気を抜いてた……じゃない、こっちに集中してたもんで」
アキヒサは慌てて弁解し、俺を指さした。まさか俺が悪いって流れになるわけじゃないよな。しかし少女は、敵意むき出しの目で睨んでいた。
「あぁ、コイツ。アキヒサ、あなたコイツになんかされてない? 大丈夫?」
思わず、アキヒサが答えるより前に身を乗り出して答えた。
「何かって、俺は何もしてない! 助けてくれた人たちに変なことす――」
最後まで言わせてもらえなかった。少女は俊敏に俺を椅子から床に蹴り落とすと、馬乗りになってナイフを喉元に当ててきた。
「黙って」
喉にナイフを当てられて、声なんか出せるものか! 一体何だというんだ。一瞬で体の自由を奪われた。
アキヒサが少女を控えめに制止しようと立ち上がった。
「おい、止めろドナテラ! 俺は何もされてないし……」
「わかったから」
そう言って俺のペンダントをチラッと見た。
「あとでと思ってたけど今尋問させてもらう。答えなさい、あなたは人間に味方する者か魔族に味方する者か?」
可憐な見た目からは想像もつかないような、ドスの効いた威圧感のある声だった。何でそんな質問をされるんだ? この世の理不尽を嘆く暇もない。
「え……人間、人間の味方だ俺は! 当然」
「魔族が一体、焼け死んでいた。あれは誰がやった?」
ハッとした。そのことを目を覚ましてから今まであまり考えていなかった。あの日、逃亡する魔族の一体を倒したのは一応俺ということになる。しかし――
「あれは、俺がやった。でもなんというか、誰かが俺を操ってるような感覚だったというか……」
とっさにありのままを話すしたが、余計に疑念を抱かせる言葉になったことに焦りが増した。嘘をついたように聞こえたかも。
「おい、どういうことだ!」
しびれを切らしたアキヒサが、少女を俺から引き離そうと近寄ってきた。
「だ・か・ら! 後で説明したげるから黙ってろ! ペト、抑えといて」
途端にアキヒサの顔が青ざめた。扉から紫色の大きな蛇がするすると入ってきたと思ったら、手際よくアキヒサを拘束してしまった。こんな巨大な蛇をこの少女は飼いならしているのか? 信じられない。ドナテラと呼ばれていた少女はそれを見届けると、また俺を見た。
「あの馬鹿……あなたのその宝石、それは幻術を封じた宝石で間違いないわね?」
俺は小さく何度も頷いた。
「そ、そうだ。俺たちを襲った魔族もそれを知ってて幻術が効かなかった! だから――」
「訊かれたことだけに答えろ」
そう言うと、少し考えてる風だった。
「おかしい。その宝石では幻術しか出来ないはず。お前、他の魔術を使えるのか?」
「いや、使えない」
「からかってるの? 魔族の鎧には強力な対魔加工がしてあった。それを貫通する強力な魔術をお前は使ったといったんだ。なのに今度はそれが使えないだと?」
「そんなこと言われても……」、事実なんだからどうしようもない。とまでは言えなかった。あの時、この宝石の力を使ったようには思えなかった。
でもあの時の自分は感情すらも不確かだった。とても残忍なものの片鱗を自分に感じた気もする。気のせいかもしれないけど。もしかして自分は、本当は魔族的な存在だったりするんだろうか。自分のことすら満足にわからなくなってきた。
「ペト、アキヒサはもういいからこいつをお願い」
蛇がするするとアキヒサから離れ俺を締め上げた。結構苦しい。自分の体の代わりに紫色の鱗が見えすぎるほどよく見える。少女は俺を見降ろしながら距離を取った。
アキヒサはゆっくりと立ち上がった。ばつが悪そうに俺を見降ろしている。
「……えっと、これが悪い話の一つ。ロブが俺以外のメンバーから警戒されている、こと、です」
完全に事後報告。もう身に染みて理解した。アキヒサとしても立場に困っているのか、最後の方は小声になっていた。だとしても助けてほしいものだ。蛇が俺の顔をがん見していてこの上ない緊張感がある。俺の村も大概田舎だし、蛇自体は慣れている。しかし、こんな人の丈より長いのは聞いたこともない。
下手に喋るとまた黙れと言われそうなので黙っていたら、二人は俺を放置して何やら話始めてしまった。他に出来ることもないので耳をそばだてる。
「つまり、ロブの魔術が警戒の種ということか。でももし宝石に封じた以外の魔術が使えるなら、戦力として歓迎すべきなんじゃないのか」
「魔術師なんて何百年も前に絶滅してるのに、唐突にまた魔術師が産まれる? こいつが魔族から何かされた間者って考えたほうが、よっぽどありえる話でしょうが」
「オーロラもそう思ってるのか?」
「さぁね。こんな魔族の息がかかってるかもしれないやつをどう信用しろっての。ま、アキヒサは私と違って騙しあいに縁遠いから、誰でもすぐ信じちゃうんだろうけど」
アキヒサは反論しない。扉に手をかけた少女の背中に、アキヒサが質問した。
「なんで間者かもしれないって、教えてくれなかったんだ?」
「全員が敵意持ってたら聞けることも聞けないかもしれないでしょ? 危険な役目、ありがとね!」
アキヒサは無言で椅子に座った。俺から話さないと先に進まない雰囲気だ。
「アキヒサも俺を敵だと思いますか?」
疲れた顔で彼はこっちを向いた。声も疲れている。
「いや。断定はしないが、俺らへの敵意は一度も感じないし、あのサシャって娘への目を見てれば悪い奴じゃないのは確信できる。それに何よりその宝石が強力な保証になるんだ」
「これが?」
宝石を見ようとしたがペトの体の下で見えなかった。
「そう。何世代も前から継承されてるそれは、今や何十人と膨れ上がった末裔たちの中で最も人間に有益な者に渡るようになっているらしい。少なくともお前は敵じゃない」
それは果たして保証になっているのだろうか。非常に曖昧だ。
「それがよく分かってるから二人とも混乱してるのさ。それと敬語は不要だ。俺たちはチームだからな」
何がチームか。蛇にがっちり固定されてる状況でそんなこと言われても響かない。それにさっきからこの蛇、ペロペロ頬を舐めてくる。餌か何かと勘違いしてやいないだろうかと不安になりだした頃、さきほどの少女が戻ってきた。
「アキヒサ、用件を忘れてたわ」
「その前に、いい加減そいつを離してやってくれ」
一瞬、沈黙が訪れる。
「……ペト、コイツは信用できそう?」
蛇のペトがシャーと、声?を出した。まさか会話できるのだろうか。
「……わかった。もういいよ。ありがとうね、あとでとっておきのご飯をあげる」
そう言われた蛇がようやく俺から離れた。安堵のため息が自然に漏れて、その場で胡坐をかいた。少女は蛇を優しい顔で撫でていて、得体の知れない恐れが俺の中に産まれた。
そして少女はようやく自由になった俺に向き直った。もう睨んでいない。
「あなた、私たちの仕事はもう知ってる?」
「……大体聞いた」
魔族を倒すこと、単純明快だ。下手に出てはいけないと直感で判断しムスッと答えたが、なんだかいじけてるみたいになってしまい、余計ムスッとする結果になってしまった。
少女はそれをさして気に留めず、あぐらをかく俺に手を差し伸べた。
「なるほど。私の名前はドナテラ、ドナテラ・トロプ。華麗なる帝国第二王女でありブレイカーズのリーダー。ロバート・ドルド、私はあなたを歓迎します」
酷く手荒な歓迎だったが何とか収まりがついてくれたっぽい。ひどく一方的に。なぜ収まったのかも、正直理解できないが。
「さてロバート、君の初仕事だ。手短に自己紹介を済ませつつ、もう一人の仲間を早くここに連れてきなさい」
俺は逃げるように、そそくさと部屋を出た。
ドナテラ・トロプ:帝国第二王女。ブレイカーズのリーダー。金髪ボブの小柄な女性。紫色の宝石継承者。
ペト:蛇。