5 デキンスとラシュレー
一体の魔族が血の付いた愛用の剣を思い切り地面に突き刺した。絶望の渦に飲まれ、悪態の一つも出ては来ない。デキンスとラシュレーはなんとか撤退し、魔族勢力下の島に降り立っていた。陽はとっくに沈み、草木も暗い。チーチロと鳴く虫の音が嘲っているようにデキンスには感じられた。
「デキンス、落ち着いてください。そうでないと、兄が報われません」
デキンスをなだめようと後ろからラシュレーが言った。もともと低い声が一段と低い。デキンスは叫ぶ。
「どうしたって報われるものか! やつらに同じ絶望を与え、そして希望を取り戻す。その日を夢見てこの地獄の日々を過ごしてきた。なのになんで、なんで……」
「兄は最期にあなたを守った。託したのです、夢を私たちに」
そんなの慰めにはならなかった。むしろ逆効果だ。だってお前たちは……。
デキンスは暗い声で笑った。
「あいつがそんな高尚なことするかよ。でも、さすがだな。強く勇敢で、大事な仲間一人満足に守れない俺とは違う」
ラシュレーは言葉に詰まり、切なそうに押し黙ってしまった。
「ラグレーのことは俺の責任だ。甘く見ていた。ようやく現れた最後の宝石継承者、まさか普通に、しかもあんな強い魔術を扱えたなんて」
五つある宝石それぞれに封じられた魔術。その情報は絶対だった。少なくとも、これまではそうだった。だから油断していたのだ。幻術では自分たちとは戦えまい、と。奇妙な点はあったのだ。何百年も行方不明になっていた翡翠の宝石が突然、継承者と共に現れるなんて。
ラシュレーはデキンスに叫んだ。懇願するような、悲痛な叫びだった。
「違います。奇襲するという当初の作戦を変更してもらったのは自分です! 私が、私が兄の言う通りにそのまま……」
「やめろ!」
うなだれるラシュレーの肩を、デキンスは力強く掴んだ。
「いいか! 絶対に自分のせいだなんて思うな。その責任を負うのは将たる俺の役目だ」
「……」
自分のせいで生き残っていた家族が死んだなんて、絶対に思ってほしくなかった。血縁が生き残っていること、関係を保っていること。これは彼らの間ではとても幸せなことだった。
だからラシュレーのためにも、デキンスは落ち着くしかなかった。将軍として、やるべきことをしなくてはならない。デキンスは地面に突き刺した剣を抜き、静かに空に掲げた。ラシュレーも槍を取り出し、それに倣う。
「ラグレー! 誇り高き我らが親友よ! 我らの魂は今も共に!」
「誇り高き我が兄よ! 我らの魂は今も共に!」
その瞬間、辺りは完全な静寂に包まれた。
「帰ろう。一刻も早く情報を届けなければ」
「もう少し休んでもいいんですよ?」
デキンスは剣をしまい、今度は弱々しくではあったが笑うことが出来た。
「俺たちはラグレーの繋いでくれた可能性、それを早く閣下に伝えねばなるまい」
二人の魔族は純白の翼を伸ばし、颯爽と飛び立った。
ラグレー:ラシュレーの兄。デキンスを庇って死亡。