50 脱出
城の地下牢と言っても大して広くない。ちゃんとした監獄は別に用意されていて、ここは一時的な罪人置き場である。しかも、地下一階はいつしか物置として使われるようになったため囚人すらいない。囚人がいるのはさらにその下だ。房の入り口は鉄扉になっていて小さな格子からいちいち中を覗かないと確認できない。房と囚人を管理する名簿は入手できなかったので、アキヒサが確認のため覗き込もうとしたが首根っこを掴まれた。
「時間の無駄」
「え?」
自分たちが急いでいるというのもある。が、オーロラは説明するのが面倒になったので有無を言わさず先に進んだ。訳も分からず閉じ込められてる今、人の気配がしたとなれば絶対にドナテラは声を出す。大きめの足音で歩けば向こうから信号を出すはずだ。
地下四階へは階段が途中で分断されるように石の壁が水平に封鎖していた。
「何この様式……。罠?」
「これか?」
「あ!」
アキヒサは手近にあったレバーを安易に下ろしたが、それで良かったらしく口を開くように下の階への道が開いた。オーロラは自嘲気味に肩を落とした。この城の建築に悪意ある第三者の侵入は想定されていないらしい。降りてみるとそれより下への階段は見当たらず、ここが最下層と思われた。一番奥の牢まで来たところで、鉄扉の向こうから聴きなれた声がした。
「あ! おい! ここから出ーせー! 何の真似だ!」
お怒りの様だが紛れもない、ドナテラの声だ。足音を聞いて誰か敵が来たと思っているのだろう。オーロラの期待通りだ。
「俺だドナテラ! オーロラもいる。迎えにきたぞ」
「そ、その声! やったよ姉さま、出れるよ。ありがとうみんな」
中にはソフィ王女もいるようだ。オーロラが背伸びして中を覗くと、足を抱えて不貞腐れる姉と喜びと怒りが入り混じる妹が見えた。ペトは呑気にも蛇の姿でとぐろを巻いて眠りこけている。すぐさま二人を解放したいところだが、鍵の在処が分からなかった。気絶させた歩哨はそれらしきものを持っていなかったし、もしかしたら全く別の場所にあるのかもしれない。皇族の二人ならそれを知っているのではないかと尋ねてみると、ソフィ王女があ!あぁ……と声を上げた。
「ここって地下何階?」
「四階ですが」
「そう。地下四階の錠は魔道具だったはず。……鍵はえぇっと」
そう言って何か思い出そうとこめかみを抑えた。しばらく唸ってから、あ! と顔を上げた。
「この階の鍵は帝都警備隊が保管してるのよ。やり方は知らないんだけど、鍵に登録した人間しか触れないようになってるんだけど――」
「じゃあその人を連れてこないといけないってこと!? それってルーじゃん。だって私たちに薬盛ったのあいつなんだから」
「待って! でもその錠、あなたの持ってる宝石もマスターキーみたいになってるってパパ上が前に教えてくれた気がする。なんか出来ない?」
「何かって……」
ペトに注目が集まった。いつの間にやらつぶらな瞳はぱっちり開いていた。ドナテラはペトに努めて優しく、鍵を開けるように命令を出した。すると小バエに変化して格子の隙間を抜け出た。錠の周りを探るように漂ったところでタコに変化し、触手を錠に突っ込んだ。
オーロラはタコを初めて見たのか、ヒッと数歩後退して目を背けた。
「タコ苦手なのか?」
「い、いいえ? ちょっとビックリしただけ──」
ガチャリ。その音はまさにペトが二人を解放した音。扉が開き、ドナテラは喜び勇んでオーロラの胸に飛び込んだ。そして二人にお礼を言うと蛇に戻ったペトを慈しんだ。ソフィ王女は顔をかなり曇らせたまま、ゆっくりと出てきて重々しく口を開いた。
「それで、何が起きているのか説明していただけますよね?」
オーロラとアキヒサは顔を見合わせ頷いた。
「このまま急いでクルト号に向かいます。ギド……デュモン大公が先に向かって待っていますので、事情はその時お話いたします。お二人の顔は覚えられていますからペトに大きな獣にでもなってもらって、それに乗り強硬突破しましょう」
ソフィ王女は探るようにオーロラを見て、観念したように目を閉じた。
「……わかりました。ドナテラ、お願い」
「それは良いけど、ねぇ? その……ロブは?」
救助隊員にとってあまりに答えたくない質問だった。オーロラは彼女がロバートに寄せている信頼に気付いていた。彼女は自身が自覚する以上に彼を信頼している。だから今これを言うことは彼女をネガティブにさせる。しかし、下手に黙っておくのはむしろ不安を煽るだけだ。
「ロバートは今、別の場所で頑張ってくれてるから。私たちは私たちに出来ることをする。いいね?」
嘘は言わなかった。しかし、察してはくれたようでペトに向き直った。ところがアキヒサが待ったをかけた。隣の牢にはサシャ・レバークがいるはずだった。アキヒサは彼女も連れていくべきだと思ったのだ。
悩んでいる余裕は無かった。ペトに牢を開けさせ、尻尾でサシャを巻き取って回収させた。サシャは目を見開いてぼそぼそと呪詛でも放っているようだった。かなり不審な様子だったが、ひとまずそこは目を伏せて急いで脱出した。
大きな一本角を進行方向に向けた迫力あるモンスターは騒然としている城内にさらなる混沌をもたらした。背に乗った人物よりも、見慣れないモンスターに怯えて我を見失った。止める勇気のあるものはない。ドナテラに操縦されたペトはスムーズにドックに到達した。甲板からギドが手を振る。
「おーい! 急ぐんだ」
ペトは勢いを付けて軽やかに船に飛び乗り、五人を下ろすとドナテラのベルトに収まった。クルト号は間髪入れずに出港し始めた。
とりあえずは脱出できると全員が安堵しかけた時、ソフィが思い切りジャンプして船から降りてしまった。ドナテラは驚いて叫んだが、既に動き出しているクルト号との距離は加速度的に開いていく。
「パパ上を置いていけないわ! そっちは任せたわよ!」
「ぅわ……、わかったよ!」
姉の決断を尊重したわけではない。もう、そういうしかなかったのだ。まるで自分が送り出す側のような気持ちで、ソフィ王女の背中を見ていた。