表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第2章 Part 3 それは粗雑な
50/56

45 最善の決定

 ドナテラの焦りなど誰も気づかず、ペテルセンは続ける。


「息子を含めた何人も、魔族の絶叫を聞き、姿を見たそうです。それが島一つ隔絶された真の理由だと。あんまりですよねぇ。帝都に家族があった観光客もいたはずなのに、いつ解決するとも――」

「もういい!」


 皇帝の短くも鋭い轟きがペテルセンを遮った。しかし、口こそ閉じさせたものの強く糾弾するような目は開いている。皇帝相手にも、まったく萎縮しない大商人の姿がそこにあった。


「お前の言いたいことは分かった。というか元から分かってんだよこの地獄耳め。楽観的過ぎたことも認めよう。しかし今、魔族の……防衛壁のことを明かすのはむしろ逆効果だ。違うか?」

「まぁ、確かに。真実を明かした理由が、隠しきれなくなってきているから。では、よくありませんな。デュモン大公殿は、どうお考えになりますか?」


 話を振られ、ギドはふむ、と右手の甲を口に当ててから


「信用へのダメージを最小限に抑えるならば、告発される前に発表すべきだろうな。ところでペテルセン殿、お会いしたことはありましたかな?」

「十年以上前に一度だけございますよ。あの頃はまだ大した商人ではありませんでしたがねえ。さて、大きな組織を束ねる私とデュモン大公の意見を受けて、考えを変える気はございますか?」


 違う。それは意見を変えろ、という命令だ。皇帝の顔面は歪んだ。数世代に渡り不仲であったデュモン大公家と、成り上がりの一商人の意見をきけと言われて。血統の誇りが彼にもある。答えは自ずと定まった。


「ルー、市民には居場所を失くした歌劇王による残虐な殺人があったと伝えよ。魔族の侵攻という必要はない。そもそも彼奴の目的も分からない、単独での暴挙かもしれない。そんなもので不安を煽る必要性がどこにある? 広場で起きたことは全て奇術。それがこの場における真実である」


 普段は比較的、物腰柔らかな皇帝の早口な指示。場の空気が静止したのも束の間、ルーがかしこまりました、と敬礼し出ていったことで場は解散ムードになった。皇帝はムスッとしたまま王の間の更に奥の部屋に消えて、娘二人が後を追った。ギドが老体にはきついと言わんばかりにのっそりと退出し、終始氷のように感情を動かしていなかったオーロラふがそれに続く。次いで、ペテルセンが柔和な表情を浮かべ部屋を出ようとした。が、その背中にアキヒサが声を飛ばす。


「おい、てめーなんのつもりだ?」


 咎めるような厳しい口調。立ち止まったペテルセンは振り返らない。


「おや、一言も声を聞かずに終わると思ったが、どうかしたか?」

「どうかだと? さっき、皇帝を露骨に誘導したのはなぜだ?」


 その肩が少し震えた。笑ったのかもしれない、そう思うとアキヒサのいら立ちは増長する。


「……はぁ。元来、こういう話し方なんだよ。人の欠点を悪意扱いしないでくれ」


 不機嫌そうに言い放ち、また足を前に出す。釈然としないが、会話は無駄に思われた。それよりもロブを探すことを優先しようと考えた。アキヒサの脳裏によぎる光景。悪夢の中で何度も体験したせいで、記憶はむしろ鮮明過ぎた。竜の様な巨体がクルト号に迫り、自分は何もできないままロバートだけを残し気絶する。屈辱だった。腹が立った。彼はどうやってやつをいなした? 幻覚が有効だったのか? ロバート、どこに行った?

 城内での彼はちょっとした有名人だった。ロバートは大抵の兵士や使用人に認知されていたが、最後の目撃はどうもルーが広場で見た姿になるらしい。今の混沌とした城下に出ても情報の収集は困難だろう。


「――そうだ」


 もう一人の目撃者とやら。そいつに訊けば何か分かるやもしれない。そう考えたアキヒサは地下牢へ向かった。流石に帝国の秘匿部隊の権利は大きい。地下牢への唯一の階段も宝石を見せたらすんなり通してくれた。この宝石は皇帝からの贈り物、信頼の証ということで兵士には伝えられているらしい。

 守衛から聞いた牢まで行くと、扉の前にルーと兵士の姿があった。兵士がアキヒサの存在に気付き、剣の柄に手をかけた。


「貴様、何者だ!?」

「おい、落ち着け! 落ち着くんだバウルズ! この人は味方だ、味方。いいな?」


 必死に諫めている。バウルズと呼ばれていた兵士が向けた目には恐れが満ち満ちていて、アキヒサは何か悪いことをしたような気分になってしまった。


「アサマ、だったな。悪く思わないでほしい。バウルズは俺の右腕で……重要な任務では大抵傍に置いている。……この女のことも、責務だと、な」


 やけに言葉を選んでいる。が、そうかと気付いた。さっき皇帝の前で、一人の側近が惨殺されたとルーは言っていたのだ。このバウルズもまた、朋友を失った事実と理解を超えた事態に頭が追い付いていないのだろう。

 落ち着きを取り戻したバウルズは抜きかけた短剣を納め、すまないと声を落とした。


「アサマ殿、失礼いたした。自分はケヴァン・バウルズと申す者。帝都警備隊、副隊長を務めている」

「あぁ。まズ……、ブレイカーズのアキヒサ・アサマだ。よろしく」


 バウルズの目が丸くなった。そうして、何か安堵するように息を漏らす。


「ブレイカーズ……、魔族殲滅部隊か。……あぁ、すまない。自分も魔族について聞いたのだ、さっき。しかしそうか、やはりドナテラ様は力をお貸しくださるのだな。ん? ということは隊長と共に仕事をするということか?」

「バウルズ!」


 ぴしゃりと言い付けると、さっさと牢の錠前を外しいかにも重そうな扉を押し開けた。ルー、バウルズ、アキヒサの順に中へ入っていく。

 中は一段ひんやりと冷たい、人が三人寝そべればいっぱいになってしまうような独房。女性は膝を抱えて座り込んでいる。


「おい、顔を上げろ」


 バウルズの声が届いていないのか、膝に埋まった頭は持ち上がらない。もしや眠っているのかと、覗き込みながらそっと頭を掴み持ち上げると、その目は真っ直ぐ見開かれていた。バウルズは驚いてその手を離し、三歩後退ったところでルーの顎と自分の頭をぶつけた。


「あだぁっ!」

「痛いのはこっちだ! そんなに驚くとこじゃなかったろ!」


 アキヒサはその光景に呆れながら、自分もその女性の顔を見ようと二人の前に出た。


「あんたは……!!! なんでここに!?」

「し、知り合いなのか?」


 アキヒサは目を丸くしたまま振り向いた。何というか、知り合い? 知り合いとは言えない。アキヒサがこの女性──サシャと出会ったとき彼女は瀕死であり、昏睡状態だった。


「魔族に殺されかけたんだ、この子。オーロラがそれを治癒して」


 でも寝込んだままのはずだった。また、彼女に目を戻す。ロバートからは明るい子だって聞いたはずだが、それとは正反対の有様。もしかして人違い? それに彼女はあの島に置いて……、ペテルセンの息子が連れてきたのか? それとも……いや聞いた方が早いじゃないか!


「なぁ、サシャさんだよな? 俺はアキヒサ・アサマ、ロバート・ドルドの同僚だ」

「………………」


 ロバートの名前を出した瞬間、眉がピクリと動いたのを見逃してはいない。辛抱強く待つと、やがて絶望を孕んだ声がその口から零れた。


「ロブは、私を……憎んでる……の?」

「な、何?」


 アキヒサはともすれば無神経とも言われかねない素っ頓狂な声を上げた。ロバートがこの娘を憎んでいるなんて、あまりにもない話だ。城下のPOP GOLDで飲んだ時だって、『姉ちゃん』のことを話すときはとても楽しそうで……辛そうだったじゃないか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ