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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 1 終わりゆく平穏
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4 選択無き承諾

──逃げよう!

 そう言って姉ちゃんが俺の手を引いた。後ろ髪がファサっと靡き、その顔を見ることは出来ない。切迫感が邪魔をする。体がブリキ人形のようにカチカチ動く。ハッとして姉ちゃんが振ると、細い腕を青白い斬撃が切り裂き、血しぶきが目に入る。悲痛な短い絶叫と共に倒れる姉ちゃんをただ見下ろしている自分……


――ッ!


眼前に木の天井が現れる。俺は夢を見ていたらしい。


「はぁ~~……」


 大きく息を吐いて目をぱちくりさせた。息が荒く、ひどく汗をかいていて気分は最悪。上半身をのっそり起こした。見慣れない個室にいた。部屋はドア横に吊されたランプがボウッと照らしている。白いタオルケットとベッド、小さな木の机と椅子、全面が木で赤柄のカーペット。何となくペンダントを掴み、視線を落とせば祭りに着ていった服を着ていて……。


「わぁ!!」


 硬直していた脳が始動し、全ての記憶が蘇った。姉ちゃんは、魔族は、何がどうなった? そうだ、俺たちを助けてくれた二人組がいたはずだ。この部屋は……、村に木造の家屋はあまりなかったはず。ここはどこだ?

 こうしちゃいられない。俺はベッドから抜け出して、ドアノブに手をかけた。外は薄暗い廊下になっていた。静まり返っている。試しに向かいの部屋をノックしてみたものの返事はない。右手に階段が見えたので上がると、その先のドアから屋外に出ることができた。

 その瞬間は言葉を失った。視界に遮蔽物が無い! 先端に向けスッと細くなっていく床。圧倒的な空。ぼんやりと暗く、早朝の新鮮な風にそよぐ帆。これはまさか、……飛空船! それ以外には思い至らない。

 よく見ると船首にがたいのいい男の後ろ姿が見えた。少し混乱しているせいか、すがるような声を飛ばした。


「あの、すいません」


 返事はない。声が小さかったか?


「あの、すいません!」


 今度は聞えたようで男は振り返った。


「おう! やっと目が覚めたな」


 男は嬉しそうにこっちへ歩いてきた。それはあの時、助けてくれた顔。三十歳くらいだろうか、近くで見ると背も高い。190㎝はありそうだ。首に巻き付いた簡素な黒いチョーカーに黄金に輝く宝石が光っていて、ペンダントの翡翠の宝石を瞬時に連想させた。

 男は心配そうな顔をしていた。


「どうだ、具合は?」

「……あ、ありがとうございます。問題ありません。あの姉……黒髪の女性は?」

「あの娘か。着いてきてくれ」


 男は俺から目を逸らした。

 重い足取りで、案内されるまま船の後部へ歩いた。港にいたような大きな飛空船ではなく、小型船舶の様だ。船縁から頭を出すと、眼下には雲の漂う空が一面に広がっていた。一瞬、見たこともない鳥が横切ったので思わず首を傾げた。まだ夢の続き、今は祭り前夜………………………………


 船尾近くの階段を上がり光が漏れている部屋に通された。小さい部屋で、そこにベットで眠る姉ちゃんの姿があった。そしてもう一人の助けてくれた女が、ベット脇の椅子に座り姉ちゃんを眺めていた。髪は茶色のショートカットで、右手の腕輪にはやはり綺麗な紺碧の宝石が装飾されている。


「オーロラ、翡翠のやつが目を覚ました。その娘はどんな具合だ?」


 茶髪の女はゆっくりとこちらを向いた。


「駄目ね。完全に昏睡状態。なんの反応もないわ」

「うーん」と男が目を落とすのが見えた。俺はよくわからず、またもすがる気持ちで女に質問した。


「……昏睡?」

「そう。外傷は治ったけど、脳が深い眠りに入ってしまってるの。待つなら根気がいるわね。目を覚ますのは三分後か、二週間後か、五年後か、あるいは心臓が止まるまでこのままか」


 心にまた重いものがのしかかった。心なしか、女も俺を睨んでいるように感じる。とても信じたくない。よろよろしながら姉ちゃんの手をギュッと握りしめて、優しく名前を呼んだ。しかし、ピクリとも反応してはくれなかった。切り飛ばされたはずの腕はそこにあり、確かな温かさがある。幼い頃から共にあったこの柔らかなにおい……夢で、あってほしかった。

 男が困ったように女のほうを向いた。


「なあ、そんないい方しなくても」

「事実でしょ。それに死んでないだけマシ、なんでしょ?」


 女は立ち上がると、俺には一瞥もくれずにどこかへ行ってしまった。男は苦笑した。


「あ~、悪いな。あんなにつんけんしてるところ初めて見たぜ」

「い、いえそんな」


 姉ちゃんの手を放して立ち上がる。まだ、言わないといけないことを言ってなかった。


「あの、改めてありがとうございました。俺、ロバート・ドルドと言います。名乗るのが遅くなってすいません。この人はサシャ、姉ちゃんと呼んではいますが姉ではありません」


 男は少し表情が緩くなった。


「そうか。よろしくな、ロバート君。俺はアキヒサ、アキヒサ・アサマだ。お前と同じ、宝石の継承者だ。すまなかったな。魔族から人を護るのが俺らの役目だってのに」


 俺とアサマはしっかりと握手した。が、


「……宝石の継承者?」


 情報過多。何が何やら分からないが、もはや自分が無関係な立場には無いことだけは察した。あの魔族は俺を狙っていたし、この宝石の力はやはり特別なもののようだ。


「そうだな。まぁそれは甲板で話そう。順を追ってな」


 俺は姉ちゃんを横目、部屋を出るしかなかった。


◆ ◆ ◆


「俺たち、村に戻らないと。ここはどこなんでしょう?」


 再び船首に歩きながら尋ねた。


「ここか、ここはクルト号。世にも貴重な魔空挺さ。機械のうるさい音がしないだろ?」


 聞きたい意図からは少し外れている気がしたが、その情報に驚いて反応が遅れてしまった。魔空挺は人間にまだ魔法が扱えた数百年前の遺物。ほとんど現物、それも使用可能なものは残っていないと聞く。魔力で航行する魔空挺には駆動音が無い。ここが静かな理由の説明にはなっていた。


「ははは。驚いてくれたか!」


 驚かせたかったのか、今は驚きを求めてない。


「それとな、これを言い忘れてたのは非常に申し訳ないが、ロバート君が気絶したあの日から今日で四日目だ」

「四日?!」


 途端に両親の顔が浮かんだ。あの祭りの後、俺の誕生会をやってくれるはずだった。もう四日だなんて。息子とその仲のいい女性が突如行方不明。心配していないはずがない。

 しかし、アサマはまだ俺に話があるようだった。 


「まぁ落ち着いて聞いてくれ。いいか、今の状況はきっと君が思っているより何倍も良くない」


 そういって俺が甲板に出たときのドアを開けた。俺が登ってきた階段の向こう側にもう一つ部屋があり、アサマはその部屋に俺を招き入れた。


「まぁ座れ」


 五つの椅子と円卓。壁に世界地図が貼ってある、いかにも船室というべき部屋。もったい付けないでサクサク話を進めてくれることを密かに願った。


「まだ落ち着いていないだろう。頭も体もな。だが君には色々知っておいてほしいことがあるんでな。悪いが付き合ってもらうぞ。まず、ロバート君は魔族の存在をどう認識している?」


 真面目な面持ちで質問してきた。俺はなるべく丁寧に記憶を呼び起こすことに努めた。


「魔族は、人間の敵です。しかし、大昔の魔法で作られた防衛壁の向こうにいて、こちらを攻撃することはない、はずです……」


 実際に攻撃されたことを思い、最後はすこし濁すようになってしまった。偉大な皇帝・トロプ一世による魔族からの隔離。それは永劫の平穏をもたらすと、誰もが信じていた。

 アサマはうなづいた。


「ふふ、満点の解答だな。教科書通りってやつか。確かにそうだった、五年前までは。防衛壁は八百年ほど昔に初代皇帝よって作られたものだと言われているが、その効果が弱くなりだしている。力の強い魔族は既に防衛壁を突破出来るんだ」


 そんな話、聞いたことがない。しかし魔族と対峙した以上、安全神話は崩壊したと信じるしかなかった。俺の生きてるうちにそういう状況になるとは、なんて運がないんだ。

 続いてアサマは俺のペンダントの宝石を指さした。


「その宝石は人間が魔法を失うことを見越して、特に魔力の強かったご先祖様が残したものだ。魔力と魔術がその宝石には封じられていて、そのご先祖様の末裔だけが継承者として魔術を行使できる。世界に五個しかない、対魔族の貴重な武器だ」


 自分のペンダントに光る翡翠の宝石に目をやった。これがそこまで意味のあるものだとは。あの不可思議な幻覚の力はそういうことだったのか。こんな非常識な話をすんなり信じているのは、魔族のおぞましい顔を現実に見たせいだろうか。だとしたら皮肉なことだ。


「本来なら、それは継承した段階で前の継承者から説明を受けるものなんだが、何も教えてくれなかったのか?」


 なるほど。自分の不思議な出生をどうこの男に話したものか躊躇われる。


「えっと、俺、両親とは血のつながりがなくて」


 一瞬アサマはきょとんとした。


「あ、あ~、まぁそういうこともあるよな。うん、すまない。過去にまで首は突っ込まないよ」


 にこやかな表情になった。何か悲惨な過去があると勘違いしたらしいが、訂正はやめておく。俺はもう既に、いっぱいいっぱいなんだ。


「でだな、つまり俺もさっきのオーロラも魔族殲滅のためのチームなんだよ。それも皇帝の勅命さ。帝都の皆様の血税で今日を生きる、帝国の特殊戦士なわけだ!」


 場を和ませる努力なのか、アサマは冗談めかした。


「なんで少し悪者みたいな言い方を?」


 そう言って俺も少し笑った。自棄になってはいない。


「さっき宝石は五個って言ったろ? このクルト号にはもう一人仲間がいるんだ。これでロバート君合わせて四人で、もう一人は鋭意捜索中だ。いやまぁ、居場所はわかってるんだがそれは今いい……」


 アサマは真面目な顔に戻り、咳払いした。


「それでだ、ロバート・ドルド。君にも我々の仲間になってもらう。残念ながら君に拒否権はない。構わないな?」


 話の流れから、こう言われるのも予想がついた。


「えぇ。構いませんとも。俺はあの姉ちゃんを殺しかけたあの魔族に同じ痛みを与えてやりたい。それにあんな連中がぞろぞろ来たら……。俺もなにか役に立てるなら、やります」


 俺にはもう選択の余地がなかった。前のめりに話を進めていかないと、負の感情に食われてしまいそうだ。

 そんな俺の状態をアサマは気付いていないようだ。心底ほっとしたような顔をしている。


「そうか! 良かったぜ。俺は散々ごねたからな。ロバート君がそうじゃなくてよかった」

「ごねたんですか……」

「俺はここにきたのは三年前なんだが、そりゃもうごねた。怖くてな。それもまたいつか機会があったら詳しく聞かせてやるさ」

「はぁ」


 あまりにどうでも良かった。


「ロバート・ドルド!」

「は、はい」

「ようこそブレイカーズへ! これが我々のチーム名だ、悪くないだろ?」


 ブレイカーズ……。そう言えば、テントで読んだ新聞にその名前があった。帝国の影のエリート部隊? これが正体。俺がその一員になった。ハハ……。

 君の十九歳は新たな人生の幕開けとなる! そう告げられた気分だ。


「さて、実はもう二つ悪い話がある」


 その瞬間はため息を堪えられなかった。


ブレイカーズ:魔族殲滅のための帝国特殊部隊

アキヒサ・アサマ:黄金の宝石継承者

オーロラ:紺碧の宝石継承者


サシャ:昏睡

ロバート:翡翠の宝石継承者

クルト号:ブレイカーズ所有の魔空挺

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