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44 幕引き

 魔光弾――純粋な破壊の力に加え、全ての魔素を分解する魔法の攻撃。魔素をエネルギーに生きる魔族は、これを受けて生存しえない。スパーカーを消滅させるには、これが最も確実な手段だ。魔光弾を生成したロバートの左手に力がこもったとき、それは起きた。


── ほつれた 服を 着た世界 

  壊れた ビオトープに生きる歯車

  神を 亡くした 空箱で

  祈る 明日は来る のですか?──


 歌、縋るようなバラード。にわかに空気が振動し、どういう仕組みかロバートの頭に耐えがたい激痛が走った。手から離れた魔光弾は制御を失い、民家一軒を瓦礫に変えてしまった。

 今、二人の兵士が石畳に倒れ、凄惨な姿になり果てた元歌劇王が放置され、至る所に血痕が飛び散り、痛みに頭を抱える青年が赤黒い人形と若い女性を凝視し、その女性は歌を歌う。気付けばずいぶん距離を取ったバリケード要員の兵士や、恐怖に惹かれ舞い戻った数名の民間人はその光景を忘れないだろう。


「くぅあああぁ!!!」


 ロバートは溜まらず耳を塞ぎ、歌声の主を睨み上げた。サシャは訴えるような涙目で、先が丸い筒のようなモノに歌い続ける。ロバートは全身が震え、遂に膝をついてしまった。


── あの木の葉のように 何も知らずに青空を

  光を浴びて 見れたなら

  この乾いた袖も きっと濡れるでしょ

  だから いつも 忘れないで

  ねがいの灯──


 音が流れ去り、時の歩みがわずかに止まる。サシャは震える手を下ろし、口を開いた。


「お願いロブ、もう止めて。もう、帰ろうよ。私と一緒にまた……」

「…………。帰る、だと? 卑しくもクーラと名乗り、このドグサレを師匠と呼んだ貴様と一緒? 小娘如きが、この、俺を、侮辱するのか?」

「そ、んな……」


 サシャは面食らっているようだった。大の字に転がるスパーカーが弱々しく嘲う。


「クク、……幼い精神……してやがる。醜いナァ俺たちは! 醜いなぁ」

「一緒に、するなァ!!」


 眼光がスパーカーを捉え、二秒後にはその場に火柱が立った。灰に意思が残らないことを期待しつつそれを焼き尽くし、「師匠……」と固まるサシャを睨んだ。


「愚か者め、お前も終わらせて──!?」


 突然、全身がムズムズしだした。


「クソが」


 そう吐き捨て、残る痛みを堪えて素早くその場から離脱した。


 ……人気の無い物陰に潜んだその体はもう元の影の体──グアンに戻っていた。どうも薬に対する免疫が出来はじめているらしい。デオマルクの薬はまだ十分残っているが、これではブレイカーズの誘導役など出来ないだろう。


「ガリンガムの博打は失敗か!」


 遠い大地にいるであろう将軍に吐き捨てる。どうにかしなくてはいけない。

 物陰に紛れて、グアンは頭を捻らせるのだった。


◆ ◆ ◆


 血交じりの悪趣味な噴水を囲う広場。部下が倒れていたはず―もう跡形もない―の傍で、さっきまで歌っていた膝をつく女性が呆けているばかりだった。彼女はルーの呼びかけにも応じることはなく、ただ虚空を眺めている。


「お前は何者だ?」

「このまま来てもらう。異存ないな?」


 何を問いかけても眉をピクリともしない。ルーは目を細め、人形でも引きずるように女性を連行した。これからどうなっていくのか。もはや自分に分かることなど何もないのだろうという気がした。

 広場の清掃、損壊した建物の補償などは部下に任せ、女性は牢に押し込んだ。すぐにでも詰問したかったが、状況の説明と何より市民への情報公開が最優先の問題である。加えて、ロバート・ドルドの所在が掴めなくなったことで、ルーの背筋はもう体温を感じなくなった。


 トロプ城最上階の王の間にルー、皇帝、ソフィ王女、そして回復したばかりのブレイカーズの面々が顔をそろえていた。病み上がりの婚約者に同席を強いるのは躊躇われたルーだったが、恩師にそうするように言われたからにはそうするしかなかった。その恩師はまだこの場に来ていない。この部屋への唯一の通路である階段の衛兵には、行方の知れないロバートと恩師以外は誰も通すなと固く言いつけてある。ルーは自分が話す内容の重さを理解していた。

 そして極力顔色を窺わず、淡々説明することに努めた。


「――というのが私の見た全てで、あります。もしやその、やつは、ひとならざるものだったのではないか、と」


 ルーが口早に説明を終えると、皇帝は玉座に座り込んで頭を抱えた。


「人ならざるもの……。ドナテラよ、どう思う?」

「その予想は、当たっている、のではないかと」


 ドナテラは視線を落とし、上げようとしない。魔族の侵入と蛮行を、長いことを許し気付いてすらいなかった。その事実がドナテラの自尊心と責任感を貫いていた。

 ギドはフンと鼻を鳴らすと、語気を強めた。


「現状から目を背ける算段を探そうと言う姿勢なら、僕は退席したいんだが。体調は万全とは言えないし、だいたいロバートに聞けば大方ハッキリすることだ。彼はどこにいる?」


 皇帝がいら立ちを顔に滲ませながら何か言いかけたかけたその時、扉が開かれた。


「噂をすれば影か?」


 ギドはため息交じりに呟き振り返った。が、視線が注がれ先にいたのは恰幅のいい、ロバートとは似ても似つかない男だった。ドナテラとソフィがあからさまに嫌そうな顔をして、父である皇帝に問うような視線を送る。しかし、皇帝が答えるより先に、彼は口を開いた。


「まずいことになりましたなぁ、陛下? 大筋はルー殿から伺っておりますよ」

「ペテルセン……。決めつけるのはまだ早――」

「いっそ、真実を白日の下に晒しては如何ですか? すぐ隣にある脅威を知りもしないなんて、自国の民に対して不誠実甚だしいのではないかと」


 ゆっくり、まるで確かめるように一歩、また一歩と皇帝に歩み寄る。

 

「ぺ、ペテルセン先生……!」


 あまりにも高圧的な態度にルーも焦ったらしい。止めようとしたが、ジェロニモ・ペテルセンはそんなルーの肩に手を置いた。すぅっと体を寄せると感情の読めない目を向けて、事はあまりにも重いのだよ、と。その一言がルーに、もう口を開くまいと決意させた。


「存じていますよ。魔族殲滅部隊、ブレイカーズ。青年一人を除いて臥せっていたと。そしてその彼が今回、魔族を討伐してくれた。実はですね、先日息子のクレイグが果ての浮遊島の、え~っと。そう、アインプ村とか言いましたか、湖で有名な島から帰還しましてね」


 突然出たロバートの故郷の地名。そこは自分が外航出来ないように船を潰したはずだと、ドナテラは記憶の糸を手繰る。はったりに決まっている。そうでなくては……、自尊心の崩壊を止められない。折角昏睡から立ち直った現実は、彼女には暗すぎた。

 そして思っていた。こんな時、ロブが隣にいてくれたら……と。

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