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43 噴水決戦

 トロプ城内はパニックに陥っていると言っても過言ではない。良いニュースと悪いニュースが同時に舞い込み、兵も政務官も右往左往している。

 だが、悪いニュースにちっとも興味を示さないものがいる。皇帝ジャックと第二王女ソフィがそうだった。ワトキンス医師がロバートから受け取った瓶の中の水滴、それとベットで伏せる四人の血中から見事魔素を発見し、中和薬を開発したのだ。薬の投与を終えた四人は目を覚まし、会話も出来るまでになっていた。皇帝と第一王女はドナテラの回復に全神経を持っていかれたわけである。

 これまで魔素と戦い続けた四人の体が休息のために落ちると、ワトキンス医師はドナテラの父と姉に抱きしめられた。


「ありがとう! 本当にありがとう!」

「妹を助けてくれて、本当に……うわぁぁぁぁぁぁぁん」


 苦しんでる人を助け感謝される。さらにこの状況は彼の恩師にとっても好都合。ワトキンス医師にとってはこれ以上ない結果となった。皇帝は改めて、その手を力強く握った。


「君は真の名医だ、何でも褒美を与えよう。この恩に報いたい」

「いえ、これが僕の仕事ですから。お代を頂ければそれで充分です」

「まぁ! なんてご立派なんでしょう……」


 称賛を背にワトキンス医師がホクホク顔で部屋を出ると、脇でロバートが壁にもたれていた。


「すごいじゃないか、短期間で」

「どうも。あなたもこんなところで油売ってないで、さっさと件の殺人鬼を捕らえたらよろしい。聞き及んでいますよ、挑発の書状が届いたと」


 医師はこの男を好いていない。仲間が苦しんでいると言うのに、まるで意に介さなかった薄情者だ。


「白昼堂々犯行を行うと仄めかしていたそうですね。医者としては、これ以上ご遺体が増えてほしくはない。城の兵は既に出払ったというのに、なぜあなたはここにいる?」

「お前を褒めておきたかったのさ。お前がしたことは物事を大きく前進させたからな」


 それでロバートの話は終わりだったらしい。医師は歩き去る背中に小さく舌打ちした。


***


 民家の屋根から眺める噴水付近の光景は異様だった。噴水半径四十メートルほどを兵士のバリケードで隔離している。好奇心にかられた人間たちがそれに群がって、バリケードが決壊しそうになっていた。肝心の噴水にはルーと側近が二名。剣を腰にさし、銃を手にそれぞれ120度監視している状態だ。

 もうじき予告した時刻になる。血眼になって街道やマンホールを見張るが、そのどこもハズレだ。やつは噴水の頂点、水の上に立った。


「ご き げ ん よ う !」


 民衆の騒音も貫く大声が響いた。ルーたちは驚いて上を見上げ、民衆は刹那騒ぐのを忘れた。その静寂の隙をついて彼は言葉を続ける。


「俺はチャールズ・スラッグ! だったものだ。近頃はみなさん俺のことをこう呼んでいる。『殺人鬼』と」


 「は?」「あ、スラッグ!?」「どういうこと?」と、口々にざわめく。側近の一人が咄嗟に剣先をスラッグに向けた。


「お、降りてこい! 散々こけにしやが―――」


 その言いかけの台詞が彼の最期の言葉になった。何が起きたのか、一瞬のうちに側近の体は十字を切ったように四分割され、臓物と共に地面へ崩れ落ちていた。再び静寂、そして

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 バリケードの前列にいた民衆は不運にもそれが遠目に見えてしまった。本能が自我を殺し、とにかくその場から遠ざかろうと人だかりをかき分けていく。恐怖は瞬く間に伝播した。事が見えていない民衆たちまでもが我先に駆けだし、気づけば阿鼻叫喚の支配する街に様変わりだ。


「見たまえよ見たまえよ兵隊さん。俺の方が人払いが上手いらしい」


 実に自然な笑みを浮かべたスラッグに、ルーはひたすら恐怖した。誰でもいかれた感覚の持ち主とは距離を取りたくなる。彼とて例外ではない。だが! 責任感と使命感はルーに立ち向かう力を与えた。銃口を眉間に向け、弾丸を放った。


…………弾頭は確かに眉間を捉えた。


だが、不気味に空いた穴からはほんのわずかな血がにじむだけだった


やつは倒れるどころか、笑顔が深まったようにさえ見える


(そんな馬鹿な! まさかこいつ……!)

「おや、風通しが良くなったらしいな。サンキュー兵隊」


 なんてことだ! 信じがたいことだがペテルセン先生が言ったことは、「魔族の脅威が近い」と言うのは本当だった! だとすればこの武器じゃ……いやそれでも撃つしかない!


 パン! パン! パン! パン! パン! 


 残りの五発、全て撃った。手のひらに穴を空け、両目を貫き、鼻を潰し、顎を砕いた。なしのつぶて。スラッグの伸ばす手がもう届く。しわの一つまでよく見える。歯を食いしばった──


  グシャ


 そんな鈍い音がした。伸びている手が止まっている。スラッグの全身から宝石のような白い輝きを放つ氷柱が大量に突き出し、そのままぐらっと沈んできた。ルーは咄嗟に避け、倒れたスラッグはピクリともに動かない。そして、噴水に冷ややかな目をしたロバートを見た。


「下がっていろ。貴様に勝ち目はない」

「さ、さが……?」

(こいつ、何をしたんだ? それに、スラッグは死んでいないのか? ん、体が、うわぁぁぁーー!)


 ルーと側近の体が数メートル吹き飛び、石畳に強く打ち付けられた。二人は転がったまま呻いている。ロバートはそれには関せず、未だに石畳で伸びているハリネズミのようなスラッグを凝視していた。確かな手ごたえがあったが、これは明らかに自分をおびき出すためのものだった。こんなあっさり死ぬはずがない。ロバートは念のため距離を取って、右手を掲げた。その手にみるみる、白く渦巻く様な球が形成されていく。


「師匠! ロバート!」


 背後から女性の声がしたが、構わずその手をスラッグに振りかぶった。


「隙あり」

「何!?」


 大量の鋭利な何かがロバートの背中に突き刺さった。にわかによろめいて振り向くと、さっき無残な姿に解体されたはずの側近が、血まみれの人形のようにいびつに再接合された状態で立っていた。手に握った鮮血一色のレイピアが、半呼吸のうちにロバートの胸を貫いた。


「うがっ……!」

「油断したな、同胞よ。この奇術、見破れるかな?」


 血まみれのスラッグの言葉は落ち着き払い、目に油断などない。ロバートは突き刺されたレイピアを握った――はずだった。その右手は弾けるように吹き飛んでいき、その瞬間、全てを理解した。


「出来るとも。いや、もう出来た」


 その時、スラッグの後方にいたらしい女性がまた叫び声を上げた。


「師匠! お願いです、止めて下さい! その人がロバートなんです! ねぇロバート! 一度私の話を……!」

「悪いなクーラ。その頼み、どうやら聞けないらしい」


 クーラ。その名前を聞いた途端、ロバートの怒りのレベルが引き上げられた。


「クーラだと?」

「あぁそうだ。俺がそう名付けた」

「このドグサレが……!!!」


 ロバートはレイピアを持つスラッグを満身の力を込めて引き抜はがし噴水から突き落とすと、血で濁った水を剣のようにかたどらせて手に握り締めた。凍ったのではない、水は水のまま魔法でその形を維持し、高速で動いている。その水圧の切れ味は、通常の剣のソレとは比較にならない。

 クーラが泣き叫ぶのを無視して、ロバートから斬りかかった。突風のような風切り音と共に赤い飛沫が飛散する。血は、レイピアから削れ飛んでいた。


「くっそ、なんだこの強さ!」


 レイピアの方も高速の血流で作られたものだった。こいつの本体は粒子なのだ。この気味の悪い血液に溶けて、木偶人形を動かしている。スラッグは剣速に対応し打ち払うのが精一杯で、後退するばかりだ。噴水広場がみるみる朱に染まっていく。


「はぁっ!!」


 結局三十秒と持たず水の剣の連撃に押し負け、スラッグの不格好な体が吹き飛んだ。とどめを刺すつもりで再び、今度は左手に先程と同じ球を充填させていく。


「何か言うことはあるか? ()()()()()?」


 スパーカーと呼ばれた血の仮面が不気味にほほ笑んだ。


「なにもない」


 白く渦巻く巨大な光の玉が、ロバートの左手に完成していた。

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