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38 静的戦闘

「はぁ!? 女ァ、今なんて言ったんだ?」

「弟子に、してほしいと言いました……」


 一瞬の間。目を丸くしたかと思えば弾けたように笑い出した。


「……フヒヒ、フヒャヒャヒャ! あー、おかしいおかしい! ククク」


 スラッグはサシャを再び床に放り出して笑い転げた。狭い空間にこだまするその笑い声はまるで部屋自体が自分を嘲っているようで、思わず身震いした。

 笑いが収まったスラッグは縛られて転がるサシャの前に胡坐をかいた。


「俺に友好的な態度をとったのはお前が初めてだよぉ。信じらんないねー、殺人鬼を前にして! で、なんだなんだ何を教えてほしいって?」


 見開かれた目が狂気を帯びていて、サシャにはひたすら恐怖が積もる。しかし黙りこくることは出来ない。


「か、歌劇のこととか、身を護る方法、とか……です」

「わー、そうかそうか! いいだろう、俺の気まぐれで弟子にしてやろうじゃないか!」


 そう言うとニコニコしながらサシャの拘束を解いた。勿論、平然と人を殺すやつの弟子になるつもりなどなかった。隙を見て逃げて、城へ行かなくては。そのことに頭を巡らせた。

 ようやく自由になった手を引っ張られ、サシャは数時間ぶりに自分の足で立った。


「さぁ行くぞ……そうだな、これからはクーラと名乗れ」

「クーラ……」

「それと迷子にならないようにおまじないをかけてやろう!」


 そう言って、絹の様なもので頬を軽く撫でた。凍り付くサシャを見て満足したように微笑むと、そのまま歩きだす。転がるクレイグと老婆を跨いで階段を上がると、その先の光景は更にグロテスクな惨状だった。

 何も見るまいと誓い、ただスラッグの背中を見ることに注力した。横を見たら、眉間にナイフを生やした奴隷が目に入ってしまう。それに耐えられる気がしなかった。同じ運命を自分だけは辛うじて回避したが、下手な真似をすればこの前を歩く人物に何をされるか分からない。もっと酷いことをされるかもしれない。恐怖が喉を伝う。そして――――吐いた。

 それに気付いたスラッグは足を止めて、サシャの背中をさすった。


「おやおやクーラ。大丈夫大丈夫? 同族の肉塊にはまだ慣れてないんだね。でも安心しなさい、俺がいればすぐに当たり前になるさ」


(これが? 当たり前に? 冗談じゃない。こんなの、私が憧れたチャールズ・スラッグじゃない)

 逃げ出したい気持ちを一旦は堪えた。ここでは逃げられない。せめて外か、人だかりにいかないと。

 外はうっすら蒼くなっていた。スラッグが空を仰ぎ、気持ちよさそうに深呼吸した。


「うーーん! 思ったより時間を使ってしまった。俺はほんのちょっとやることがあるから、そこら辺を適当に散歩しててくれないか? 大丈夫、おまじないをかけたからどこに行っても俺は君を迎えに行けるよ」


 そう言ってスラッグは姿を消した。思わぬ逃走チャンスに、サシャの心は光を取り戻した。全力で駆けた。このまま道なりに行けば街の中央に出る。そうすれば城への道はすぐに分かるはずだ。

 しかし、その数分後だった。スラッグが目の前にいた。まるで待っていたかのよう。そして悟った。この男は自分を絶対に逃がさない、と。嬉々として手渡されたベージュのリボンも本来素敵な品なのに、もはや鎖にしか映らない。


***


「いいか? この現場において貴様は私の指示にのみ従うのだ」


 ツェンの店に、帝都警備隊のルーとその仲間数人、そしてロバートの姿があった。彼はこの連続殺人の対応を任された。のらりくらりと治療法を探らせるより危険が多いことをさせるためだ。頭蓋にナイフの刺さった遺体が一つの牢に一つ、それらにゴミを見るような視線を向けながらルーに愚痴った。


「この小汚くて動かない者どもは一体何か、きいても?」


 ルーは顔をしかめて何が言いたげな顔をしたが、冷静に答えた。


「奴隷だよ。ツェン婆……店主の商品だ。みんな社会から途中退場したくそどもさ」

「ほぅ、これがなぁ。で、我々は何をすれば良いのですかな?」


 ロバートの態度は、まるでルーを対等な相手にも見ていない。ルーの堪忍袋は徐々に膨らんでいく。


「よくもまぁでかい態度取れるもんだな、え? ドナテラ様を危険な目に合わせやがったくせに」

「態度の話ではなく、やることについて聞いているんです」

「こっの……!」


 ルーは顔を赤くした。婚約者のそばに若い男がいるってだけでも不愉快だったのに、会って見れば余計に好感度ダダ下り。しかし、その場ではなんとか気持ちを押し殺した。本来、空の警備を行うべきルーがこの場にいるのは事態がいよいよ放置出来ないと判断されたからだ。いつまでも捕まらない殺人鬼は遂に最優先事項になった。

 一人葛藤する若者に、ロバートは別の質問を投げた。


「大体、一連の殺人を同一犯とする根拠は何なんですか?」

「あぁ、それなら――」


 そう言って一つ下の階に降りると、床に置かれた青い花束を指さした。


「あの花がな、遺体の数と同じだけ毎度残されてるのさ。そのこと自体は公表してないし、そもそもあの花が何なのか学者に聞いても分からない。模倣犯の可能性も低いと──……?」


 ルーの話を半ば無視して、ロバートは膝をついてその花をじっと眺めた。まさか、という驚きが顔に広がっていく。


「知っているのか? それを」

「……そうだな。どうやら事情が変わったらしい、君たちはもう手を引くんだな。これは私一人で片を付けることになる」

「なんだと? それはどういう意──」


 その刹那、ルーには何が起きたのか分からなかった。まばたきする間に、目の前にしゃがんでいたはずの男に後ろから首を絞められ腕をロックされていた。驚きと悪寒で、それまでの言葉と感情が真っさらになった。


「な? 貴殿らでは力不足だと言うことさ。事件を解決したいなら邪魔をせず、肥だめの掃除でもするんだな。少しは市民に奉仕したまえ」


 ロバートはくてっと座り込んだルーに一瞥もくれることなく、その足で四人を休ませている城の部屋に赴いた。部屋を守る衛兵すらも、彼が部屋に入ったことには気付かない。

 ざっとベッドの上を眺めた。やはりそう短期間で毒は抜けない。みな、悪夢の中から帰還してはいなかった……一人を除いて。ロバートはその人物にだけ聞こえるように声を潜めて話しだした。


「街の殺人鬼についてですが、どうも他人事では無さそうです。スパーカーが、目的は不明ながら関与しているものかと。排除して構わないのであれば右目を、問題があるなら左目を一瞬お空け下さい。…………了解いたしました」


 用事はそれで済んだ。影のように姿を消して、やはり誰の目にも触れることなく城下へ繰り出した。

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