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36 初見殺し

 暗い雲の下、クルト号の先端でカランと瓶と瓶のぶつかる音が響く。防衛壁は目前、俺とアキヒサは瓶の中身をグイッと飲み干した。舌がヒリッとする上、甘いような苦いような変な味……次いで、毛穴という毛穴がぞくぞくする感覚に襲われた。


(これ腐ってないよな……?)


 三年も前の物を平然と飲んだことに、今さら疑問を抱いても仕方ないのだが。アキヒサは早速効果を実感してるらしい。


「こいつはすげぇ……! これならどんな影も音も逃さなそうだ」


 振り返ると、三人が不安そうな顔をしていた。彼らの出番があるとすれば戦闘を回避できなかった場合。自分の命運を託している状態ということになる。ギドは特に不安そうだ。


「頼みますよ、僕は魔族とは対面したことないんですから」

「え、そうな……じゃなかった。大公、あの二人に任せてください。……さて、いよいよか」


 防衛壁はうっすらと緑色をしていて、目を凝らせば識別できた。それを通過すると全身がぞわっとして、心なしか空気の匂いも変わった気がする。


「私も一応ペトと監視する。慎重にね」

「分かってるよ」


 アキヒサは既に聴覚と視覚を研ぎ澄ましてるようだ。俺もペンダントに意識を集中させた。俺の幻術は遠距離にいる相手にも有効だ。今はその距離が格段に伸びているのが分かる。もしアキヒサが魔族を捉えられなくても、俺が意識している範囲に入ったならそれを感じることが出来る。

 ハッキリした地図のようなものは存在しないので、魔族に気付かれずに浮島か大陸を発見し、その様子を観察する。これが目的だ。


 幸か不幸か、大地の発見も魔族との遭遇もないまま一時間程経過した。ふと回りを見回すと、俺以外の全員が辛そうにしていた。ギドは肩で息をする有様で、何か異常だった。


「どうした? みんな大丈夫?」


 アキヒサも様子がおかしい。目が充血し、足も少し震えている。

「大丈夫、じゃないかもな。どういうわけかどんどん体調が悪くなる。ロブは大丈夫なのか?」

「俺は元気だけど……」


 ギドがレンズの入っていない眼鏡に手をかけた。魔術──全盛期による若返りで誤魔化すつもりなのだろう。しかし、若返っても顔は青い。


「僕は魔術を使ったりしてないのですが、ハニー達も顔色が……ウェップ…………」 


 ギドは船縁に駆け寄り、とうとう吐いてしまった。

「はぁー、なんてこった。船酔いじゃ無さそうです。ハニー達も顔色が悪い。このニオイといい、何かが魔族の領域は異様だ」


 ニオイ、防衛壁を越えてから感じた僅かな違い。ギドもそれを感じ取っていたらしい。改めて嗅いでみると、最初に感じたときよりも明らかにそれは強くなっている。

 オーロラが右腕を持ち上げた。


「フゥ……。魔術──回復」


 …………。みんな表情に変化はない。ドナテラはヘナヘナと甲板に座り込んでしまった。目玉をギョロつかせたトカゲの様な生き物になっていたペトは蛇に姿を変え、巻き付くように主人の小さな体を支えた。


「ぅぅ、なんなの? オーロラの魔術で良くなったのは一瞬。これじゃ意味ない、原因は何?」

「この臭いと、関係あるのかしら? リトルクイーン、私は撤退を進言するわ」

「撤退……」


 まだこちら側に来て何も得てないのに? 冒したリスクに見合う成果はなく、今の原因も分からない。

 その時、アキヒサが手で静に、と合図した。


「陸地が見えた! かなりの距離があるが確かに見える。でも、ヤバそうな魔族がこっちへ向かってきてるのも確認した。ドナテラ、高度を上げてみてくれ」


 ドナテラがコクリと頷くと、クルト号は一気に浮上していく。目を凝らすアキヒサがチッと舌打ちした。


「この魔空挺を目標に飛んできてやがる。クソ、なんで──」


 言い切れず豪快に咳き込んだ。口を抑えた手には蕁麻疹が出ていた。


「アキヒサ、数は!? ロバートの幻術で……ヘグシッ! ぅぅ、幻術で誤魔化せば」

「一体だけだ。だがもし、あいつが仲間と情報を共有していたら、最悪囲まれちまう。もっと悪いのはよお……ゲホッ、あぁ畜生! 悪いのはその魔族がこの前お前が話した蔦に覆われた竜の見た目してるって事だ。下っ端なんてことはねぇだろう」


 ポツ、ポツ──。雲がいよいよ泣き出した。瞬く間に土砂降りになり、体を急激に冷やしていく。 


「クソッ、視界が。船に当たる雨音がうるさすぎる!」


 もはや黄金の宝石の魔術は有効ではないらしい。アキヒサの目線の先に意識を集中させるが、俺にはまだその魔族が探知出来ない。

 その時、ドサッと嫌な音がした。振り向くとギドが仰向けに倒れていた。

(……!)

 オーロラがその体に手を伸ばしかけたが、回復を行うことは出来ずバタリと気を失った。皮膚が変色している。ドナテラが何とか立ち上がり、苦しげに叫んだ。

「撤退……後退……クルト号、帝都、まで……」


 言い終わると事切れたように力を失くした。何も分からず半壊した……。ニオイ、大気に何か紛れてるのか? さっき飲み干した瓶の蓋を開けて振り回し、蓋を閉じて懐にしまった。クルト号はドナテラの命に従い、向きを変え来た道を反対に進み出している。


「ロブ! みんなを早く中へ! あの魔族はそんなに速くない、簡単には追い付けないはずぅっゴホッ……、これ以上雨に晒すな! 俺は船尾に回る!」

「分かってる、みんなしっかり! ペトもドナテラを背負って着いてきて!」


 なんとか二人を両脇に抱えて雨風の当たらない中に移動させた。びしょぬれのまま放置して言い訳は無いが、かと言ってクルト号が落とされては元も子もない。すぐに船尾へ向かった。


「アキヒサ! 魔族は?」

「ま、だ、……遠、い。お前は、なぜ、何ともない?」


 そんなの俺にも分からない。俺とは反対に、アキヒサはもう会話がやっとの状態になっていた。


「とにかく、しばらくの辛抱だよ! すぐに防衛壁まで……」


 アキヒサの首がガクッと下がっていた。辛うじて息をしているが、危険な状態にしか見えない。急いで客室にアキヒサを運び、すぐに戻った。



瞬く間に俺一人



 十五分ほどで魔族は俺でも感知できる位置まで近づいた。若干舵を切った幻覚を送ったが効果は無い。一切の手ごたえが無いのだ。大見え切ったアホウのずぶ濡れの顔に涙が混じる。肝心な時に幻術は、俺は本当に役立たずだ。



嫌な未来ばかり想像される



 更に十五分。もはやそれは視認できた。恐怖と絶望を振りまく竜のような魔族。ドナテラの話にあった蔦に覆われた巨体。クルト号は沈められ、宝石の継承者は死に絶える。その先に残るは一方的な破壊。姉ちゃんも父さんも母さんも、魔族におもちゃにされる。



俺は何かが違う



 更に数分。よりによって俺だけが体調良好だ。なぜ? 何が違う? その何かで思い浮かぶのはやはり、俺の中にいるらしい別の意思。俺の体を操り、宝石外の魔術を使う。無意識に放置してはいけなかったのかもしれない。過去二回、あの意思に乗っ取られたのは俺があまりに無力だったからだ。いっそ、俺という意思は死んだ方がいい。


「小僧、抵抗すらしないのか?」


 翼をはためかせた魔族はもうそこにいた。鼻息を感じる。意外にもフローラルな香りがしたので、思わず震えるように笑った。魔族は蔦を伸ばし、俺を吊し上げて少し観察した。


「まぁいい、なぜ貴様だけしかいないのだ? 答えろ」

「知るもんか。俺だけがこうして元気なのさ」


 魔族は僅かに目を細め、「……ソレ見ろ、メルナドール」と小さく悪態をついた。そして、まるで説得するような口調で言うのだ。


「探していたぞ、翡翠の継承者よ。君は俺たちの仲間なのだ。記憶の改竄があると報告を受けて心配していたぞ。共に帰ろう」

「……は?」


 何のための嘘だ?


「君は人間と魔族の中間として、我らの土地で生を授かった。人魔双方の人格を持っていることにもう気付いているだろう?」


 魔族の人格? 俺の中のあれは、そうなのか? おい! ……しかし返事はない。この危機的状況なら、返事をしても良さそうなのに。


「ちょっとした証拠を示すなら、そうだな。他の奴らと違って君は元気なのだろう? 魔族の力が宿っているからこそ、この特殊な大気にも影響されないのだよ。分かるか?」


 やはりこの空気がいけなかったのか。しかし俺が、魔族の仲間……? 初めてドナテラに出会ったときの会話を思い出す。


「……俺を連れてって、どうするんだ」

「まずは記憶を正す。その後のことは俺より偉い方が決めるだろう。構わないな?」


 一瞬の沈黙。魔族はそれを了承と受け取ったらしい、俺を蔦に拘束したままクルト号とは反対方向に飛び立った。

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