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33 小競り合い

 クルト号が帆を立てて、空の中を突き進んでいる。行き先は魔族の領域。自室に引き上げたオーロラ以外の四人が会議室に集まり、ギドが持ち込んだクッキーを食べていた。ドナテラはペトをマフラーの様に首に巻き付け、微笑みを浮かべながらペトの口にクッキーを運んでいた。大蛇と少女の組み合わせは、ギドには中々衝撃だったようで釘付けになっている。と、ドナテラの口の周りに食べかすを見つけた。俺がそれとなく伝えると、それをさっと拭って口をへの字に曲げた。


「……なんでそんな顔すんのさ」

「別に」


 プイっとそっぽを向いてしまった。ギドは吹き出した。


「僕の中でのドナテラ様のイメージがどんどん変わっていきますよ。ホセは高慢ちきで手がかかるやつでしてね、見習ってほしいもんだ」

「あら、褒めて下さったんですか大公?」

「そのつもりです。ところで、オーロラさんは大丈夫でしょうか? 僕としては少しでも早く親睦を深めたいのですが」


 俺たち四人は何かを押し付けあうように視線を交わした。

 


*三時間前・デュモン自治領内デュモン城*


 俺たちには二つの選択肢があった。一つは魔族の行動が活発になる前に一気に叩く、もう一つはひとまず帝都に戻り様子を見る。

 前者に票を入れたのは俺とアキヒサ、ギドだ。魔族の目下の狙いが不明だからこそ、先手を打つべきだとアキヒサは言う。もし魔法の防壁が無効化されるのを待っているのだとしたら、急がなくてはいけないだろう。

 後者に票を入れたのはオーロラだけだった。相手側の情報が枯渇していて、今のままでは魔族に対する勝算が無いと断言した。


 みんなの視線が口をつぐんでいるリーダーに向かう。その集まった視線が、どこか自信なさげなドナテラの口を開かせた。


「そう、だね。オーロラの言うことは尤もだけど、魔族に関する情報は現地調達するしかないのが実情。そこの幽霊が何か教えてくれるなら別ですが」


 置物のようにジッとしているギドの先祖の霊に目をやるが、手助けする気があるのかないのか、魔族には詳しいはずの五英傑の一人は何も話そうとしない。ただ一言、「退く勇気を持て」と意味深長な言葉を発しただけだった。ドナテラは先を続けた。


「私たちじゃきっと魔族に勝てない。数が違うし、一体相手にするだけでもきついと思う……。だから戦闘を避けて、出来る限りの情報を集めたい……かな」


 オーロラは賛同できないらしく、珍しくドナテラにとげのある声を向けた。


「戦闘を避けるって、そんな都合良くいく?」

「それは……」


 黙ってうな垂れてしまった。そりゃ魔族の領域に突っ込むには早いという主張は俺にも分かる。でも様子を見るとは、何もしないってことだ。それは正しいのか? ドナテラに変わり、俺がオーロラの説得を試みた。


「問題ないようにするんだよ。俺とアキヒサの魔術で。待ってても前に進まないし、偵察は必要なことじゃないの?」

「この前、クルト号ごとボコボコにされたのを忘れた?」


 あのゼリー魔族の一件か、痛いところを突いてくる。だが言葉に詰まった俺をアキヒサとギドがフォローしてくれた。


「そいつらは防衛壁を超えられる、謂わば敵の主戦力だ。そのレベルのやつがごろごろいるなら、人間は今頃滅びてるだろ。そうなってないってことは、向こうの領域にいる危険な敵は少ないってことだ。無謀な博打だとは思えないな」

「それに、我々の戦力はここで頭打ちです。科学の兵器では所詮、魔族に対抗出来ない。僕ら個々の成長を待つなんて話は悠長すぎます。そうでしょう?」


 みんなで畳みかけてしまったせいか、オーロラは渋々折れてくれた。というか折ってしまった。苦虫を嚙み潰したような顔をして立ち上がり、無言でその場を後にした。


***


 そんな訳で、引きこもってしまったオーロラに対してみんな引け目を感じているのだ。もし俺だったら、やっぱり嫌な気持ちになるだろう。一対四では責められてるように感じたかもしれない。


「やっぱ、誰か謝んないといけねーよなぁ」


 アキヒサがそれを言葉にしたことで、互いに目を合わせるのを避けだした。


「僕は無理ですよ? まだ会って間もない相手と最適なやり取りをするのは困難です」

「ケッ、大公ともあろう御仁が、情けないこと言いやがって。流石あのホセの親父だ」

「な……、息子の悪口を言うな脳筋が」


 波長が合わないのか、この二人は衝突しやすい。この三時間で何度か小競り合いをしている。それを見て、ドナテラが何か口を動かした。するとペトが主人の首を離れ、醜い口論を交わす二人をまとめて床に押し倒し、拘束した。アキヒサはげんなりしているが、ギドは随分と驚いたようで黒目がせわしなく動き回っている。


「なんて大人げない。じゃあこうしましょう。大公がオーロラのご機嫌取りをしてください。私たちが見守っててあげますから」

「嫌ですよ……ギェッ!」


 反抗すると締め上げるよ? とその顔は言っていた。いつもの調子に戻りつつあって安堵する反面、容赦のないやつだと再認識する。渋々ペトに拘束されながら下の階に向かうギドの鈍い白髪と、看守の反射する金髪があまりに対照的だった。


 俺たち三人が見守る中、オーロラの部屋の前に立ったギドのご機嫌取りが始まった。最初の一言を言う前に、ギドは魔術で若返った。若い勢いで押し切るつもりのようだ。


「うわ、せこいな」

「同感だ。小物感がやっぱホセに似てやがる」

「静かに」


 ギドはまずドアをノック。それから歯の浮くようなセリフをこれでもかと吐き続けた。酔っ払いでも言わないような美辞麗句を自信ありげに並べる様は、聞いてるこっちが恥ずかしい。 

 しかし五分ほどドアの前で喋り倒したところで、ふらふらしながら戻ってきた。倒れこむように俺にガシッと縋りつくと、涙ながらに訴えだした。


「なんなのぉあの人! この僕が散々褒めた讃えてるのに、一言も反応しないなんて!」


 うわぁメンドクサイなこの人……。人の服で涙を拭くなよ。


「あ、寝てたんだよ。ギドさん、落ち着いて、まずは俺から離――」

「寝てないよぉ! だって僕が部屋に入るよって言った時だけ、ダメぇ!って怒鳴ったんだもん~! グスっ」

「そうかそうかお疲れ!」


 泣きつくギドを強引に引きはがし、すぐに退場させた。あれでも大公なのだから、世襲制は納得いかない。


「あの魔術、本当に役に立つのかしら……」

「やめろ、俺もその不安がよぎった」

「ま、まぁそれはそれとして、今度は私が行くね」


 とっかえひっかえご機嫌取りに来られたら余計に頭に来ないか? とか思ったが、ここは最もオーロラと仲良しなドナテラに期待だ。しかし――


「あの……。後にしてって、話も聞いてもらえなかった……」


 そして「あとはよろしく……」と言い残すと、背中をシュンと丸めて引き上げていった。丸投げだなんて……俺はアキヒサと目を合わせた。と、なぜかニヤリと笑みを浮かべると胸を張った。


「ロブ、ここは俺の出番の様だな。まぁ任せておけ」

「待って、その自信はどこから……」と言った時にはもう、スタスタ歩き出してしまっていた。嫌な予感がする。いや、でもギドが来るまで年長だったし、そうだ! 昨日幽霊に襲われた時、アキヒサはオーロラを庇ったじゃないか。そうだよ、俺と違ってアキヒサは何年も同じチームで戦場を共にしてる。きっと大丈夫……




でもなかった。ムスッとした顔で戻ってきた。


「俺じゃ相手にならないからロバートを呼んで来いだとよ。おら、さっさと行ってこい」

「え」


 アキヒサが強く押したせいで前によろめいた。ムッとして振り返ったが、そそくさと階段を登っていってしまった。あとでしっかり文句言ってやろう。


 ドアの前に立ち、呼吸を整えてからノックした。


「ロバートだけど」

「いいよ、入って」


 ドアを押し開けると、オーロラがベッドに足を組んで座っていた。促されるまま丸椅子に座ると、冷たい空気感を肌で感じた。変な緊張感が内に産まれた。


「さて、私が拗ねたからって今までのは何?」

「え……」


 その説明俺がしないといけないのか? 


「私たちが死んだらもう手が無くなるのに、なんでそんなにリスクを負おうとするの? 陽動を使うとか、他の手も考えず、頑張りますってだけ」

「そ、そんなこと言うなら今からでも何か考えれば……!」

「ねぇロバート。あなたたちは選択した。とっても安易な選択。その結果を知るべきだと思うの」


 それは、このまま魔族にやられてしまえと、そういうことか? 自暴自棄にでもなったのか? 他人事みたいに呆れた顔して、クルト号に乗ってる時点で一蓮托生だというのに。


「あなたはもっと、俯瞰で状況を見つめなさい。はいこれ」


 手に瓶を二つ押し付けられた。透き通ったライトグリーンの液体が入っている。


「……これは?」

「あなたとアキヒサで飲みなさい。それを飲めば魔術を強化できる。最悪の事態を避けられるかもね。全く、こんなに早く必要になると思わなかったから、随分探しちゃったわ」

「…………」


 俺は無言でオーロラの部屋を後にした。そんなに言うなら、ご想像を裏切ってやろうじゃないか。


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