ここまでの物語は……
ひんやりとした、壁も床も天井も一面水色の神殿。人の気配は無くて空気が動かない。そんな神殿の奥、祭壇で黄と紫の振袖を着た女性が水晶を見つめていた。眩い金色の髪をだらんと垂らして目を見開き、何やらそわそわしている。
「おおおおお!! すごいすごーい!」
突然、拍手と歓声が神殿中にこだまして、もう一人の小柄な女性がひょこひょこ飛び出てきた。この二人だけがこの神殿の住人である。
「キサラちゃんどうしたの!?」
寝癖と息の粗さが、驚いて飛び起きたであろうことを示唆している。茶色い紙は短くまとめられ、背の低さも相まって子どもにしか見えない。キサラと呼ばれた女性は苦笑いして起こしてしまった女性の髪を撫でた。
「ごめんユーナ! 起こしちゃったね」
「ホントだよ、ロバート君たちに何かあったの?」
「いっやぁ、そうじゃないかなぁ」
キサラは目を泳がせて、えへへと笑っている。ユーナが水晶を覗くと、そこに映っていたのはレースの表彰式だった。
「キサラちゃん、これ……」
「いや、面白かったんだよ! 王者VSルーキーなんてスポーツの醍醐味じゃん!? それにほら、この優勝した子はジェロニモ・ペテルセンのとこの出なんだよ。だからロバート君とも無関係じゃないだろうし、ね?」
自己弁護に熱を注ぐキサラを見て、ユーナは仕方なく笑った。
「キサラちゃんらしいね」
◆ ◆ ◆
キサラは寝室の布団に無邪気に身を投げた。神殿なんて形ばかりである。何を祀っているのかなど、彼女たちにはどうでもよいのだ。そこが家である。そりゃあ、落ち着けるような寝室もあるわけである。
「フカフカ~。ねぇユーナ、ブレイカーズだけどね、やっと五人揃ったみたいよ?」
ユーナは布団に寝そべりながら疲れた顔をしていた。
「長かったねぇ。やっとスタートラインだよ」
キサラはうむ、と目を閉じて髪の毛をいじっている。
「湖から産まれて十九歳まで平和な日々。その誕生日に魔族に襲われて、サシャさんを失う……」
「失うって、サシャさんはまだ生きてるでしょ?」
「そうだったね。その後、ドナテラ、アキヒサ、オーロラに出会う。ブレイカーズに加入して、空賊の成敗をして、セロと一戦交える」
「えっと……、ロバート君が幻術、ドナテラさんが宝石変化術、アキヒサさんが爆裂陣と五感強化術、オーロラさんが治癒術と防御術、だよね?」
ユーナは指折り数えて確認した。ちょうど五人。
「そうだよ。それぞれの宝石に封じられた魔術だね。セロとの戦いの後皇帝と謁見して、帝都の観光をした。酒場でテトラと出会って、戻った宿舎で永い眠りへ……」
「キサラちゃ……それなんか死んだみたい……」
「そーお? で、目が覚めたらリーデルホッグ島。ドナテラと何だか良い雰囲気になった。大学を経由して、デュモン領でペットゾウ・デュモンの幽霊と交戦。この時初めて、ロバート君は自力で勝ったね。そしてようやくギド・デュモン大公と出会う」
「簡潔にまとめると何だかつまらないね」
「そうだねぇ。まぁそういうものなのだよ、ユーナ殿。既定路線だからね。でも楽しみはいくつかあったよ」
「例えば?」
キサラはフフフ、と得意気にほくそ笑んだ。
「ロバート君の中に潜んでいるやつさ、そのヒントは揃っているのだ。ロバート君がいつ気付くか、それが楽しみかな」
「そうなんだ。私よくわかんなかったよ」
「まぁユーナは魔族を見るのが役目だもんね、仕方ないよ。魔族はどうなの? 何か進展あった?」
うーんと、少し考えてから、ユーナは口を開いた。
「みんな仲良くなった!」
「へ?」
「あ、ごめんね! セロさんが復帰したことでね、色々あったんだよ。ラグレーさんをロバート君に殺されてさ、デキンスさん暗かったの。でも少し明るくなった。メルナドールさん達の演奏会にも行っててね、すっごい素敵だったなぁ……。私もキサラちゃんに何か演奏してあげられたらいいのに」
「えへへ。それもいいけど一緒に演奏したいな」
キサラは楽しそうに笑って隣の布団まで転がり、顔を赤くしたユーナの頭を撫でた。
「ユーナは本当にかわいいなぁ」
「もぅ……。あ、あとリナス元帥が変化薬を手に入れてたよ!」
「ほっほぅ。それはそれは」
そこで言葉が途切れて、二人は布団の上でだらっとしていた。
しばらくして、ふとキサラが口を開いた。
「そういえば、ロバート君おかしいんだよね」
「ん? 何が?」
「いやね、サシャさんに酷いことされた割にはどうにも魔族に対する恨みが弱いっていうか……」
「あぁ、言われてみればそうかも!」
「でしょ? もしユーナが酷いことされたら、私絶対に許せないもん。何があっても守ってあげるからね」
そう言って額にキスをしたので、ユーナの耳は一気に赤くなった。
「キサ……」
キサラの顔を直視できず、ユーナは押し黙った。
用語とアイテム(簡易)
・この世界
浮遊する二つの大陸と、それぞれの周辺に点在する島々を舞台としている。大陸は人間と魔族が一つずつ所有する形になっている。
・人間
何百年も前に魔法の能力を喪失した。
・魔族
人間を敵視し、逆襲を画策。
・防衛壁
人間と魔族の生活圏を分断しているバリア。近頃になって効果が切れだした。
・木彫り人形
ロバートが父から贈られた小さな人形。村の伝統工芸品。
・小箱
サシャが用意していた、ロバートへの誕生日プレゼントと思われる物。黙って開けるのもアレかと、今も未開封で船室に引き出しの中。リボンに手紙が差してある。
・黒い本
タイトル"世界解剖学"。マジシャン、テトラによって書かれたらしい図鑑のような本。
・宝石
魔術を封じた五つの宝石。翡翠、紺碧、紫、黄金、無色の五色。
・ブレイカーズ
宝石継承者五人から成る、魔族殲滅を目的としたチーム。皇帝の血筋であるドナテラ・トロプをリーダーとし、オーロラ・ホープ、アキヒサ・アサマ、ロバート・ドルド、ギド・デュモンで構成される。
・クルト号
ブレイカーズ所有の魔空挺。魔法の力で動く、数百年前の遺物。八つの個室、会議室、物置、キッチン、客室と五人で使うには充実の広さ。
・飛空船
不思議な技術で空を移動する、大型の船。動力は燃料エンジン
・五英傑
ブレイカーズの祖先にあたる、八百年前に起きた戦争の英雄。宝石も彼らによって作られた。
・帝都
人間の大陸にある巨大都市。
・ペテルセン商会
会長ジェロニモ・ペテルセンによる、帝都最大規模の商会。ペテルセンに関してはあまりいい噂がなく、ドナテラは嫌悪している。
・リーデルホッグ島
ハイレベルな学術と工業の都市を持つ。
・彩聖郷
魔族の大陸にある要塞都市。ほぼすべての魔族がこの都市で生活を送っている。