決勝
予選も終わった夜、カロピタ・ラボのメンバーが一室に集まっていた。翌日の戦略会議だ。パイロットのペルラ、チーム代表のカロピタ、チーフテクニカルディレクターのミルコ、ストラテジストのワデュレ・スメドレイ。
ワデュレが決勝のコースマップを広げた。予選では高原を飛ぶだけだったが、決勝ではリーデルホッグ島全域を飛ぶことになる。コースは大きく三つに分割される。
・谷間エリア:崖の谷間を縫うように飛行する中難度セクション
・市街エリア:都市上空を飛行する。許容高度が低めに設定されており、高い建造物が障害物になる高難度セクション
・高原エリア:都市郊外のコース。見通しが良く飛行難度は低めで、各機激しい勝負が展開されるままフィニッシュを迎える
「このそれぞれのエリアの交差点にピットレーンが設けられます。つまり二回給油の機会があるわけです」
「一番標準的な作戦ってどんなの?」
「そんなことも知らないんですか……シッカリしてください代表」とワデュレはカロピタをたしなめる。
今回なぜ、カロピタがS.S.にエントリーしたのか。それは優勝者に賞金とは別に与えられる副賞、魔道砲を手に入れるためだった。その昔に使われたとされる魔道砲は壊れていて使うことが出来ない。ただの骨董品としてかなり価値のあるものだが、カロピタにはそれを修理できる自信があった。
しかしカロピタの意思でそれの獲得を目指している訳ではなかった。依頼したのはジェロニモ・ペテルセン。彼の莫大な支援のおかげで競争力のあるシップを開発出来たのだ。
それを知らないワデュレは顎を撫でた。
「そうですね。軽めに積んで一か所目でピット、後半勝負で二か所目にピット。の、どっちかです」
「ピットに入らない選択肢は?」
「最大まで燃料積んで慎重に飛べば理屈の上では持ちますが……ペルラはどうしたい?」
足をテーブルの上で組んで聞いてるのかいないのか。天井を見ていたペルラはワデュレを見ずに答えた。
「給油あり。二つ目でお願いするっす。クリスチャンと勝負するなら燃費飛行とかはあんまり出来ないだろうし」
「……わかりました。それでいきましょう」
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『いよいよこの時がやってまいりました! 各パイロット、予選結果に従ってのゆっくり編隊飛行です。スタートパイロンを過ぎた時、総勢二十四隻による待ったなしのバトルが始まります。スタートポジショントップ5は、ヴァイカート、バルタネン、ソルベルグ、ラウダ、ベゼネイとなっています。今ヴァイカートがスタートパイロンの間を通過しフル加速! 後続も続いて、スタートしていきます!』
最初の区間は谷間。それなりに横幅はあるものの、ところどころ横岩が飛び出ているためディフェンスしやすいエリアである。
ペルラはまずは様子見のつもりで、ヴァイカートのペースに合わせていた。
(予選でみせた飛行と比べても、だいぶ抜いた飛行……。向こうも様子見か)
その時シップを横にしながら、崖ギリギリでペルラの横から一隻飛び出してきた。前に気を取られた一瞬の油断を突かれ、ペルラはよろめき、さらにその隙を突かれてもう一隻先行を許してしまった。
(あああもう! あたしらしくもない!)
順位はヴァイカート、ラウダ、ソルベルグ、ペルラと変わった。
(横から来たのはラウダか! さすがにえげつない飛び方っすねぇ)
ラウダはそのままヴァイカートを追い抜きトップに上がった。ヴァイカートはラウダの飛行ラインをなぞるようにピッタリ後ろに着いた。
(ヒーロー……。わざと前に出したっすね。随分と慎重じゃないっすか)
ペルラも風除けにソルベルグの後ろに着こうとしたが、目の前で一気に下降された。
(? あんな地面ギリギリまで下がって何のつもりすか)
地面際は横幅が極端に狭く、ベテランでも通らない飛行ラインだったが、すぐに左右右左左と連続するタイトな区間に入ったので、ペルラはソルベルグを気にする余裕がなくなった。そこは谷間セクションの鬼門となる区間で、毎年何隻か岩壁の餌食になっている。あまりリスクを負わないように通過すると直線区間に出た。そこで耳を澄ます。
(この感じだと後続との差は多少ついた! イケル!)
直線に入って前の二隻を捉える。ペルラはヴァイカートの後ろに着けて、追い抜く機会を窺った。
その時、地面すれすれに下降していたソルベルグが急浮上してきた。もうラウダの6メートルは前方で、瞬く間に見えなくなった。
(あの狭い区間でよくもまぁ前に……。でもあの飛ばし方、燃料を積んで無さそうっすね)
ラウダら三隻は連なったまま飛行を続けた。
ペルラは何度もシップを上下左右に振って追い抜きを試みていたが、ことごとくブロックされ、若干のいら立ちが生まれていた。
(クッソー! 意地でも抜かせない気っすか!? ラウダもソルベルグも前に出したくせに!)
突破口を見いだせないまま一つ目のピットに差し掛かった。予想通りソルベルグはピットに入っている。ペルラはそこで端に下降する、ピットに入るような挙動を見せた。今度はブロックしてこない。
(見えた!)
ペルラが操縦桿のボタンを押すと、エンジンが大きく唸り声をあげて加速した。ヴァイカートは慌てて高度を合わせてブロックしようとしたが、ペルラは地面すれすれを飛んで、ヴァイカートの真下から一気に前に出た。
(最っ高っすよ、ミルコさん! いいエンジンっす。ヒーロー、あたしは先に行くっすよ!)
ハイパワーを生かし、そのままラウダも抜いて首位に躍り出たペルラは市街エリアに突入し、ずんずん後続を引き離しにかかった。
しかし、追い抜かれたヴァイカートは冷静だった。
(もう少し押さえておきたかったが、まぁ十分だ。マティアスの後ろを飛んでるおかげで大分節約も出来たしな。だがもう少しペースを上げねば)
ヴァイカートがフェイントをかけながらラウダを抜いて二番手に上がり、ペースを若干速めた。それでもペルラのシップからじわじわ離されていく。
(あんなペースを市街エリアで維持するつもりなのか? 俺もあまり燃料に気を使ってられねぇか)
ペルラはもう前だけを見て飛び続けていた。
(はい! ほい! そい! よいっと!)
規定高度ぎりぎりまで上がっても、いくつかの建物が障害になる。これに当たると大抵は大怪我を負うし、損壊分の請求で破綻してしまう。最悪の場合はエンジンが爆発し、パイロットは天国まで飛んでいくことになる。間違った度胸試しとして悪名高いセクションだが、それだけ見る側には迫力がある。規定コースから最大限離れた場所には多くの観客が、いつもと違う街に目を輝かせているのだ。
ペルラはその中でもスピードを緩めなかった。飛ぶことに自信を持ち、喜びを持っていた。燃料が予想よりも残っていることを確認し、さらにエンジンの出力を上げる。ゾーンに入っていた。無心で体が動き、シップは鮮やかな飛行で市街エリアを駆け抜けていく。ヴァイカートとの差もかなり広がっていた。もう1ピット分程度の差があり、逆転は難しいだろうとペルラは考えた。
(あたしが最速ですよ、ヒーロー!)
そのまま危なげなく、ピットにたどり着いた。慎重に着陸し、チームガレージの前にシップを止めた。チームスタッフがかけより、給油ホースをシップに取り付けている。
ミルコとワデュレがペルラに駆け寄った。何か焦っているように見えたので、ペルラは首を傾げた。
「何かあったすか?」
「ヴァイカートはピットに入らないつもりだ! ここまでのスローペースはエンジンを抑えての燃費飛行だとしか思えない!」
「何ですって!?」
そこで給油ホースが外された。急かされるままピットを出て離陸すると、目の前にヴァイカートのシップがあった。後方にラウダもソルベルグも見えては来ない。ヴァイカートはペルラだけをライバル視していた。
(ヒーロー、だから谷間エリアであんなにディフェンスしたんすね。あたし馬鹿だから気付きませんでしたよ。でも! 負けない!)
最終エリア、高原。二人の邪魔をするものはない。