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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Side Part 第20回 スピードシップ
33/56

予選タイムアタック

『 【第20回 スピードシップ開幕!】 

 今日の午前、第20回スピードシップの予備予選が行われました。

 トップ通過を決めたのは直前に急遽エントリーした、カロピタ教授が代表を務める『チーム・カロピタラボ』練習飛行も行えないまま迎えた戦いだったものの、ルーキーパイロット、ペルラによる巧みな飛行も光り二位以下に大差をつけての予備予選突破。明日の本予選ではどんなタイムを記録するのか、早くも注目が集まっている。二番手で予備予選を通過したのは―― 』


 各チームのメンバーが控える夜のピットボックスで、カロピタは日刊貴国を読んでいた。そこから目を離して右を向くと、全長6メートルほどの競技用シップがある。その外見は飛空艇とは全く異なる。鳥のような両翼を持ち、一人乗りの鋼鉄のシップ。それを見るカロピタの目には自信が見え隠れしていた。

 その内部をいじっていたミルコは作業が済んだようで、黒くくすんだ軍手を着けて戻ってきた。


「エンジンは完璧ですよ。予選ではもう少しパワーを上げれるはずです」

「ありがとう。さすがはレバンニ君。僕には機体は造れてもエンジンは造れないからね。それより見たこれ? 明日の予選タイムアタック順位の賭け倍率予想」

 カロピタが指さした新聞の項目をミルコが覗き込む。

「はぁ、うちは八十二倍ですか。午前のタイムは大会レコードよりも十秒は遅かったし、妥当でしょう」

「そうかもしれないけど、この僕のチームだってことにもう少し期待をかけてほしいものだよ。世間様ってやつは技術屋を何だと思ってるんだろうね」


「ウィーす!」

 突然ピットボックスに迷彩服を着た小柄な女性がやってきた。声量に驚いてカロピタはきゃっ、と声を漏らし、不満そうに女性を見た。


「ペルラさん、こんな夜中に大声を出さないで下さい。それに明日のために早く休むように言ったじゃないですか」


 その女性――カロピタラボ所属のパイロット、ペルラは高らかに笑い返した。

「いいんすよ! あたしは今日遊覧飛行しかしてないから、疲れてもないんす」

 ミルコは驚いたのか目を見開いた。

「あれだけ激しい飛行だったのに遊覧? 信じられないな。でもそれが本当なら困るよ! エンジンの限界領域での負荷が予測しにくくなってしまう」

「心配ないって、元海賊さん。あのエンジンは壊れないし、他の部品も壊れない。今日乗ってよーーーくわかった。二人ともさ、さっさと休みなよ。このシップを造ってくれた時点で、あんたらの仕事はほとんど終わってんだ。微調整ももう必要ないよ。この先はあたしの領分だ、誰よりも速く飛んでやるさ」


 自信に満ち溢れたペルラを見て、カロピタは研究者としての自分を重ねた。(きっと、僕も普段こうみえてんだろうなぁ)と思いながら、ミルコとシャッターを降ろした。


「じゃあお二人さん! 飲み行きましょうか!」

「それはだめ」

 期待に満ちた顔で提案したペルラだったが、敢え無く却下となった。


****


 予選会場はリーデルホッグの都市から少し離れた高原にあった。何本も建った観戦塔や斜面に多くの観客が集まり、空中を駆け抜けるスピードシップの始まりを待っていた。場内のスピーカーから実況が聞えだした。



『第20回スピードシップ予選の時間がやってまいりました。特設の観戦塔から見つめる観客たちの顔にも緊張が走ると言う中、まずはどんなドラマが待っているのでしょうか。実況はこの私シオバラと、元スピードシップパイロットのロック・マスさんにお越しいただいています。


 この予選ではリーデルホッグ島の既定のルートを駆け抜け、そのタイムで決勝のポジションを決定します。全30隻が順に、一度のみタイム計測を許され、下位6隻は予選不通過となってしまいます。マスさん、どんなところに注目しますか?』


『んー、今日は天候も良好で風もないんでね、気象の有利不利がない、純粋なタイムアタック勝負なるでしょう。そうなると波に乗ってるクリスチャン・ヴァイカート、注目したいね。ヒイラギS.S.チームが彼に用意したシップも相当速そうだしね。それから―――』



 予選が始まっていく中、カロピタはコックピットに収まるペルラを覗き込んだ。耐火スーツにゴーグル、ヘルメット。飛行中に事故があってもあまり役立ちそうにない。

「僕らは五番目にタイム計測だ。単走だけど、事故には注意して――」

 ペルラはゴーグルを外し、ため息交じりにカロピタをみた。

「くどいなぁもう。大丈夫っすよ。このコンディションでミスるなら、それはプロじゃないっす。ほら、もう離陸レーン行くんで離れて下さい」


 しっしと追い払われてカロピタは仕方なく離れた。シップの車輪がコキコキ動いてペルラが飛んで行った。


「意外ですよ、カロピタ代表。あなたが学の無い人を心配するとは」

 ピットに戻ったカロピタにそんな言葉が向けられた。

「大学のヒエラルキーとは違うからね。ここで一番偉いのは彼女のようなスーパースターだ。シップの技術は進みすぎて、この十年は汎用化出来ないだろう。でもパイロットの輝きは瞬時に人の心を変え、人生を変えるんだ」

 ミルコはいつもよりも大きく目を開けて、言葉を失った。

「…………! そういう物の見方だったんですか!」

「何だと思ってたの?」

「学の無いやつは屑」

 カロピタの足が脛を蹴った。ミルコは目尻に涙を浮かべて脛を抱える。

「海賊くん、そんなことよりペルラの勇士を見よう」


 ペルラの飛行は見事だった。一切無駄の無い正確なライン取り、減速加速。そして一瞬で見えなくなった。そわそわしていると実況が聞えてくる。


『ペルラ・バルタネン選手、第一、第二セクションを最速で通過! S.S.――スピードシップの略称――の予選レコードを大幅に更新する驚異のペースです! さぁ今フィニッシュラインを通過! タイムは3分12秒02! なんと6秒近くレコードを上回って見せました!』


 二人は驚いて目を見合わせた。 

「なんと……」

「理論的ベストタイムよりも4秒も速い! さすがペルラ、あの人が育成しただけのことはある……」


 その後も首位に立ったペルラのタイムを更新するパイロットが現れないまま最終走者を迎えた。既にピットに戻ってきたペルラも見守る中、クリスチャン・ヴァイカートがタイムアタックに入る。

 彼が離陸するのをペルラは嬉しそうに眺めていた。ミルコはそれに気付いて、その理由を尋ねた。


「あぁ、あたしの憧れのパイロットなんすよ。最初から首位をかけて戦えるなんて、夢みたい……。知ってます? あたしは皆さんのおかげで最初から速いシップ乗れてますけど、事故らないように飛ぶのがやっとのシップでキャリア始まるのが普通なんすよ。だからあたしはね、あのシップとなら心中出来ますよ」

「やめなさい、縁起でもない」

 カロピタが心底嫌そうな顔をした。

 また実況が流れてくる。


『ヴァイカートが全体ベストタイで第二セクションを通過! 防衛王者としてルーキーに負けるわけにはいかない、そんな思いでしょうか! シップと自身の実力を絞り出して今、フィニッシュ! タイムは3分12秒01です! わずかにコンマ01秒、ルーキーバルタネンを上回りトップの座をもぎ取って見せました!』


 負けた。半ば勝利を確信していたカロピタとミルコは愕然とした。


 しかしその横で、ペルラは喜びに打ち震えていた。

(ヒーロー……! あたしのヒーロー、クリスチャン・ヴァイカート!! 待ってて下さい、明日あなたを超えます!)


【第20回 スピードシップ予選で波乱! 王者vs無名の新人】

 先日行われた第20回S.S.予選の結果は誰もが驚くものとなった。トップを手にした王者ヴァイカートと2位に着けた新人バルタネンの差はわずかにコンマ01、それも両者レコードを大幅に更新するものだった。以下、予選後の両パイロットと所属チーム代表のコメントとなる。

 

 クリスチャン・ヴァイカート(1位)

「今日は最高の飛行が出来たよ。チームのハードワークに感謝しないとね、シップは私の手足のように繊細に動いてくれたんだ。最速が獲れて嬉しいけど、油断はないよ。全ては明日(決勝)だからね。それからペルラにも賛辞を贈らせてもらう。非常に手強いライバルが出てきたね」


スイカ・ヒイラギ(ヒイラギS.S.チーム チーム代表)

「レコードの更新と首位を獲ったことに満足している。この結果はスタッフとクリスチャンの努力に相応しい。決勝に向けても万全の準備を整える」


 ペルラ・バルタネン(2位)

「僅差での敗北はとても悔しいですね。いつだって改善の余地はあるものですが、あまり考えすぎないようにします。とは言えこの順位は決勝に向けて悪くない位置です、前に一隻しかいないですからね。今夜はしっかり眠ることにします」


 カロピタ・ノセ(カロピタ・ラボ チーム代表)

「勝てると思っていたので非常に残念だったが、真摯に受け止めている。明日の反撃に向けて今夜はやることが多そうだ。明日もペルラとクリスチャンの素晴らしいバトルを楽しみにしている」


 カロピタ・ラボ陣営は挑戦者としての闘争心が見え隠れしている。午後3時からの決勝レースをお楽しみに!


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