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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 3 5人目のブレイカーズ
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31 五人目のブレイカーズ、ギド・デュモン

 灰色の岩山に囲まれた、幽霊に守られたデュモンの土地。さぞかし陰気な街なんだろうと思っていたのに、城の窓から見渡せる街並みは中々煌びやかで帝都とそう変わりない。ちょっと悔しい。


「往々にして想像は現実に勝てない! そういうものだろぅ?」


 痩せた男が勝ち誇った笑みを浮かべた。彼の名はホセ・デュモン。幽霊に案内されるまま城に着くなり現れた。今のデュモン領の統治者は自分だと言って、城内の案内を始めた。

 ホセは散々俺たちを連れまわした後、広い応接室に招き入れた。天井にシャンデリアが豪勢に輝いている。やたらと横に長い白い机に花瓶が置かれ、ピンクの花が刺してある。その花の、甘く優しい匂いが部屋に充満していた。

 ホセは、自分が一番偉いのだ! と言わんばかりに、上座の全員が視界に入る位置に座った。


「早く君たちも座り給えよ!」


 やたらと尊大な態度に内心イラつきながら、俺たちも渋々席に着いた。ホセから見て右手に俺・ドナテラ、左手にオーロラ、アキヒサ。


「では改めまして、私がデュモン現当主の……」

「それはさっき聞きました。私たちはギド・デュモン大公のもとに案内してくれると言うから、あなたについてきたんです。大公はどちらに?」


 オーロラはホセの話を聞く気など毛頭ないようで、容赦なく言葉を遮った。俺もホセの言葉を聞く気はなかった。なんせこの男、ブレイカーズや魔族のことを欠片も知らないようなのだ。

 ホセがオーロラを睨んで何か言いかけた時、背後にヌッとレンズの無い眼鏡をかけた白髪頭のおじいさんが現れ、その頭に拳骨を叩き落とした。ゴツッと鈍い音が鳴る。あぁ……痛そう。ホセが痛みで頭を抱えた。おじいさんはそんなホセを見下ろし、胸ぐらを掴んで詰め寄った。


「おいホセ。お前はまともに案内も出来ないか? ここにお連れしろと言ってから何分かかってんだ、え? それからシムス鉄工所の監査報告書、ありゃなんだ? 教えたことは守れ、この馬鹿が。さっさと修正してこい!」

「は、はいーー!」


 ホセは顔を蒼くしてバタバタ逃げ出した。おじいさんは目を細めてそれを見届けると、俺たちに向き直り頭を下げた。


「申し訳ない。あれでも僕の息子なんだ、多めに見てやって下さい」

「ではあなたが?」

「えぇ、僕がギド・デュモン。無色の宝石継承者です。お待ちしていました」


 この人が……? 見た目六十歳くらいのこんなおじいさんが、魔族と戦うのか? アキヒサがわずかに身を乗り出し、デュモン大公をじっと睨んだ。


「なぁ、先に謝ることがあるだろ? なぜ幽霊を俺らにけしかけた?」


 終始俯きがちだったドナテラの肩がぴくッと動いたのを目の端に捉えた。正気には戻っているが、立ち直ってはいない。過呼吸で震えていたドナテラの姿を思い出すとキュッと首が絞まる気持ちになる。


「はぁ? 今なんて言った?」


 はっ……。ドナテラのことを考えてて聞き逃した。デュモン大公は何て?


「ですから、僕はそんな命令を知らないと言ったんです。霊にはあなたがたが見えたらすぐにお通しするよう、指示していたくらいです」

「そんな嘘が通じるか! とらえようによっちゃ、デュモン家は帝国に戦争をしかけたとも言える! 何が腕試しだ」


 アキヒサが過熱していく一方でデュモン大公は眉をひそめた。何となく、とぼけてるんじゃなくてマジなんじゃないかと思える。もしくはボケてるか。


「そんな馬鹿な。そんなことする理由が―――」

「まだ言うか!」


 良くない、このままだと水掛け論だ。……そうだ! 


「あの、幽霊に証言させればいいのでは?」


 は?と冷たい目を向けられた。うーーん、失敗したか?


「なぁロブよ。そんなもん、向こうの有利なこと言うに決まってんだろ?」


 アキヒサの意見を否定できず口をパクパクさせた。デュモン大公も笑い出す。ああ味方がいない。


「そもそも、幽霊は喋りませんよ? 死人に口なしじゃありませんけどね」


 今度はデュモン大公が「は?」と言われる番だった。


「いや、襲ってきた幽霊思いっきり喋りましたよ」


 デュモン大公は首を左右に振り笑っていたが、それが本当のことだ俺らが真顔で言うので今度は困惑しだした。彼はとても深刻な表情で眼鏡に手をかけ呟いた。


「魔術――降霊」


 降霊術……。机の上にぼわぁっと、あの眼鏡幽霊が出現した。ボロボロだった体は見事に元に戻っている。俺たちは反射的に身構えた。ヒッ、とドナテラの声が聞える。

 デュモン大公が静かに幽霊に話しかける。


「おい、お前はこの人たちを攻撃したか?」

「したよ、ギド。我は我の意思で、この者たちを試した」


 平然と幽霊は答えた。デュモン大公は口をあんぐりと開けて、信じられないという風にポカーンと立ち尽くしてしまった。

 幽霊は攻撃する意思が無さそうだったので安堵してまた席に着いた。俺はドナテラに椅子を寄せた。すっかりこの幽霊がトラウマになったようで顔色が悪かった。膝の上できつく握られた拳を、出来るだけ優しく握った。震えが徐々に収まり、ドナテラは髪の隙間から俺を見て「ありがとう」と小さく呟いた。良かった、持ち直したみたい。小さくうなづき返して、幽霊と老人に目を戻した。

 両者向かい合ったまま微動だにせず、もはやどっちが幽霊か? というレベルだった。よく見たら、顔も心なしか似ている。


「どういう……状況?」


 俺の言葉で我に返ったデュモン大公は、幽霊にやや感情的な声をあげた。


「お、お前言葉を話せたのか? 先代も先々代もお前は言葉を喋れないと……」

「我はもう、この世界からほぼ引退した身。口出しはすまいと決めていた。だが、やつらとの戦争であれば無関係ではない」

「それはお前が……あなたが五英傑の一人だからか」

「左様」


 五英傑……ってなんだったかな。聞いたことは間違いなくあったが、思い出せない。幽霊が俺たちを順繰りに眺めた。


「先ほどは不躾な真似をしてすまなかった。我の独断だ、ギドを責めないでくれ」

 そう言って浮きながら頭を下げた。アキヒサも何だか戸惑ってしまってデュモン大公に謝った。目から怒りが消えていたし、まあこれで良かったんだろう。


「…………わかった。でも、この幽霊が五英傑の一人ってのは信じられな――」


 堪らず俺は手を挙げて遮った。


「待て、待って。五英傑って何ですか」

「私も知らない」


 オーロラも便乗したのはちょっと驚く。何でも知ってそうなのに。幽霊は俺のペンダントの宝石を指さした。


「魔法の宝石があるだろう。それを作った五人の総称、って言うと語弊があるか。約八百年前の人間と魔族の戦争を知ってるか?」

「そういうことがあった、ということだけは」

「うむ。端的に言えば、戦争で最も活躍した五人、ということだ。その五人とは――」


 ドナテラがポツリと口を挟んだ。

「我が偉大なる先祖、初代皇帝シュニャイク」


 アキヒサも続く。

「村を豊かにしたクァトラス様は俺の先祖だと聞いてる」


 デュモン大公も

「僕らの守護霊、ペットゾウ大魔導」

と続いた。

 俺とオーロラは続くことが出来ないのは、何とも教養がないっぽい感じがしてむずかゆい。


「ロブ、そんな顔するな。他の二人は名前がわかってないんだ」 


 中々に下手な慰めを得た。五英傑という名称までついて英雄の名前がわかってないとか、普通にない。そんな俺の考えをドナテラは察したらしい。小さな声で教えてくれた。


「アキヒサのは本当だよ。私はリーデルホッグ大学にいた時に歴史についても散々調べたけど、戦争の記録はほとんど残ってないの。何で戦争が起きたか、どんなものだったか、戦後の表舞台から降りた五英傑について。誰も知らないの」


 今のドナテラが嘘を吐くとも思えなかったので、俺は今の考えを引っ込め、心の中でアキヒサに謝った。幽霊がうむ、と頷く。


「上手いことやったろ? 我々は戦争のことを隠匿したんだ。後世に伝える価値のない情報だからな。五英傑の残る二人だが、二人とも戦後しばらくして消息を絶った。翡翠のグリム、紺碧のパンターネロ。結局死ぬまで、いや死んでからも会うことは無かったよ」


 グリム、それが俺の先祖? どっかでその名前を聞いたような気もするが……ピンとこない。幽霊はスーッと、デュモン大公の背後に回り目を閉じた。

 一瞬沈黙が生まれ、そこでようやくドナテラが顔を上げて、デュモン大公を見た。


「まぁいいです。それはそうとデュモン大公、我々ブレイカーズに加わって頂けますね?」


 そう言えばその本題がまだだった。ドナテラを見たデュモン大公はホッと胸をなでおろした。


「はい。ただ、問題がありまして」 

「あの息子さんか?」


 アキヒサの意地の悪い突っ込みに、デュモン大公はバツの悪そうな顔をして首を振った。


「あれは個人的な問題です。そうではなく、この宝石に封じた魔術のことです」


 そう言いながら、眼鏡に指をかけた。あのガラスのような縁、まさかあれが? 宝石の雰囲気がまるでない。

 デュモン大公が言うには、降霊した幽霊は強力だがデュモン領の外に出られないらしい。つまり、魔族との戦闘には全く役に立たない、ということだ。代わりに使える魔術が二つ。

 一つは魔法反射の魔術。防御と攻撃を両立できるが、カバーできる範囲は自分一人が精一杯だそうだ。


「もう一つはこれ。魔術――全盛期!」


 は? 全盛期?? 何が起きるのかと見ていたら、デュモン大公がみるみる若返って、二十代くらいの若者になってしまった。思わずうわっと変な声を出してしまった上げた。若返ってフフンと笑った顔はホセと瓜二つだし、背後で直立する幽霊とも実に似通っていた。


「どうです? これのすごいところは常に最高潮でいられるところでしてね、この術を使ってる時僕は! 常に絶好調でいられるのです! このギド・デュモンは眼鏡から全てを見通し、俊敏な思考で魔族を討ち果たすでしょう! さぁ、慄くがいい! 勝利へのカードが今揃ったのだ! ハハハハ!」


 俺たちみんな後ずさる。突然若返ったどころか、明らかに別人になってしまった。


「これは何の冗談なの……?」

「お姉さまより酷い」

「劇団員かこいつ」


 みんな口々に漏らす。唾を飲み込み、次は何を言い出すかと眺めていたら、今度は逆に年老いて元に戻った。

 

「と、まぁこんな感じでしてね。色んなものが全盛期というか全開というか、いざ戦闘になると案外役に立ちますが、普段は鬱陶しいだけなので使いません。まぁ、よろしくお願いします」


 ブレイカーズ最後のメンバー、ギド・デュモン。かなり癖のある後輩が来たのだと悟った。 

ギド・デュモン:五人目のブレイカーズ。無色の宝石(眼鏡)の継承者

ホセ・デュモン:ギドの息子。執政の立場にある


五英傑:魔族と人間の戦争の功労者で、宝石を作った。

シュニャイク ― ドナテラ、クァトラス ― アキヒサ、ペットゾウ ― ギド、パンターネロ ― オーロラ、グリム ― ロバート(先祖の五英傑 ― 末裔の継承者)

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