2 カウントダウン・バースデイ
・祭り当日・
本年も盛況なり。千客万来。客は主に帝都から来てるみたいだ。田舎ののどかな雰囲気が、帝都人には魅力的なんだろう。俺もいつかは行ってみたいものだ。
「おっきい飛空船だったね」
姉ちゃんと空港でビラ配り終えて、イベント実行委員会――わずか二人――のテントで一息ついていた。二人とも椅子に座って、汗を拭いて扇子を仰いだ。しかし、この冷えたお茶のうまいことうまいこと!
今は午後三時、『陽姫の奇跡』と題したショーまであと四時間。
「さすがに大型船は迫力あったな。行ってみたいなあ、帝都。姉ちゃんは前に行ってたよね?」
「あぁ、三年前だっけ? 帝都なんて田舎慣れしてると疲れるだけだよ。ここみたいに平和じゃないし。遊びが目的ならもう行かないかなぁ」
「それは行ったことあるから言えるんだよ。知ってて行かないのと知らないで行かないじゃ大違いさ」
姉ちゃんは足を組みながら、「理解できないよ」とでも言いたげな顔をした。
「一理あるのかなぁ。あ、そういえばさっき新聞買ってきたよ。帝都で売ってるやつだからもう一週間以上は前の記事になっちゃうけど、読む?」
「読む読む。見せて」
受け取ったソレは『日刊貴国』という新聞だった。帝都からの観光船に乗って、こうした中心文化のおこぼれがこの田舎にもたどり着く。
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『税率引き上げか? 民衆の反対根強く 記事:ハンク・シュトゥック』
皇帝ジャック・トロプが複数の項目の税率引き上げを示唆したことに対し、帝都の住人の間に不安の声が広がっている。皇帝は以前より兵器開発に力を注いでいるが、その財源強化に充てられると見られている。しかし、空賊に対する装備は既に先行投資しており、さらなる開発の必要性に関しては疑問視する声が強い。一部には「魔族侵略に備えるためでないか?」という陰謀論者もいるが、「初代皇帝による不可侵の防衛魔法は絶対であり、その心配はない」と皇帝自ら否定した。
『影のエリート部隊、ブレイカーズの謎! 記事:ピーター・セオドール』
名前だけが認知されている帝国の秘密部隊、ブレイカーズは実に謎が多い。部隊の存在理由は明かされておらず、所属メンバーもドナテラ第二王女以外は明らかになっていない。皇帝の側近によれば、「最も人類にとって有用な部隊」だそうだ。部隊の規模は分かっていないが、選ばれし者として皇帝の寵愛を受けているとされる。これほどまでに徹底して隠されるブレイカーズとは何なのか、セオドールの名に懸けて取材を継続していく。
――――
そこまで読んで新聞から目を離した。あまり長々と文字を読むことが得意ではないし、この紙とインクの匂いで眠くなってしまいそうだったから。
「もう読まないの?」
「うん、ありがとう」
新聞は姉ちゃんに返した。
「そんなんだから世間知らずになるのよ! そうだ、あれは読んだ? 私が三年前帝都に行った時、買ってきて上げたがあったでしょう」
本、本? あ! あれか。姉ちゃん帝都土産の中に、そんなのもあったな。
「読んだよ。"世界解剖学"だっけ。何というか、読み物として面白かった記憶があるよ」
黒い装丁だったその本には、大陸や島が浮遊している理由や人間と魔族の関係について書かれていた、ような気がする。それがどうかしたのだろうか。
「私もあれザっと読んだんだけど、わりとめちゃくちゃっぽいから気をつけてね」
「え。それ言うの、三年遅くない?」
「遅くないよ! だってまだ恥かいてないでしょ? この村に引きこもってんだし」
引きこもってるだって。帝都までの飛空船がいくらかかるか知ってる人間の発言とは、全く思えない。
「本当に姉ちゃんいつか痛い目みるぞ?」
「それは怖いなぁ」と言ってわざわざ立ち上がって、また抱きしめてきた。十六年に及ぶワンパターンのこの行為。今回はとびきりの威力だ。悪い意味で。
「暑い! 汗かいてんじゃねーか汚い!」
さっき暑い中ビラ配りをしたのだ。胸の辺りなんか特に蒸れて、湿り気がひどい。俺は脱出を試みているが、意外と力があるのがこの女だ。強引に抑え込んで笑っていた。
抵抗を諦めるとようやく拘束が解かれた。
「アハハハ! ごめんごめん。でも汚いは酷くない?」
「俺の屈辱に比べれば知れたもんよ」
「何それ変なの。よし! まだ時間あるしお祭り楽しもうよ」
「うわ!」
手を引っ張られて強引に連れ出された。手綱を握られている身としては、ショーまでに体力が尽きないことを祈ることしか出来ない。
◆ ◆ ◆
日も暮れてショーまであと十五分となった。姉ちゃんもさすがに緊張しているようで、テント内をそわそわ歩き回っていた。さっきまではしゃいでいたのだが。
「ねぇ、少し落ち着いたら?」
はっとした顔でこちらを見る。と、おおげさに頭を抱えた。
「ロブに言われてしまった……。昨日までがちがちだったやつに!」
「はいはい。俺はもう一通り緊張したから大丈夫なんだよ。もうやれること、ないし」
何か気に障ったのか、椅子に座ったその顔がムーっとしている。
「私はねぇ、ロブが失敗するとは思っていないよ。これ~っぽちも。私の考えた通りのイメージが最初から出来てたし、練習は何度もしたしさ」
「それならずっしり構えててよ」
姉ちゃんは首を振った。
「もし受けなかったら、見てくれたみんなが冷めてしまったら? それは私の責任だもん。そうなったらロブに合わせる顔無いし、自分たちのものが認められないのは怖い」
「心配しなくても、そうはなんないよ」
確信していた。実際にあれを見せて失敗することはない。俺が失敗しないこと、それだけが成功の条件だ。
「うん。ごめんね」
そう言って姉ちゃんはぎこちなく微笑んだ。
いよいよテントの入り口を明けて祭りの役員の人が来た。
「二人とも出番だよ。頑張ってな!」
元気よく立ち上がった二人の返事がぴったり重なった。
「任せてください!」
ロバート・ドルド:ブロンド髪の青年。もうすぐ誕生日。今は18歳。
サシャ・レバーク:自由人な姉貴分。22歳。