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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 3 5人目のブレイカーズ
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27 クモとサソリ

 かつての戦争の後、生き抜く道を選んだ魔族の多くは身を寄せ合うように1つの大陸に集結した。英雄・リナス元帥が拠点を構える地。要塞も街も、魔口──人口と同意──の増加と防衛力強化のために様変わりし、気付けば1つの巨大な要塞都市となっていた。街は何重にも渡る耐魔加工の壁に囲まれている。リナス元帥とその妻クーラはその都市を『彩聖郷』と名付けた。


 そんな彩聖郷にも1つの怪談が存在している。

 人気のない深夜帯に大通りに出ると、ガシャン……ガシャンと何か鎧のような音が通ることがあるというのだ。しかしどこを見ても姿は見えず、音だけが通り過ぎていくのだという。それは彩聖郷の守護霊とも、戦死した兵士たちが夜な夜な巡回しているとも言われている。


 この夜もそんなことが起きていた。辞書の制作で帰りが遅くなった魔族がのそのそと広い通りを歩いてると、ガシャン、ガシャン、と音が向かってくるのだ。気づいた魔族は足を止め、じっと待った。音は魔族の目の前に来ると止まり、魔族は音がそこに小さく話しかけた。


「ここ2日、辞林の森で徹宵(てっしょう)したんですよ。亡霊閣下、何用ですか?」


 何もないところから、亡霊の澄んだ声が聞えてくる。


「すまない。君の遁世(とんせい)している師匠に会いたいのだ。ヘラードの地下室にはいなくてね、どこにいるか教えてほしいのだ」

「デオマルクさんのことですか。あの人なら、今はルピルックにいると思いますよ。行けば分かるでしょう」


「ありがとう、助かるよ」

 魔族は軽く会釈をすると、また家路についた。


***


 彩聖郷のある大陸から北西に90km、下に30km行ったところにある島にある遺跡。かつて、ルピルックという農業と観光業が盛んな街があった。しかし戦後の魔族大移動で魔口が激減し、廃れるままとなっていた。特徴的なのは何といっても街と島の中央に鎮座するルピルック火山である。30日に一度、小規模な噴火を起こすのだ。街には温泉も豊富にあった。火山からは熱が漏れ出て、島全体が温かくなっている。


「行けば分かると言っていたが」

 昼でも陽から遠いこの島は薄暗い。その空をリナスは魔法で浮遊しながら、ルピルックの遺跡となってしまったものをじっくりと観察した。そして一軒、明らかに最近建てられたであろう建物を発見した。


「あれだな」

 リナスは玄関前に降下し、ひとまずノックをした。するとすぐにしわがれ声が返ってきた。


「誰だ?」

「リナスだ。デオマルク、お前に会いに来た」


 玄関が開くと、4つ指の手足を16本持つ藍色の巨大なクモの姿が現れた。クモのくせして黄色い複眼を4つ持っている。


「久しぶりだなぁ親友。わざわざ来てもらって悪いが、その図体じゃ玄関は通れねぇな。待ってろ、天井をあけてやっから」


 そう言って素早く家の中に引き返すと、ウィーンとわざとらしい機械音と共に屋根が真ん中でパかッと割れて、3階から無事入れるようになった。

 3階には一部屋しかなかった。それを見てリナスは感心したようだった。


「部屋の中に温泉を引いたのか。しかも1フロア丸ごと。天井が開くのは……露天風呂にするためか」


デオマルクはケタケタと笑った。


「そうだよん。全部独り占めさ、しかもタダ。この屋根だって、無音で開閉できるところを敢えて音が出る構造にしたんだ。男のロマンってやつよ」


 そう言いながらデオマルクは湯に浸った。リナスも温泉に体を沈めると、お湯が一気に溢れた。温泉は絶えず引かれているので問題はないが、体が大きいせいでリナスは全身つれない。


 デオマルクはリナスの昔馴染みだ。傍若無人で他人の感情を考えられず、思うままに生きる。一応研究家の肩書を持っているが、その研究テーマは自分の興味でコロコロ変わる。リナスが以前会ったのは5年前、その時はヘラードという廃墟の街で地質研究をしていた。


「でぇ? 元帥閣下が、この悪夢をむしろ謳歌する不届きものに何の用だ?」

「実はな、あの宝石について知りたくて来たんだ。翡翠の宝石所持者が、宝石に封じ込められていないはずの魔術を使った。セロをそいつと戦わせたんだが、あいつが言うにはその所持者はグリム本人だと、こう言うんだよ」


 「ほぅ」とデオマルクは声を漏らすと胴体を湯に沈めてブクブク泡を作って、また湯から体を出した。


「そのセロってやつの言うことは信用できんのかい?」

「……お前、セロを忘れたんだな。まあいいが、そうだな。こんな話でも半信半疑にさせるくらいには信用しておる」

「なるほど。まあいいだろ、もうちょっと詳しく話してみろ」


 2体は温泉を出て、芝のカーペットを敷いた清涼感ある庭に出た。そこを囲うように作られた花壇には白い花弁の小菊がいっぱいに植えられ、穏やかな雰囲気を演出している。誰が使うわけでもないベンチブランコがポツンと置かれ、風で僅かに揺れていた。


 リナスがひとしきり説明し終えると、デオマルクの目にモワモワと黄色い波が立った。


「よく分からない。それがオイラに言えることだな。奴らでさえ1つの宝石には2、3個の魔術を閉じ込めるのが限界だったんだ。グリムだけなんでもかんでも、とはいかんだろうな。それと、自分の存在そのものを閉じ込めるような真似をすれば、宝石は間違いなく壊れる。……別の方法をグリムだけは見つけてたのかもしれないがな。だが……そうだな、そいつはきっとこの魔素の濃い大気でも平気だ。でなきゃグリム級の魔術を扱えるわけがない。どの宝石に閉じ込められた魔術も、小さい魔力でデカい効果を期待できるものだからこそ、人間にも扱えるし脅威足り得るわけだからな」

「簡単にはいかない、か。宿敵ってやつは倒されるまで不滅なのかもしれん」


 リナスはため息まじりに芝生に胴体を落とし、花壇を眺めた。


「どうだかな。でもお前、実際のところはそいつよりもクーラのことが心配なんだろ?」


 リナスの長い尾がパシッとデオマルクの胴体をはたいた。「あっ……⁈」と16の脚があたふたする。


「あれは誰よりも強かなやつだ。心配などない」

胴体をさすりながらデオマルクは笑った。

「へいへい。ところでお前さん、この火山どう思う?」

「なんだ突拍子もなく」


 デオマルクはじっと火山を眺めて、おびえるように話し出した。


「オイラはな、戦争やあのクソな敵どもも恐ろしかったが、これより恐ろしいことはないと思ってんのさ」

「何の話だ? 回りくどいのはお前らしくないぞ」

「この火山の下にはクソほど熱いマグマが流れてる。でもそれがどうやって出来たのか、どうしてそれがあり続けられるのか、それがわからない。そしてこの800年で一度だけ、そのマグマが外に出た。火山のてっぺんから勢いよくな。その時この山は大きくなったし、マグマが冷えることで色んな鉱物が出来ることを確認した」


 一瞬の沈黙。デオマルクが落ちていた小さい石ころを拾い上げた。


「これもそうだ。どこにでもある、どこにでもな。オイラは世界中で火山をここしか知らない。人間・魔族合わせてここだけだ。なのにこの鉱物は世界中に腐るほどある。奇妙じゃないか? マグマがあったような形跡は他の島では見たこともないってのに、これはどういうわけだ?」

「……それはそんなに恐ろしいのか? むしろ研究者冥利に尽きるところだろ?」

「オイラはな、探求心や好奇心で色々調べてんじゃないんだよ。怖いから知りたいのさ。なんだかつい、嫌なこと考えちまってよぉ……」


 モヤモヤと定まらない、とっかかりにくい調子だ。


「嫌なこと?」

「おっと。聞くなよ、妄想だからな」

「一方的な会話だな。それならそうだな……、俺は世界の端っこが分からないことが怖い。上空も、この島々の下に広がる空もどこまで続──」

「わぁーったわかったよ。変な話をした……そうだ! こんな大切なことを。ちょっ、ちょっとそこのブランコでも乗って待っててくれ」


 いつもの調子に戻ったクモはわさわさと家の中に戻っていった。ブランコなんか小さくて乗れない、とリナスは小さく愚痴る。デオマルクは手に何か持ってすぐに戻ってきた。それをリナスに渡すと、胸を張るかのように二本の足で立ち上がった。胴体の裏側が見えたわけだが、あまりにグロテスクな色味をしておりリナスはドン引いた。

 渡されたものは3本の小さい瓶に入った、透明の液体だった。


「水じゃなさそうだな」

「そうとも! それを一滴舐めれば、いやお前くらい体デカいと二滴かな。とにかく、自分の姿を変える魔術が使えるようになる!」

「何! そんなものを作ったのかお前」


 自慢げな笑い声が高らかに響く。


「時間だけはあるからな。すごいものの1つや2つくらい、オイラなら作れちまうさ! 効果は2時間が精々だが、用心して使えば作戦の幅も広がると思わないか、元帥閣下?」

「あぁ……! それにお前、この液体の作り方からさっきの宝石の話、発展出来ないか?」


 デオマルクは「え、」と腕を組んだ。

「確かに悪くない方針かもしれん。しばらくその方面の研究はしてなかったからな。どうも、頭が固くなってるようだ。分かった、適当に調べておくよ」

「助かるよ」


 敵側で不確定要素が発生するリスク。それをリナスは理解していた。これがあれば、その対応ははるかに容易になるだろう。順調だ、リナスは自信に溢れていた。


デオマルク:リナスの友人。クモの二倍の脚を持つ、藍色の巨大蜘蛛で人サイズ。研究家の側面を持つ自由人で、群れるのを嫌っている。


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