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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 3 5人目のブレイカーズ
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25 黒い本

 大方の補修が完了したクルト号の甲板上をブロンドヘアの青年、ロバート・ドルドが行ったり来たりしていた。外はもう暗くなり、弱い雨も降りだしている。レバンニは与えられた船室の中で休憩をとっており、釣りに行った二人は未だに帰って来ていなかった。

「あ~もうどうして帰ってこないんだ」

と、ぶつぶつと独り言を言っている。



「どうしたんですか。中に入れバ良いのに。」

 レバンニが甲板に出てきて、クルト号の縁にもたれかかった。もう仕事はないはずだが。

「……。早く俺の無事を伝えたいんだよ。でも帰って来てもいい時間なのに帰ってこないんだ。ところでレバンニは何か用事?」

「いいえ。特に意味はありませんよ。……そういえばリーデルホッグには来たことあるんですか?」

「ないよ。そこら中飛び回ってたお前と違って、俺は地元からあまり出なかったんだ」

「へぇ。そりゃもったいないことで」

 その声には少し嘲りが混じっていたので、俺も「そうか?」と、少しムッとして棘のある言い方で返してしまった。


「少なくとも、俺はそう思います。リーデルホッグはいいですよ~。刺激と知識に溢れてる。特にリーデルホッグ大学は素晴らしい、理工学系の由緒ある名門校。今ある文明の全てはそこの卒業生たちの成果ですよ! かく言う俺もそこの卒業生でしてね」

「元空賊のあんたが?」

 驚いて声が大きくなった。

 大学を卒業出来るのは頭脳明晰なものだけだと聞いていた。多額の学費も賢く工面し、それでいて好成績を残す要領の良さを求められるそうだ。


「はは! お恥ずかしい。スリル満点の日々に、好き勝手研究に打ち込める資金と環境の確保。それには外道に堕ちるのが一番いい方法だったんですわ。ま、部下を皆さんに殺される結果にしちまったんで後悔がないとは言えませんが、それでも満足はしてるんですよ。普通に生きてたら知りえなかったことを、俺は知りましたからね」

「それは、なんというか質が悪いな」

 部下を殺される、か……。


 レバンニは苦笑し、頭をかいた。

「よく言われます。しかしね、今の帝都警備艇が使ってるエンジンあるでしょ。あれに使われてる遮音構造と燃焼の効率化の技術は他ならぬこの俺が開発し、いくつかの仲介の下に売った技術なんですよ。空賊を取り締まる帝都警備艇が、空賊の技術で空を飛ぶ。傑作でしょう!」

「それをドナテラの前で言うなよ」


 不覚にもすごいと思ってしまった。ねじ曲がってはいるが、こんな男でさえ結果的には社会の役に立っているようだ。俺は寝てるだけの、調和を乱しかねない危険分子。

 右手でペンダントを握りしめた。こんな宝石さえなければ、故郷で姉ちゃんと面白おかしく暮らしていたはずなのに。誰かがやるべき役目だとしても、なぜそれが自分でなければならないのだろう。もっと適役が、それこそ腐るほどいるのは間違いないのに。


「どうしました? 暗い顔して。俺も暇を持て余してましてね、下で休んだらどうです? まだ本調子じゃないんでしょう? お二人が戻られたら呼びにいきますよ」

「……。じゃあ、そうさせてもらうよ」


 レバンニが肘を縁に乗せたまま軽く手を振った。ここは待つべきかもしれないが、暗い顔で迎えたら今みたいに具合が悪いと思われるかもしれない。なんだか疲れたのも確かなので、休むことにした。


 ガチャと戸を開け、ランプの明かりを強くした。俺の私物は綺麗にまとめてあった。大金と服、家から持ち込んだものが入った収納箱。俺はその箱の中から本を取り出した。酒場POP GOLDで会った変わったマジシャンのことを思い出したからだ。丸椅子に座りペラペラとめくってみた。


・・・

――人間と魔族は兄弟である。兄が魔族、弟が人間だ。

 両者の違いとして、魔族は生殖活動を行えないため増えることが出来ないが、その代わり寿命と病からは解放されているという点がある。これが意味するところ、つまりそれ以外は共通だということだ。感情の持ち方、知識の得方、美的価値観すらも同じなのだ――

・・・


 あの能天気そうなマジシャンが書いたとは思えない文章だ。名前はたまたま同じだけで、話を適当に合わせたんじゃないかと思えてきた。


・・・

―――この世界には4つの鍵が眠っている。運命を変える鍵である。噴火口の騎士、聖水の姉妹、隠れ都の王、天井の妖精がそれぞれ管理している。噴火口の騎士は純粋な者を受け入れ、聖水の姉妹は悩める者を受け入れ、隠れ都の王は賢い者を受け入れ、天井の妖精は固い意志を持った者を受け入れる。鍵を適切に――

・・・


・・・

――マジシャンはどこへ行ってもウケるものだ。"不思議"は好奇心の良い餌である。私たちは好奇心に生き、そして溺れていく。マジックには種があり、その前提は見る者から猜疑心を取り除く。ペテン師とマジシャンの違いがそこにある。そして、そこで極上の不思議を振舞われた観衆は、その虚偽の魔法にただ酔いしれる。時にはその魔法を暴きたがる賢人もいる。そんな者の心は――

・・・


・・・

――生き物は進化するものだ。獣も虫も草花も、進化を続けている。しかし我々は進化できない。魔族と人間は、進化する権利を与えられなかった。代わりに、「進化する権利」を掴む権利を与えられたらしい。思考し実行せよとでも、我らが神は言うのだろうか。意地の悪いことだ。自己が常に物――

・・・


 (こんな哲学のような話、今必要な情報じゃないな)と、眉をひそめながらペラペラめくっていくと、今ぴったりの項を見つけた。


・・・

――リーデルホッグは旧レバンカ領に出来た学術都市である。初代皇帝シュニャイク・トロプの設立したリーデルホッグ大学は、帝国の頭脳をじっくりと育成し続けている。そこの生徒らによって、街の主要産業は魔法加工から造船関係へ移行し、今や人間界の屋台骨と言って差し支えない。

 近年に入り、リーデルホッグでは超小型飛空艇を使った興行を開始した。合図と共に25隻の飛行船が一斉に発進し、決められた順路をいち早く駆け抜けゴールを目指す。スピードシップと言うそうだ。飛空艇の動力が魔法ではないことが唯一の条件で、パイロットと飛空艇の開発部門は激しい火花を散らしている。これが多く人々に新たな娯楽を与え、スポンサーの目を引いた。これにより飛空艇の技術開発は一段と加速した。――

・・・


 スピードシップか。そういえば昔、父さんがこれの話をしてたな。「熱いレースでさ、お前も連れてってやりたいな!」なんて。結局行かずじまい。


 その時、コンコンとドアがノックされた。レバンニがひそひそ声で話し出した。

「ドルドさん、御二人が帰ってきましたよ。会議室のほうにいるんで行って驚かせてやりなよ。こういうことは自分で言いたいでしょう? さ、早く早く」

 レバンニに急かされて俺は慌ててドアを開けると、レバンニがにやにやしながら立っていた。

「ありがとう」

 一応お礼を言うと、レバンニはいえいえ。と頭を下げて自分の部屋に消えていった。


 レバンニの言った通り、二人は会議室のその奥の倉庫にいた。ごくりと唾を飲んだ。

「アキヒサ! ドナテラ! えっと、お帰……り?」

 お帰りで良いのかな、と不意に思ったせいで、変に疑問形になってしまった。

 俺の声を聞いた二人は驚いて顔を上げた。俺を見ると途端に安堵の表情が広がっていく。アキヒサがガッと力強く抱きしめた。

「良かった! 本当に良かったぜ! 俺もう、お前がずっと寝たままなんじゃないかと心配で心配で……」

「あ、ありがとう」

 きつく抱きしめられてちょっと息苦しい。でもすごく嬉しかった。


「はぁ~~。これで一安心ね。丁度クルト号の修理も終わるって言うし、ロバートの体はこの魔空挺と連動してんのかもね。まぁ本当良かったよ。いつ起きたの?」

 ドナテラは会議室の椅子にちょこんと腰かけ、両手で頬杖をついた。蛇になったペトがどこからともなく現れて俺の顔を舐めた。

「えっと、まだ修理の人たちがいて空が曇ってるぐらいの頃」

「アハハ、何それ。オーロラにはちゃんと言った?」


 ようやくアキヒサが解放してくれた。


「うん。あ、そうだ。オーロラは用事があるからって街に行ったよ。伝えといてって言われた」

 アキヒサがうん? と首を傾げた。

「あいつ今日は暇とか言ってなかったか?」

「私もそう聞いたよ。まぁこの船がこっから出せないから私らみんな暇だけど」

 そうだ、と俺は皇帝が言っていたことを思い出した。


「あれはどうなったの? カロピン博士?とかって人に会いに行くってことだったと思うんだけど」

「あ~あれ。そこらへんは聞いてないのね。私たちはこのリーデルホッグに来て、まず最初にここに来たの。で、クルト号の修理に時間がかかって今に至る。大学に生徒以外が入るためには、魔空挺がないといけないからず~っと足止め食ってんの。この船、動かす分には問題ないわけだから先に大学行くんだったよ本当に。まさかこんなに時間がかかるとは……」

とぶつぶつ。アキヒサがコッソリ、この王女さまは待つことが嫌いなんだと教えてくれた。


「そういうなよ。ロブが目覚めてたほうが色々都合がいいんだからさ。これは必要な時間だったってことさ」

 ドナテラが仕方なしという感じでうなづいた。

「アキヒサにしては良いこと言った! 褒めてあげよう」

「ありがたき幸せ」

「わっざとらし~い。と、忘れるとこだった。ロバートもいることだし魚食べようよ! 私お腹空いちゃったし。今ならお刺身でいけるでしょ!」

「そうだな。よし、食うか! 川魚は普通焼くんだが刺身も美味いんだ。わざわざ水の綺麗な上流まで行ったからな、間違いないだろうさ」

 嬉しそうに氷の入った木箱からそこそこいい型のマスを取り出して、捌いてくれた。それを紙皿に盛り付けて会議室の円卓に並べると、なかなか美味しそうだ。綺麗なピンク色にさしが入って、見てるだけで唾液が出てきた。


 その後、俺以外の二人はお酒を飲みながらお刺身を美味しく頬張っていた。何度も安心したと言ってくれたので、俺はなんだか照れくさくて仕方なかった。楽しく話していたが疲れが出たのだろう、二人は途中で眠ってしまった。

 俺は二人を負ぶって部屋に運んだ。ドナテラは軽いから良かったものの、アキヒサは重かったので一苦労した。


「さて、どうしよう」


 まだ眠くなかった俺はベットに寝転げて、オーロラの帰りを待つことにした。

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