24 灰色の空
「……う、ああ。朝……? 眠い……」
ランプの弱い光、船内か。目をこすってベットの中をもぞもぞした。色んな事が怒涛のように押し寄せた数日間だったから、きっと疲れが出たんだろう……まだ寝たい。昨日はお酒もそれなりに飲んだけど、気分が良くて安心の極み……………ってあれ? 船内にいるのおかしくない?
かけ布団を払いのけて上半身を起こした。目が一瞬で覚める感覚を久しぶりに味わっている。……確かにクルト号の俺の部屋。でも、何とかって宿舎にいたはずじゃなかったっけ? 酔って記憶があいまいなのか? いや、俺はお酒には負けないはず、寝ぼけてるだけ? 確認しなければ、と、自分の服がカンポス&アーデンで買った、あのお洒落なものになっているではないか。ますますおかしい。
甲板に出ると、作業着を着たおじさんが五人ほど甲板で補修工事を行っていた。キョトンとしていたら「邪魔しないでくれ」と押しのけられる。訳も分からずクルト号から降ろされて辺りを見まわすと、そこはお城ではない全く知らない景色だった。まるで大きな倉庫の中。ほかにも何隻か、小型船が同じように補修されているようだった。これは、俺が寝ている間に何が起きたのだろうか。寝ぼけてるのか?
その時、見覚えのある男の顔が目に入った。男は木箱の影に座り、パンをかじっていた。
「空賊……! お前なにしてるんだ? 確か兵士に連行されたはずじゃ?」
不意に声をかけられた男は驚いて俺を見上げた。俺とアキヒサで破壊した空賊船の船長がいた。男はパンを一気に口に押し込むと笑顔を浮かべて立ち上がった。
「…………いやぁ良かったです、目が覚めたようで! 皆さん大変心配されてましてね」
「え?」
(何のことを言っているんだ?)
俺の様子を見て、あ! と何かに気づいた素振りを見せ、「すいません」と謝った。
「その話をしなくてはいけませんでしたねぇ。まず、お久しぶりです。この俺、ミルコ・レバンニは知ってはいけないことを知りすぎたとかで殺されそうになったんですが、色々あってブレイカーズの皆さんのために、魔空挺で雑用をさせてもらうことになりまして。よろしくお願いしやす。それと、ここは帝都からずっと東にある学術と工業の島リーデルホッグにある、魔空挺の修理工場だそうです。そんでもって、ドルドさんはずっと寝たきりだったんですよ。ホープさんがそこを出たとこにいらっしゃるので、詳しいことはそっちで伺ってください」
早口でまくし立てると、レバンニはそそくさと立ち去ろうとした。何だなんだなんだ。何の嘘をつかれているのか全く分からない。ホープさん? ひとまずその人にあってみるしかないのだろうか。いや、そもそもこのレバンニとか言うやつをほっといても良いのか?
あぁそうだ、とレバンニが振り返った。
「皆さん、俺のことをよく思ってないようでして。会話の中でレバンニの名は出さないほうがよろしいかと思います。一応、言っておきましたよ」
そう言い残して今度こそいなくなった。
やむを得ず外に出ると、どんよりとした曇り空が広がっていた。あまり人気はなく、他にも倉庫が連なっている。無機質な景色で、あまり心が踊るものではない。今出てきた倉庫には『24』の数字がつけられていた。住所として覚えとかないと、うっかりここで迷ったら……考えないようにしよう。
少しその辺を見回すとベンチにオーロラを発見した。およそ倉庫地帯には似合わない、ふじ色のワンピースを着てムスッと新聞を広げていた。思わず頬が緩む。
「オーロラ!」
その声にビクッとして俺を見て、また驚いたようだった。俺はオーロラに駆け寄った。
「……あら、どうやっても起きなかったのに」
「あ……えっと……。俺……どうなったの? 全く状況が呑み込めなくて……。ホープさんて人を探すようにも言われたんだけど――」
「ホープは私だけど」
「え?」
「私がホープ。オーロラ・ホープ。まさか知らなかったの?」
そういえば知らなかった、この人のフルネームを。まさかそれを雑用係より後に知るなんて。思い返すと、自己紹介もまともにしあわなかった。俺の情報はドナテラかアキヒサから聞いたのか大概知ってるようだったし、何よりなんだか避けられてたし……。
「ごめん、知りませんでした」
オーロラは特に何も言わず新聞を畳んだ。
「座ったら?」
言われた通りオーロラの横に座った。何とも言えない緊張感が俺の中に流れた。
「あなた、アキヒサと飲んでからもう……何日だ? ……えーと、今日で九日目。ずっと寝たきりだったのよ、ちょうどあなたのお姉さんみたいに。殴ってもシャワー入れても起きなくて、私の宝石でもどうにもならなくて、アキヒサもドナテラも心配してたわ。でも良かった。おはようロバート・ドルド」
「お、おはよう……」
こんなに気の重い「おはよう」は、俺の人生で無かった。俺が寝たきり? 姉ちゃんみたいに? 噓こけ、と言いたくても言えない。普通に一晩寝たくらいの感覚だっていうのに。でもだから俺はクルト号の中にいたし、服も変わってるのだろう。そういえば、ドナテラにも謝り損ねてしまっている。次から次へともう……。
「そんな頭抱えたってなにも解決しないよ。起きたなら、こっちとしては胸のつかえが降りたわけだけど」
こっそりとオーロラの顔を覗き見た。
「何?」
ばれた。
「いや、オーロラも心配してくれてたのか、と」
オーロラはスクッと立ち上がり新聞を筒状に丸めて、思いっきり俺の頭を叩いた。バコンと地味な音が倉庫地帯にこだまする。
「いっった!」
「あなたねえ……。確かに、私はあなたのことあまり好きじゃない。けど、それは心配しない理由にはなりえないわ。全く、何もかも、自分の存在すらも中途半端。もういっそ、こんなふざけたやつに殺された魔族が気の毒だわ」
「ご、ごめん。そんな深い意味じゃなくて、その……」
俺は視線を落とした。確かに失礼だった。日が浅いとはいえ、俺たちは少数部隊の仲間同士。敵は魔族、お互い命を預けている。それなのに「心配してくれたのか」なんて、馬鹿なことを言った。
「ハァ、まあいいわ」
オーロラは左の人差し指で俺の顎をくいッと持ち上げて、顔を覗き込んだ。怒ってると言うより、呆れた顔をしていた。俺が戸惑ったからか、オーロラは一瞬ほくそ笑んだようだった。
「後悔してるみたいだから不問にしてあげる。人は気まぐれな生き物だから、ちょっとした一言が取り返しのつかない結果を招いたりするの。覚えときなさい。あ、でも黙ればいいってことじゃないのよ。それは無言という言葉の一種だからね。わかった?」
「はい……」
「よろしい」
オーロラはそれで満足したようで、指を離した。
「あの、他の二人はどこにいるの?」
「街外れの川に釣りに行ってるよ。栄養あるもの食わせないといけないってアキヒサが言って、ドナテラも着いてった。まぁドナテラの場合、やってみたかっただけだと思うけどね、釣りを。天気も悪くなってきたから、もうじき帰ってくるんじゃないかな」
「……そっか」
「ちょうどいい。二人が帰ったら、私が街に用事があるから出たって、言っといてくれない?」
出かけるからワンピース着てたのか。
「お安い御用です」