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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 2 人間と魔族
20/56

19 冗長な19話

「それで、デキンス将軍。報告を聞こうではないか」


 そうグアンの声が響いたのは大要塞・彩聖の最上階。そこには魔族の首領リナス元帥、側近のグアン大臣の他に現将軍の、デキンス将軍、メルナドール将軍、ガリンガム将軍の姿もあった。長丁場の会議に備え、大きなテーブルにはいくつかの茶菓子とお茶が用意された。大きなソファも用意されているが、そのサソリのような巨体ゆえにリナス元帥は座ることが出来ない。


 同じく巨体なガリンガム将軍もソファには座れない。大きな闇色の体から立派な翼を伸ばす正統派の竜の姿で、ワニのような頭に光るワインレッドの瞳は市民の憧れである。ただし、体中が闇色の不気味な蔦で覆われている。

 ソファは無数の触手を持つ軟体動物のような風体のメルナドール将軍と、影の騎士であるグアン大臣の席となっていた。


 時刻にして十四時。あいにくの曇り空のせいで天窓から光は降り注がず、壁とテーブル上のランプが灯されている。その光が鷲のような頭をしたデキンス将軍と、横で所在なさそうに揺らめく青緑色のセロを照らす。体の半分を霧散させたセロは以前よりも二回りは小さくなり、まるで子供のようだった。


 デキンスがゆっくりと口を開く。

「今回、その例の者とセロを戦わせたところ、敵は幻術や炎以外にも様々な術を使えることが明らかになりました。それに戦い慣れしているような躊躇のなさも見られました」

「ふむ」とリナス元帥の優しい澄んだ声が返ってくる。

 グアンがチラリとリナス元帥に目をやってから、デキンスに質問をした。

「それで、セロを連れ帰ってきたわけを聞いてもいいのかな? デキンスよ」

 わずかに身震いするデキンスに、セロが心配そうに目をやる。全滅のリスクを避けるためにも、セロを回収した行為が必ずしも正しいとは限らない。これはそういう任務だった。


 デキンスはゆっくりと、しかしハッキリとした口調で答えた。

「……彼は大罪人ではありますが、私の友でもあります。見殺しには出来ませんでした。それに、彼は戦力としても高い価値があると思い知りました。牢獄の中で頭を冷やしたであろうセロの立ち回りは錆びついていなかった。彼は我々の味方です」

「だそうですよ、閣下」

 グアンが少し楽しげな声でリナス元帥のほうを向いた。デキンスは、なぜグアンがそこで愉快になるのかわからなかった。


(呆れられた?) 


 しかしそうではなかった。リナス元帥も穏やかだ。

「デキンスよ、戦力の理由は後付けだな? 分かっているとも。私はお前に、『ただ勝利すればいいわけではない。この戦いは失わないことも重要だ』と、こう言ったからな。この結果は織り込み済みさ。いつまでも立ってないで座ったらどうだ? セロもな」

「閣下……!」

 ラグレーの一件でデキンスは自分の判断に少し疑心暗鬼になっていた。リナス元帥はそんな自分に自信を取り戻させようとしていたのだと、その時に気づいた。


 一旦空気が和んだところで、話は次に進んだ。

「さて、本題に戻ろうか。セロの戦闘での勘の良さだけは天性のものだ。そのセロから直接感想を聞きたい」

 名指しされたセロはびくっとして俯き、完全に萎縮した。その様子にいらついたのか、ガリンガムが唸り声をとどろかせた。

「セロ! お前、まだあの時閣下に刃を向けたこと気にしてんじゃないだろうな? この俺様をまた失望させる気か?」


 セロがうっそりと顔を上げ、おそるおそる口を開いた。

「気にしている、当然だろ。でもそうじゃないんだ。これから言わなきゃいけない事実を考えると気が重いんだよ。この隣にいるデキンスのやつはそれに気付いてないようだし……。リナス元帥閣下、あれはグリムの子孫ではなくグリムそのものでした」

 は? と一同首を傾げた。八百年前の戦争で、敵の主力の一人だったグリムが生きてる、というわけはないのだ。「どういうことです?」とメルナドールが身を乗り出す。

 

 リナス元帥に先を促され、セロは言葉を続けた。

「最初、私が攻撃を仕掛けた時にはろくに回避行動もとれないようなただの少年で、幻術の使い方も甘かったんです。しかし一度昏倒させたと思ったら、すぐに立ち上がり、そこからは別人でした。宝石なんてまるで無意味なように様々な魔術を使って攻撃、防御、回避をこなし何より、喋り方とニュアンスが完全に……。やつは言った『お前らは永遠に敗者だ』と。そんな台詞を吐けるのは……」

 そこでセロが言い淀んだので、ガリンガムは先を引き継いだ。

「そいつがグリム自身だから、か。正直信じがたい話だ。デキンスはどう思う? お前だって翡翠の宝石継承者と対峙したはずだな?」


 デキンスはあの浮遊小島でのことも含め思い出し、逡巡した。

「……それは、有り得ないとは言えないかもしれません。少なくとも、二重人格のような状態になっていて、残虐性の強い人格が出た時に魔術の能力も向上している可能性はあるかもしれません。……しかし、翡翠の宝石に封じられている以外の魔術を使ってくる理由は、それでは説明できませんが」


 全員が黙りこくった。外で吹く風の音がどこからか聞こえてくる。天窓にはポツポツと雨粒が付きだしていた。しかし誰もそれには気づかず石像のように固まり、しばらく思索の中に落ちていた。


 そんな沈黙を破ったのはメルナドールだった。

 メルナドールは「ふむ」と、触手をくゆらせながらお茶を口に運びスッと飲み干した。

「閣下。我々の作戦上、仮にグリムその者だったとしても問題ないように思うのですが」

 ガリンガムがグルルと唸り、メルナドールに竜の頭をグイっと近づけた。

「お前は先の戦争では軍人ではなく、敵将とも対峙していないからそんなことが言えるのだ! もしこの魔素の濃い大気に触れたグリムが力を増したらどうするのだ? 一人二人の犠牲では済まないかもしれないのだぞ! いや、それこそ計画が崩れれば二度目はない! やつの戯言が真実になる。俺は敗者になるつもりなどない!」

 グアンはキッとガリンガムを睨み上げる横で、いきり立つガリンガムに動じることなくメルナドールは反論した。

「人間がこの大気の中にいれば長生きできない。その者だけが例外だとする理由はなんです?」

「今までの話を聞いてなかったか? 既に奴が例外的存在だということは――」


「熱くなるなガリンガム」


 リナスの重みのある声が口論を止め、我に返ったガリンガムは頭を垂れて身を引いた。

「あらゆるリスクに備えなくてはならない。あの宝石の持つ力については長らく研究を重ねている。特にその製作過程についてはな。私はデオマルクと会ってくるとしようか、何かヒントを得られるかもしれない。皆あまり考えすぎるなよ、物事が杞憂に終わるなんてよくあることだしな。セロ、デキンスも他に何かあるか?」

「いえ、私からは」

「私からもこれ以上は。何か思い出したことがあれば、すぐにご報告いたします」


「そうか。今日はこれでお開きとしよう。では」


 そう言ってリナス元帥はハサミで茶菓子を掴み、もぐもぐと食べながら大部屋から出ようとした。その背中にセロが慌てて声をかける。

「閣下! わ、私は今後どうすれば……」

あ、と思い出しリナスが振りえった。

「そうだな、グアンの下につけるというのはどうだろう?」

「セロが良いというなら私は構いませんよ?」

 セロは、おぉ!と感嘆し、ひざまずいた。

「構いませんとも! ありがとうございます!」

 うむ、と今度こそリナスは大部屋から退出した。



「良かったじゃないかセロ! 連れ帰ってきた甲斐があった。これでまた共に戦えそうだな」

 デキンスがセロの肩に手を置いた。

「ああ! 長生きはするものだ。デキンス、感謝しているぞ」

 ガリンガムも嬉しそうに尻尾で床を叩きながらセロを歓迎した。

「がっはっは! お前がグアンの手下というのも面白いな! どうだ? 今日はちっと用があるが、明日にでも一戦やらないか? 数百年も牢にいたお前じゃ勝負にならないかも知んねーだろうがな!」

 セロはゼリーの体を軽快にぷるわせながら、立ち上がり大声で笑い返した。

「はっ! 受けて立つさ。そんな小回りの利かなそうな図体で、負けるのはお前のほうだ!」

 そして顔を見合わせて、大笑いしていた。


 昔から似たような二人、全く変わっていなかった。デキンスは懐かしい我が家に帰ってきたような、そんな安堵に包まれた。


 グアンがさて、と立ち上がりセロに手を差し出した。

「セロ、刑期満了、そしてこの私の部下になったことを祝福する。よろしく頼むよ」

「俺のほうこそ、よろしく頼む」

セロは差し出された手を強く握りしめた。


 一人輪の中に入れずにいたメルナドールが、おそるおそる声を上げた。

「あの、今夜私たちのコンサートがあるんですが、よろしければ聴きに来ませんか?」


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