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ハープルシール ~浮遊大地を統べる意思~  作者: 仁藤世音
第1章 Part 1 終わりゆく平穏
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1 祭りまでの回

 青い湖面に森の生き物が映る。自然の軽やかな旋律に、湖畔で腕組みして座り込む青年は気付けばうとうと。ブロンドの髪の上では蝶が羽休めをする始末。青年、名をロバート・ドルド。もうじき十九になろうというこの夏、彼は今年の祭りでのイベント開催を任命されていた。


◆ ◆ ◆


「案がない!」


 危なかった。寝てる場合じゃないぞ。時間が差し迫ってるんだ。しかし考えても堂々巡りっていうか、もう~~どうしよう。

 唸って仰向けに転がったら蝶が目の前を横切った。青空でも眺めていれば名案がふっと降りてくるかと期待したが、そんな都合良くいく道理もなく。すると、よく知る顔がヌッと視界を遮った。


「あ、ここにいた。随分探したんだからね?」

「姉ちゃん……」


 風のように現れて隣に座った、スラっと背が高く黒い長髪をなびかせているのは四つ年上のサシャ・レバーク。

 実の姉ではなく、仲の良いご近所さんだ。俺が三歳の頃、一人っ子で弟を欲しがったサシャが「お姉ちゃんと呼びなさい!」とごねて以降、お姉ちゃんと呼ぶようになった。言葉と言うのは不思議なもので、今じゃすっかり本当の姉のように思う。

 でもそれは怒りを押しのける理由にはならない。この状況を作り出したのは他でもない姉ちゃんだからだ。何を思ったか知らないけど、姉ちゃんが祭りの調整会議で「何か物足りなくないですか? イベントとかやったほうが良いですよ。ロバートとかきっとそういうの得意ですし!」(要約)とか言ったせいで、祭りまで数日というこの時期にイベント開催を任された。姉ちゃんの提案を受け入れた役場の連中もどうかしていると心底思う。


「また、何か押し付けようってわけじゃないよね?」


 悪い知らせを運ぶ者、今の俺の目にはそう映る。


「押し付けるって、ロブが『やります』って言ったんじゃん」

「言わせたんだろ!」 


 自分は関係ないと言わんばかり。うちまでわざわざ来て、五、六人で囲んできたのは誰だったか? でも、今それを言っても時間と体力の無駄だった。はぁ、とため息が漏れる。


「で、何?」

「あのね、ロブだけに任せるのが忍びなくなっちゃってさ。ほら、私お姉ちゃんだし」


 そう言って人差し指で自分の頬を指した。それも少し困ったような笑顔を浮かべて、なんてあざとい……。


「てめぇ上等じゃねぇか……」

「そう怒んないの」


 姉ちゃんの体に、たぐり寄せられる。薄い服と柔い胸の中に抱かれて、少し息苦しくなった。甘い匂いが鼻をくすぐる。柔い両手で頭の後ろを抱えて、こちらの動きを封じている。俺が少しでも機嫌を損ねるとこうして収めようとするのは、姉ちゃんの常だった。幼い頃はこれでも良かった。包容力みたいなものでなんだか丸め込まれて、うちの両親が姉ちゃんに全幅の信頼を置いていた理由もなんとなくわかる。しかし―――


「やめろって!」


 姉ちゃんの手を持ち上げて脱出した。


「あら、なんで?」


 クスクス笑っているのは理由が分かっているからだろう、意地の悪いことだ。この年にもなってくると、さすがに異性として意識してしまう。その事実に少しばかり照れ、困惑している姿を見て楽しんでいるのだ。少し呼吸が乱れているのが悔しい。


「全く、姉ちゃんは変わらなさすぎるよ……」

「変わらないって大事だよ。それで、イベント決まった?」


 事もなし、姉ちゃんは俺を異性として意識していない。 

 こっちも即座に切り替えた。


「いや、全く。案がなさ過ぎてもうどうにも」

「あぁやっぱり」


  やっぱり?

 やっぱりだと?  

勝手に推薦しときながら本当にコイツ……


「そこでなんだけどさ。その宝石の力使って何かできないかな?」


 指さしたには俺がいつも提げているペンダントだった。肌身離れず持っているそれを手に取り、そこにあしらわれた翡翠が綺麗に光る宝石を眺めた。失くしたと思っても必ず手元に帰ってくる不思議な、いっそ不気味なペンダント。

 二人だけの秘密だが、こいつはそれよりもっと不思議な力を持っている。どんな力かと言えば、『相手の五感に干渉し幻覚作用を引き起こす』というものだったりする。昔はこれでいくつかいたずらを働いた。例えば、果物屋の店主に幻覚を起こし、売り物のリンゴを腐ってるように錯覚させた。「代わりに捨てますよ!」とか適当なこと言って奪ってこっそり食べた。あれは良くなかった。罪悪感でリンゴが美味しくなかった。


 これを秘密にしているのは下手にバレると悪目立ちするかもしれないから、というのもあるが過去のいたずらがばれるのを防止するためでもある。

「うーん」少し気は進まないが、これ以外選択肢はないような気がする。そもそも、俺には案も特技もないのだ。


「仕方ないか。でもこれをどう使う――」


 姉ちゃんは目を輝かせた。


「いいんだね! さすがロブ! じゃあさ、陽姫の演舞なんてどう?」


 陽姫……? あぁ、なるほど。それはありかもしれないね。 

 陽姫は700以上年前から村にあるっていう伝承で、この湖に住むという神様のこと……だったはず。月のきれいな夜には湖上を舞い、湖を浄化すると言われている。幻覚でそれを再現しようというのだろう。祭りもそもそもは陽姫のための祭りだったと、父さんから聞いたことがあった。まぁ、悪くない案を出してきたなぁと、俺は少しだけ感心した。


「でも、そんな広範囲に幻覚を起こせるかなぁ」

「何? じゃあ別にアイデアあるの?」

「足元見やがって……」


 姉ちゃんは頷きながら、俺の頭をポンポンと叩いた。まるで俺が無能なのがいけないような会話の流れになっているのは解せない。


「有効範囲は私と実験すればいいよ。それと、陽姫デザインと見せる演舞の内容はお姉ちゃんに任せて! ていうかもうほとんど出来てるし」


 ゥワオ。  聞き捨てならない。  それはつまり


「はじめからそのつもりだったな?」

「ふふ~ん。お姉ちゃん、ロブが頭よくて嬉しいです」

「はぁ……」


 怒る気にもならない……。


◆ ◆ ◆


 いよいよ明日に迫った。仮にも運営側の立場となると心持ちも変わってくるものだ。これが労働意欲だろうか? 心配していた幻術の有効範囲も、多人数への対処も問題はなかった。みっちりきっちり練習して、準備は万端だった。

 今夜は姉ちゃんが家に来ている。イベントの最終確認を終えて夕飯を食べていた。


「フルーおばさんは本当に料理上手ですね」

「ありがとう。サシャちゃんの作ったこれも美味しいわ」


 女組はそんな会話をしている。

 俺はと言えば、明日への不安が大きくて心ここにあらずだった。いつもより味付けが薄いのは気のせいだろうか。姉ちゃんにも演舞がそもそも受けるかというプレッシャーがあるかもしれないが、それをやるのは俺自身。チャンスは1度きりだ。


「ロブ、緊張してるか?」

「いや、少しだけだよ。明日は誕生日だし、変なことにならないように善処するよ」

「そうだな。あの日のことは今でも忘れないぞ。あの時……」

「頼むからことあるごとにその話をすんな。耳にタコができたよ」


 自分の出生のことは知っている。信じがたい話だ。湖から子どもが出てきてたまるか。祭りは年に一日、その日が俺の誕生日。


「楽しみだわ。ロブとサシャちゃんが何を見せてくれるのか」

「大いに期待してください! 完璧も完璧、腰ぬかしますよ」

「そりゃ頼もしい。ロブもがんばれよ」


 そうやってすぐハードルを上げるんだから。外の人は気楽でいいよな。しかし、外の人が気楽なのはいいことだ。

 あー、今日は早く寝よう。

レオ・ドルド  :MURABITO

フルー・ドルド :レオの妻。MURABITO

ロバート・ドルド:なんやかんやでドルド夫妻の息子になった。愛称はロブ

サシャ・レバーク:ロブの姉貴分。22歳


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