18 黒いマジシャン
酒場に唐突に現れた黒いローブから白い顔をひょっこり出した女はクスクス笑いをやめ、笑顔のまま手をポンと叩いた。
「まぁ座ってくださいよ! 立ち飲み屋じゃないんですから。あ、店員さ~ん! こっちにクロクメタ一杯お願いしまーす! それにタヤラ肉の団子串も!」
「変に注目を集めたくない、ひとまず座ろう」とアキヒサに言われひとまず席に着く。女は運ばれた肉団子串を食べて、それからお酒を嬉しそうにがぶ飲みした。
「なんなんだあんた? わざわざこの隅の席に来たってことは、俺たちに用なんだろ?」
女は既に食されて何も刺さっていない串をアキヒサに向け、その通りです! と声を張り、そしてすぐに声を潜めた。
「私はブレイカーズの皆さんを探していたのですよ! いやまぁ、一人でも見つかれば良かったので皆さんというのは語弊ありますけどね」
「は、おかしいぜ。帝国の特殊部隊、ブレイカーズの名前は帝都でも知られるところだがよ、メンバーに関することはごく一部しか知らないんだぜ? っていうか、てめぇは敵か?」
女は大きくかぶりを振って、空になったジョッキをテーブルにドン! と置いた。
「そんなわけないじゃないですか! あ? 少し違うか。私は誰の味方にもならない主義なので、あなたたちの敵ではないけど味方でもないのです。私、マジシャンやってるテトラ・テトというものでして。世界中を旅して笑顔と驚きを届けてるんです。たまに感動してくれる方もいるんですよ」
マジシャン。というよりは呪術師的な相貌だと思った。アキヒサはそんなテトラ・テトに疑いの視線を送っている。
となりからいびきが聞える。テーブルの三人客のうちの一人が泥酔したらしく、背負われながら会計を済ませて酒場を後にした。夜の酒場はまだまだ騒がしいが演奏おじさんたちがしんみり系の曲を演奏しだしたので、心なしか酔った客たちも落ち着きを取り戻したように見える。
一方、俺はテトラ・テトという名をどこかで聞いた気がしてなんとか思い出そうとしていた。「あ、店員さん! 俺もタヤラ肉の団子串と、それからジャックーロン一杯」とひとまず追加注文をして……と、アキヒサに頭を叩かれた。勿論本気ではなかったがじんわりとした痛みを確認した。
「何呑気に注文してんだこの馬鹿!」
「いや、あれ美味しそうだったから……それにこの人からは嫌悪感みたいの感じないし大丈夫かな、と」
本当だ。フードを外した後のテトは普通の明るい人って印象しかない。きっとフードを被ってのアレは演技だったのだろう。テトが目を輝かせて俺に椅子を近づけた。
「さすが選ばれし男は違いますね。そこの図体"だけ"でかいのとは大違い。訂正します、私はあなたの敵です、そしてこのハンサムボーイの味方です!」
「こ、この、」
アキヒサがいよいよ爆発しそうになったので慌ててなだめた。
「で、テトさんは一体何の用ですか? マジックでも見せてくれるんですか?」
「あ~見せたい! 見せたいなぁ。でもそれはまたの機会です。その機会は確実に来るので楽しみに待っていてくださいよ、ハンサムボーイ。それからテトじゃなくて、テトラって呼んでくださいね」
「あ、はい」
この勢いで押し込んでくる感じはどこか姉ちゃんに似ている。……あ、そうか!
「私はですね、先日デュモン領で大公様含めていろんな方にマジックを披露しました。それはもう好評でしたよ! あまりに良かったので大公様が晩餐に招いて下って、色々お話ししたんです。そこであなたがたのことを聞きまして、会って一言伝えてくれと頼まれたんです」
「嘘をつけ! あの幽霊のバリアを突破できるものか。観光船すら撃ち落としたって話なのによ」
テトラは「そう言われるだろうからって」というとローブの中をまさぐって、長方形の紙を取り出しアキヒサに渡した。アキヒサの顔が驚きに満ちた顔に変化した。
「これは大公の通行許可証か!? 一介のマジシャンごときがこんなもん持てるはずが! いやでもこれは確かに……」
「フフフ。分かりましたか? 私は全世界をまたにかける特別なマジシャンなのですよ。で、伝言はこうです。『もはや猶予はほとんどない。急げ!』って。さ! 言うことは言ったし、おいとまします。この手間賃はさっきの串とお酒でいいですよ。ご不満ならギドさんに直接請求してください」
テトラは通行書を回収して懐にしまい、立ち上がった。
「あ、テトラさん! "世界解剖学"書いたのあなたですよね?」
姉ちゃんから貰った本、その著者名にテトラ・テトの名前があったはずだ。マジシャンが執筆などするだろうか、という疑問は今は置いておく。
テトラは少し得意そうに右手の人差し指を立てて喋りだした。
「そうですとも! あれは世界でたった一冊だけの……まぁいいや。私の力作、捨てないでくださいよ? それではまた」
そう言って、またすっぽり黒づくめになりながら酒場を出ていった。
「畜生! なんなんだあいつ! 空賊にペテルセンに、今日は胡散臭いやつがひょこひょこ沸いてきやがる。あぁ店員さん! "鬼うつけ"一杯頼む!」
「変な人だったね。でも行先は変えられないし、幽霊王さんにはまた待っててもらうしか…ペテルセン?」
その名前を出すとアキヒサの不機嫌な顔が一段と不機嫌になった。
「今日大部屋の前ですれ違ったデブだよ。あいつがジェロニモ・ペテルセンだ。さ、もう良いだろ。頭空っぽにして飲もうぜ。」
それからは他愛ない話をしていた。お互いの故郷のことや好きな食べ物、ドナテラとオーロラのことなんかも話した。
結構、長い時間話していたように思う――――
***
「ふ~、すっかり酔っちまった。お前本当に強いんだな。15?杯は飲んだのに赤くなんねぇし」
「父さんほどじゃないし、アキヒサが弱いんじゃない?」
そんな会話をしながら、深夜の歩道をのらりくらり。メンバー専用だという宿舎・小熊亭に向かっていた。虫のリー、リー、という奏でが今の曲だ。
「あ~ついた。ここよここ」
当然、宿舎の明かりは消えていた。
玄関をカギで開けて明かりをつけると、中々いい雰囲気のロビーが現れる。清潔感と花瓶に添えられた赤い小さな花が好印象だ。このブレイカーズ専用の"家"は城のすぐ近く。4という人数を考えればなかなか贅沢な広さだ。
「二階の四部屋の、そうだな、一番手前を使え。カギはこのカウンターのとこに……ありゃ、オーロラのやつ帰ってないのか。どこ行ったんだろ。あいつもどっかで飲んでんのか? まぁいいか。疲れたろ、早く寝よう。ほれ」
アキヒサが俺に部屋のカギを投げた。それを片手でしっかり掴んでお礼を言った。
「ありがとう。おやすみ」
「おぅ、おやすみ」
自室に入ると俺は早速ベットを探し、目的の場所を見つけると倒れこむようにダイブした。
「明日、ドナテラにはちゃんと謝っとこう」
そう呟いた次の瞬間には、もう深い眠りに落ちていた。